第28話 この人たち
「この人たちよ」
二日が経過し慰霊祭の行われる蒼き山に向かうため、朝日が照らす馬車に乗りこむ前。襲撃事件に対処するためにアールディス家の護衛の人たちが数人、アデラ様の紹介で挨拶してきた。
「クリスティーナ君、君は屋敷に残ったほうが安全では?」
クリスティーナには安全のため、犯人が捕まるまでは屋敷に残ることも提案されたけれど。アデラ様が、
「せっかくだから、慰霊祭にはぜひとも参加してもらいたいわ。今度は私も注意しておくから大丈夫」
と仰ったので、ついていくことになった。
僕たちは一人を除いてマギカ・パブリックスクールの制服だけど、アデラ様も護衛も皆、黒い喪服を着ていた。
護衛というと筋肉粒々とした大男や偉丈夫を想像していたが、意外にもすらっとしたやせ形の体格の人が多く、燕尾服を着れば執事さんと言われたほうがしっくりくる。
「よろしくお願いします」
「アールディス家の誇りにかけ、お守りします」
「……」
クリスティーナの前で軽く頭を下げ挨拶をする人もいるが、形だけの礼を取り目を合わせない人もいる。
「よろしくおねがいいたしますわ」
「しっかりと頼むよ。僕の大切なクラスメイトだ」
「無論です!」
アンジェリカ、アルバートに対するそれと比べると態度の差は歴然だが、不愉快な程度ではなかった。仕事と割り切ることに、ある程度慣れているのだろうか。
「ありがとう」
「本日から、よろしくお願いします」
クリスティーナは一瞥しただけだが頭を下げ、カーラは深々とお礼をした。
アンジェリカの婚約者との顔合わせを明日に控え、夜明けとともに僕らは蒼き山へと向かう。馬車の中には木材や椅子、真っ白なテーブルクロスなどが積まれていた。
麓は緑に囲まれていたが、蒼き山は昇るたびに遠目に見た通りの蒼い石や砂だらけになる。
上り始めて二時間ほどで、草木は一本も見えなくなった。
雲が薄くかかった山頂がはるか遠くに見える。周囲は蒼や黒、わずかに赤い石と砂ばかりの死の土地で、鳥すらも見えない。
道が急坂になりかけたところで馭者が馬を止めた。
「ここからは馬車が進めないので、歩いて行きます」
下ろした荷を、護衛の人たちが担いでいく。僕も土魔法でゴーレムを作り、運搬を手伝った。
馬車を降りて足元の小石を蹴ると、バランスを崩すほどに軽く感じた。手に取ってみると、細かい穴が無数に空いている珍しい石。
蒼き山でよくみられる軽石と呼ばれる石で、中身が海綿のように隙間だらけのため軽くなるらしい。
腰の高さほどもある岩を避けるようにして道なりに行くと、黒い道が見えてくる。
山頂から麓まで、インクの瓶をこぼしたように黒い道が流れるように伸びていた。
近づいてよく見ると、その部分だけは転がっている石や砂が少なく、黒い泥が固まっているようだ。だが踏んでみるとなめらかで固く、泥が固まってできた石の道、と言う感じだ。
「そこは四十年前の噴火の際の、溶岩の流れ道ね」
アデラ様が説明してくれる。
黒い道の先をよく見ると、斜面の途中で一カ所で黒い帯がせき止められたように止まっており、その近くには祭壇が備えられていた。
「ちょうどあの場所で、私が最上位魔法に目覚めたの」
麓まで下り坂となっている黒い道の脇に作られた木製の階段を降り、祭壇へと向かう。
土砂の流出を防ぐためか、垂直に張った板を短い木の杭で止めただけの階段。
急勾配にならないよう曲がりくねったそれを降りるだけだったけど、アデラ様は軽く咳を繰り返していた。
坂の途中で急斜面を削って平坦にした広場のような場所に出て、護衛の人やゴーレムが荷を下ろす。
すでに別の人が荷を運んでいたのか、そこに蝋燭や十字架が備えられた祭壇が設けられ、金糸を織り込んだ法衣をまとった司祭が祈りを捧げていた。
祭壇のそばにはマギカ・パブリックスクールと同じように名前がびっしりと刻まれた慰霊碑。
祭壇の前に数百の木製の椅子が並べられ、黒い喪服に身を包んだ人たちが腰を下ろしている。
椅子の周りには座れなかった人たちが数百人はいて、皆粛然と立っていた。中には赤ちゃんをあやしながら参列している若い女性もいる。
皆一様に悲痛な表情を浮かべながらも、眼は前を向こうとしていた。
マギカ・パブリックスクールでの慰霊祭を思い出す。
でもあの時と違うのは 居並ぶ人々の数と。
そして身内が被害に遭った方が多いのか、比べ物にならないくらい雰囲気が重かった。
だがアデラ様の姿を認めると、目に涙を浮かべたり、拝むようにしたり、握手を求めたりしてきた。
柔和な笑みを浮かべて一人一人と握手していくアデラ様のそばでは、護衛の人たちが木材やテーブルクロスを組み合わせつつも、油断なく目を光らせている。
司祭も赤く染められた絹の表紙の聖書を閉じ、祭壇から降りて一礼した。
「アデラ様、肺腑の具合がよろしくない中、本日はよくぞお越しで」
「いえ、領主として、最上位魔法の使い手として、あの惨劇を間近で見た人間として、当然のこと」
山頂から流れてきた雲が、僕らや祭壇を包み込む。
深い霧の中に閉じ込められたように感じたけど、すぐに晴れて雲は空へ旅立った。雲が自分と同じ高さにあるのがすごく不思議な感じだ。
アデラ様、アンジェリカ、アルバートは最前列へと案内され、折り目正しく最前列の椅子に腰を下ろした。
僕たちの中で唯一、濃紺の修道女服に身を包んだカーラは祭壇に向かってひざまずいて手を組み、ロザリオを取り出して祈りを捧げる。
神様を信じていないけれど、僕やクリスティーナも場に従ってそれに倣った。そのままカーラは他のシスターたちが参列しているほうへと歩んでいく。
僕たちはアールディス家よりだいぶ後ろ、護衛の人が持ってきた椅子ももう空いておらず、立ち見席に混じった。
最前列のアデラ様たちは日傘を構える従者がいる。この高さまでくると気温は肌寒いほどだが、日差しは麓のそれよりも強く、痛いほどだ。
でも僕たちは肌を焼く日差しの中、日よけも日傘もなくただ立っていた。
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