第七章 異端の聖女としあわせのこえ
第97話 愛し子の追憶
わたしが生まれたのは、ペルクスの家だった。
北方の小さな国の、辺境。
森の近くで、畑が広がる素敵な景色。空が遠くて風の気持ち良い場所だ。
狭いけど、十分に広い。おかあさんとおとうさんと、ペルクス。わたしの全てがそこにあった。
近くの村も素敵だった。
住む所を失って、なんとか森を切り拓いて住めるようにした、小さな集まり。
だから人はあんまり多くない。その分皆をよく知れていた。麦を育てる人、お酒が好きな人、手先の器用な人、踊りが上手な人。顔や名前は今でも覚えてる。
おかあさんの魔法、おとうさんの力仕事、ペルクスの知識、それぞれ役立つから歓迎されて不自由しなかった。
少ない子供同士、友達もいた。
わたしだけ大きくて仲良くなるのに時間がかかったけど、最後には毎日一緒にいるような仲になれた。走り回って、お喋りして、遊んで、笑って。
皆大好きだった。
村も人もとにかく素敵。そこに文句は何もない。
でもどんなに楽しく遊んでいても、夕方になったら、皆それぞれに家へ帰っていく。
ぽつん、と一人になるのは寂しい。冷えて暗くなる空も、それを後押しする。
一気に泣きたくなるような場所に見えた。
だけど。
「カモミールゥ!」
「カモミール、帰ろうか」
おかあさんとおとうさんが迎えに来たら、パッと全力で楽しくなる。華やかで笑顔になる場所に変わる。
飛びついて、思いっ切り抱きつく。
「うん、帰ろ!」
頭にあるのは温かくて優しい手の感触。ルンルンと尻尾を揺らして歩いていく。
友達も好きだけど、やっぱり三人でくっついて一緒にいるのは幸せだ。
「カモミール、おかえり」
家には勿論、ペルクスも。優しく迎えてくれるのは嬉しい。
四人でご飯を食べれば最高に美味しい。魔法の練習や勉強も、寝るのだってうきうき気分だ。
素敵な毎日を過ごせた幸せな場所。
村じゃなく、おかあさんとおとうさんと、ペルクスがいるこの家。
ここがわたしの「帰る場所」だった。
だけど当たり前だったそれは、簡単に終わってしまった。
異端審問官に見つかったから。
わたし達は色々なものを失って、家からも村からも離れて、逃げる生活。
おかあさんとおとうさんが、まず相手を引き付けて追い払うって言ったまま、戻ってこなかった。
最初から囮のつもりだったんだと、今なら分かる。
それで長い間、ペルクスと二人だった。
逃げて、隠れて、二人の無事を祈る。寂しさに胸が痛くて、たくさんたくさん泣いてばかりだった。いつか幸せな日々が戻るって信じて、逃げ続けた。
ペルクスの魔術で地面に隠れ家を作って、食べる物も我慢して。
耐えて、耐えて、耐えて。
それでも結局おかあさんとおとうさんは戻らず、異端審問官に見つかった。
その日は、青く晴れ渡っていた。風が優しく吹いていた。飛びたくなる気持ちの良い空だった。
「異端審問官筆頭、“純白の聖人”、リュリィ・ヒズベルク。主よ、只今より断罪を執行します」
隠れ家の入り口を塞いで、逆光の顔が怖い。
“純白の聖人”。その影は小さい。顔立ちもわたしより若く見えて、まだ大人じゃない女の子だと知った。
だけど目は厳しい。声も硬い。態度は敵意でトゲトゲしていた。
「妖精と獣人は捕縛済み。抵抗も逃亡もせず大人しくしなさい」
ショックな言葉だった。
地面に崩れて、涙が落ちる。後から後からあふれてくる。そして気付けば叫んでいた。
「ねえ、どうして!? どうしてこんな事するの!?」
「罪人は黙りなさい。罪には罰が当然」
「わたし達の何が悪いの!?」
「主の権能を侮辱する事は重罪と知りなさい」
その声は静かな怒りに満ちていた。
一歩踏み出して、その足音からも強烈な敵意を感じた。
「忌み子は存在そのものが罪悪」
冷たく言い捨てる。
あまりにも衝撃で、逆に涙が引っ込んだ。
酷い。悲しい。心が痛い。
わたしの存在が、罪悪。
そう言われかねない事だとは聞いていた。普通ならあり得ない、珍しい存在だって。
でもおかあさんも、おとうさんも、絶対に認めなかった。村の人だって、ただ珍しいだけで悪くなんてないって言っていた。
それからペルクスも。
わたしを背中にかばいながら、堂々と反論する。
「罪とはなんだ? 本当に聖典を読み込んだのか? 人の手で命の創造の再現をしてはならないと、そんな文言が何処にある?」
「黙りなさい」
でも話し合いにはならずに、真っ白い光の輪がペルクスを縛った。それからわたしも。
痛くはない。きつくもない。
だけど力を入れても抜け出せないし、精霊魔法も全然上手くいかない。捕まえて、何もさせない、無敵の力。
おかあさんもおとうさんも捕まえた、断罪の奇跡。その強さを思い知る。
「悔い改めなさい」
「嫌だ!」
戦えなくても口は動いた。
村の友達も最初は感じが悪かったけど、仲良くなれた。この人とも絶対に分かり合えない、なんて事はない。そのはず。
そう思って、必死に喋る。
「わたしは神様の愛と奇跡で生まれたって、ペルクスは言ってた!」
「……嘆かわしい。主の意思を騙るとは傲慢。身の程を知りなさい」
「本当にそれが神様の考えなの!?」
「黙りなさい」
今度は口にも輪がかかった。モゴモゴとしか言えなくて、本当に何も出来ない。涙すら流せない。
話も出来ないのが、こんなに辛いのに。
そうして、わたし達は捕まって、南に流されたんだ。
だけど。
少し、気になっていた。
聖人さんが楽しそうでもなく嬉しそうでもなく誇らしげでもなく、ただずっと怒っていたのが。
幸せそうには見えなかったのが、なんだか引っかかっていた。
今でもこの人を憎めないのは、きっとそのせいだ。
晴れた空の下、輝く海の上、船でフダヴァス諸島から帰る途中。
海にはしゃがずに昔を思い出していたのは、ペルクスの言葉を聞いたからだ。
ペルクスは、「罪なき事を証明し、平穏な居場所を広げるのだ!」って言った。
だから、わたしが好きな居場所の事を改めて考えて、悲しくて辛い思い出したくなかった事も思い出した。おかげで解決しなきゃいけない事がハッキリ。今はもう平気だけど、少し胸が痛い。
罪なき事の証明。流刑になって、北に帰れないのは、わたしの存在が罪だって言われているから。
アブレイムさんやマラライアさんと話してきて、罪についての考えは結構しっかりしていると思う。
ペルクスがしようとしてるのは、大変な事だ。
無理矢理じゃなく、諦める訳じゃなく、どうせ帰るなら、堂々と。
その為の戦い。力より言葉を使う、戦い。
「ペルクス、皆が悪くないって証明するんだよね?」
「ああ。まだ突き詰める必要はあるが、理論は出来た」
「だったら、わたしも頑張るよ!」
「助かる。なかなか骨が折れそうだからな」
「そうしたら、北にも行ける?」
「行ける。ようにしてみせるさ」
ペルクスは強気に笑った。晴れ晴れとしたその顔は、強く信じられる。必ず成功できる。
だからわたしも、悲しい昔を吹き飛ばすぐらいに笑った。
そうしたら、おかあさんが意外そうに聞いてくる。
「なんだ、北の方がいいのか?」
「うーん、両方好き。帰りたいけど、たまにでいい、かな? ね、ワコさん」
「ん。それがいい」
ワコさんは、あの草原の街が「帰る場所」だと言ってくれた。
わたしも好きだ。まだ一月ぐらいだけど、もう思い出はいっぱいある。
一番を選ぶ、って事も言っていた。
あの皆で造った街は、勿論好き。
でも、北の思い出がある村も好きだ。マラライアさんが帰りたいみたいに、わたしもまた見たいし会いたいし暮らしたい。
でもそれを言ったら、今まで行った南の町は全部好き。
一番なんて、選べない。
選べないけど、何が大事かは分かってる。
わたしの帰る場所は、平穏な居場所は、おかあさんとおとうさんとペルクスと、皆が集まる所。
そこは変わらないんだ。
皆が一緒なら、場所自体は関係ない。何処でも素敵な空間になる。だから一つの場所にこだわらずに、色んな所を行ったり来たりしても良いと思う。
ペルクスとワコさんがフダヴァスに残るかもって、それで不安になったのは、きっとそのせい。
誰かがいなくなるのは、寂しい。どんなに素敵な場所も物足りなくなってしまう。
でも、ワコさんは家族から離れた。わたしが、ワコさんの家族からとってしまっている。
そう考えると悪い気がするけど、ワコさんも残った家族も笑っていた。我慢してるのかもしれないけど、ワコさんの選んだものを応援しているんだ。
それぞれの一番の、取り合い。
それは、異端についての話も同じかもしれない。
わたしは幸せでいたい。
でもわたしだけが幸せなんじゃなくて、皆も一緒に幸せになれる方がいい。教団の人達も笑ってくれるなら、それがいい。
ワガママかな?
でも、ワガママも大事みたい。
おかあさんそうだし、ペルクスだって他の人だって、自分の好きな物の為に頑張っていた。
自分の好きなものだから。
ワガママだから、頑張れる。
「わたしは聖女だから、街の皆の事も助けるよ!」
「偉いぞカモミール!」
「無理はしないようにな」
「素晴らしい行動には皆が自然とついてくるものです」
皆と楽しく話をしながら、船は行く。今日は海に見惚れるより、皆を見ていたい。
まずは、帰る。
それから、帰れる居場所を増やす。
ずっと続いて欲しい幸せを、もっと大きな幸せにする為に、大変な事に立ち向かう。立ち向かえる。
冒険はもうすぐ終わるのかもしれないけど、それは家に帰るから。
そうしたら、守られてきたわたしが、皆の前に立って平和な街にしていくんだ。
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