第12話 妾の子
唐突な申し出にも他の中年のシスターたちは慣れた様子で丁寧に対応してくれた。
カーラの知り合いなら、ということでスムーズに話がまとまる。
随分と信頼されているのがやり取りから伝わってきた。
僕は教会にあった前掛けをつけ、クリスティーナは余りの裾の長い修道女服に着替える。
体を外界と隔てるものが布一枚しかない修道女服は、体形の違いを残酷なまでに強調する。
胸やヒップのラインが見えるわけじゃない。下着の線が浮き出るわけでもない。
ただ、胸の部分がはっきりと盛り上がっているだけだ。別に色気が滲んでいるわけじゃない。
それでも、手首や足首まで隠れる濃紺の修道女服をまとっている彼女の姿は神秘的で、目が離せない。
でもはっきり女性とわかるシルエットのクリスティーナに対し、カーラはただ一本の棒に過ぎなかった。
カーラはクリスティーナに怨嗟の視線を向けるが、クリスティーナは涼しい顔。
ふと、クリスティーナと目が合う。彼女にしては珍しく、いたずらっぽく笑みを浮かべた。
なんだか下心を見透かされた感じがして、眼を逸らして大釜の方へ向かった。
始めは少し戸惑ったけどコツと流れがつかめてくると、要領よく捌けるようになっていく。
スープをよそって、固いパンを浸して配るだけというのもあるけど。
でもちょっとしたアクシデントが起こった。スープの大釜が空になりかけたのだ。いつもより人数が多かったらしい。
「任せて」
でもクリスティーナが猛然とした包丁さばきで次々に具を切って鍋に放り込んでいく。他のシスターと比べても早さが際立っていた。カーラも手伝うが明らかに他のシスターより遅い。
お貴族様なのにすごいわね、と中年のシスターたちが褒めると。クリスティーナは表情を暗くした。
料理人を雇えない家は別として、貴族が手ずから料理をすることはあまりない。
手伝いが終わり、列も捌けると教会関係者の食事となる。シスターたちは僕たちをそのまま食事の席に招待してくれた。
教会には葬式や告解で色々な人が来るし、見知らぬ人と話すことに慣れている感じだ。天幕の下にテーブルを置き、余ったスープとパンが各自の前に配られる。カーラを含めシスターたちはロザリオを取り出して食事の祈りを唱えた。
「アモル、グラティアス、パックス・アエテッナァ」
今はほとんど使われることのない古代語。聖書が書かれた言葉であり、神がかつて使っていたと言われる言葉。
そして、最上位魔法に使用される言語。
スプーンを手に取って、スープを口に運ぶ。具は塩漬けの肉がわずかと野菜だけ。
でも特段不味いとは思わない。固いパンに味の濃いシンプルなスープは意外と合う。土地がやせている僕の実家でも時々出されたメニューだ。
「美味しい」
クリスティーナの食事の様子を、隣に座った中年のシスターが穏やかに見守っていた。
でもクリスティーナに教会の活動で水をあけられたことが面白くないのか、カーラは最小限の会話しかしていない。
でもスプーンを置くときも、口に運ぶ時も音を立てず、綺麗な姿勢で口を運ぶのはクリスティーナと同じように優雅で、貴族のふるまいと言う感じがする。
「カーちゃん、今日も来てくれてありがとう」
カーラの向かいの席に座った修道女服を着た小さな子が、お礼を言っていた。
十にも満たないくらいの外観、男子と見まがうような短い髪、あどけない瞳で、カーラを見上げている。
「いいえ、神様にお仕えする者として、当然のことをしただけですから」
「カーちゃん、優しいから好きー」
丁度食べ終わったその子は椅子から降りて、カーラの腰にしがみつく。
行儀の悪さを咎めることもなく、カーラはその子の頭を撫でた。
「確かにカーちゃん」
クリスティーナが小さく笑いながら、その様子を見守っていた。
「お姉ちゃんは? カーちゃんの友達……?」
カーラの背中に隠れながら、短い髪の少女はクリスティーナに問いかけた。
「似たようなもの」
クリスティーナも食べ終わり、そのまま席を立ってその少女と軽く遊んでいた。天幕の張られた広場で軽く追いかけ合ったり、かくれんぼをしたり。
「驚きました。あの子、すごく人見知りなのに」
少し離れた場所で彼女たちを見守っていたカーラが、驚いていた。
ちなみに僕の腰にも別の男の子が一人しがみついている。
教会で運営している孤児院の子らしく、同性の僕が成り行きで軽く遊ぶことになった。
「あなたにも驚きました。その子、私にもシスターにもなかなか懐かなかったのに」
「妹がいるから。小さな子供の面倒を見るのは慣れてるし」
軽く持ち上げて、肩車をすると無邪気な笑い声が頭の上から聞こえる。
カーラの表情が、ふと和らいだ。
「『この子供たちのようにならなくては、天国には入れない』」
何かをそらんじるような口調。
日が傾き始め、王都の憩いの場に涼しい風が吹き始めた。
「私の好きな、聖書の言葉です。あなた方は神を信じなくとも、神に愛されているのかもしれませんね」
手を前に組んで、神の言葉をそらんじるカーラが貞淑な雰囲気に満ちて。
クリスティーナに。僕の婚約者にひどいセリフを投げつけたのと同一人物とはとても思えない。
空気を悪くするかもしれない。
肩車したこの子が、怖がるかもしれない。
「君はなんで、クリスティーナにあんな台詞を言えるの? 妾の子は神様が愛してくれないとでも聖書に書かれてあるの?」
樹木の植えられた広場に心地よい風が吹く。
一角には百合の花が一面に植えられていた。純白の花を一輪だけ咲かせる百合は、その可憐さと一つだけの花と言う姿のため、聖女の花とも呼ばれ珍重されている。
カーラは汚物でも見るかのように僕を見て反論するかと思った。
でも彼女は、僕からついと眼を逸らす。
クリスティーナと少女が遊ぶのを、目を細めて見守っていた。
「頭では、わかっています。浮気は罪でも、子供には何の罪もないと」
僕と視線を合わせずに、カーラは呟いた。
「でも、クリスティーナ嬢を見ていると、妾の子ということを思うと。嫌な感情が溢れて、抑えきれなくなるのです」
「それって、どういう……」
教会の鐘楼から響く真昼と日没の間に慣らされる鐘の音が、僕らの会話を打ち消した。
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