44 滅びの街(サナ王女視点)

 私たちは3隻の飛空艇で帝国の首都プリドーアム上空を目指した。元破壊神討伐チームに与えられた物ではない2隻は、冒険者たちがかき集めてくれた飛空艇だ。世界の命運をかけた戦いにたった3隻の飛空艇。決して準備万端とはいえない。でも、やるしかなかった。


「サナ……」

「バスティアン?」

 通路でばったりとバスティアンと出会った。ここに至るまで、ほとんど口をきいていなかった。


「色々と思うところはあるだろう。でも、戦いではちゃんと連携しよう」

「分かった……」

 それだけ言うと、バスティアンは歩き去っていった。



    ◇



 突入の時間が近づくと、皆が次々と甲板に姿を現した。ふと、2隻目の飛空艇に目を向けると、ルーツとサナがいた。冒険者チームの中心になっているようだった。


 凄い子たちだと思う。私とオリジナルのルーツがずっと一緒にいたら、ああいう風になれていたんだろうかと、どうしても心のどこかで考えてしまう。


 それが、より一層私の後悔を強めるのだ。あの二人に言われた通り、私は、その後悔を背負い続ける。


 帝国の首都は完全に紫色の魔力に覆われていた。発生源は皇帝の宮殿だ。ならば、あそこにオーデルグ一味がいる。


「よし行くぞ! サナ王女!」

「ええ!」

 ブルーニーに答え、私は召喚魔法でコカトリスを召喚する。突入メンバーが次々と乗り込んだ。


 2隻目の飛空艇でサナがルーンドラゴンを召喚したのが見えた。彼らはその飛空艇の突入メンバーを連れて降下する。


 3隻目の飛空艇からは、何と、召喚獣ではないドラゴンを使うことになっていた。ドラゴンを仲間にしている冒険者がいたのだ。私たちだけではなく、ルーツもサナも他の冒険者も皆驚いていた。本当に世界は広い。


 降下して見た首都は、まさにこの世の終わりという風景が続いていた。地面には石のようになった人々が倒れており、闇の魔力で創られたと思しき影が警備するようにうごめいている。魔力結界の発生源である皇帝の宮殿は、別の赤い結界でも守られていて直接突入はできなかったので、私たちは一度大地に降りることにした。


「皆、大丈夫?」

「ああ、問題ない」

「装備を外すなよ」

 突入メンバーは退魔の力が籠もった装備で魔力結界の影響を防いでいる。ルーツとサナは自力だ。他にも高レベルな魔道士の冒険者が一人、自力で防いでいる。


「宮殿を守っている結界は、首都内の2箇所から制御されてるな」

「だったら、まずはそれを潰そう」

「ああ、そうだな」

 私たちは二手に分かれ、その場所を目指すことにした。元破壊神討伐チームのメンバーと、冒険者チームとで二手に分かれた。ルーツとサナは、冒険者チームだ。実力者である彼らが別行動なのは不安だが、彼らは冒険者チームとの方が連携も取りやすいだろう。


 私たちは駆け出した。紫色の魔力結界の内部にいるため、視界も悪い。時折、影が襲いかかって来たが、全員で撃退した。


「サナ王女、あそこ!」

 リリィが叫んだ。世界を覆う紫の魔力結界とは別の、赤い光の出どころがあった。


「来たわね、元サカズエの使徒の皆様」

「ヒルデ……」

「てめえか!」

 そこにはヒルデが一人で立っていた。ヒルデもまたオーデルグ一味の強者。この結界を一人で守護していた。


「サナ王女、あなたがここまで来るとはね。最後まで引き篭もって泣いているだけかと思っていたわ」

「……私には責任があるから」

「まあ、もう遅いけどね。あなたの存在がオーデルグの心を変えてしまうんじゃないかと、私たちは危惧していた。でも、あなたがバカで助かったわ。感謝してる」

「!?」

 ヒルデの発言に心が痛む。やっぱり、言葉に出されるのはきつい。


「サナ王女だけの問題じゃない」

「ええ。私たちだってオーデルグの幼馴染だけど、何も分かっていなかったもの」

 ジャックとリリィが言った。


「オーデルグの野郎はどこにいる! あんたに用はねえぞ!」

 ブルーニーが啖呵を切った。


「あらあら、勇ましいこと」

 ヒルデが武器を構えた。私は杖を取る。他の皆も武器を取った。


「私は全てをかけてここを守る!」

 ヒルデが両手に短剣を構えると、次の瞬間、姿が見えなくなった。


「うっ!?」

 私の目の前で、ブルーニーがヒルデの剣戟を打ち払う。ヒルデのとんでもない動きに気圧けおされたが、ブルーニーの反応速度もかつてないほど上がっていた。


 バスティアンやジャックもヒルデに撃ちかかるが、ヒルデはそれを難なく捌く。私やリリィ、他のメンバーも魔法で援護したが、ヒルデは華麗なステップでそれをかわし、前衛の攻撃をかいくぐっていく。


「くっ、さすがに強い! 召喚魔法を使います!」

 私は右手を前にかざし、ヒュドラを召喚した。出し惜しみをしている状況では無かった。


 さすがにヒュドラが加わったことで、ヒルデの動きを捉えられるチャンスも訪れるようになって来た。しかし、それでもヒルデは攻撃を捌く。人とは思えない強さだった。


「うわぁ!?」

「ぁあ!?」

 後衛の魔道士がヒルデの攻撃を浴び、倒れる。少しずつ、こちらの人数を減らされていた。


「はぁっ、はぁっ、さあ、次は誰!?」

 ヒルデが怒鳴る。しかし、ついに息が切れていたようだった。こちらの被害だけでなく、確実にヒルデを削ることができている。


 ヒルデは右手に魔力を集中させると、特大の闇魔法を撃った。直撃したヒュドラが咆哮を上げて倒れる。そのスキを逃すまいと、バスティアンとブルーニーが攻勢に出た。ヒルデはバスティアンにカウンターを当てたが、ブルーニーの攻撃が直撃する。


「ぐあっ!?」

 ヒルデの身体はそのまま錐揉み状態で吹っ飛ばされ、建物に激突した。私はすかさず駆け寄り、拘束するため、土魔法を使った。ヒルデの身体を土が覆う。


「はぁっ、はぁっ! ち……、強くなったわね、あなたたち」

 ヒルデは抵抗をやめたようで、力を抜いた。


「もっとも、だいぶ被害を与えることができた。私の仕事は及第点というところかしらね」

 ヒルデの言う通りだった。ヒュドラはもう今日は戦えない。ヒルデの攻撃を喰らって血まみれの仲間もいる。満足に立っていられているのは、私とジャックとリリィ、ブルーニーくらいしかいない。バスティアンもカウンターを喰らって血だらけだ。


「てめえ、何でオーデルグに協力してやがったんだ?」

 ブルーニーがヒルデに尋ねる。


「道を示してくれたからよ。見なさい、この帝国の有様を。倒れている一般人は夢を見ているだけだけど、私たちのかたきの連中には悪夢を見させている。死ぬまでずっとね。これ以上ない復讐でしょ?」

「復讐だと……?」

「私もオーデルグと同じ。故郷と帝国との戦争の時、家族が殺された。夫も娘もね」

 痛ましい話に胸が張り裂ける。きっと、ルーツの仲間は、皆こういう人たちなのだろう。


「分からない。だったら何故関係ない一般人まで眠らされているんだ!? どうして世界毎滅ぼそうとしている!?」

 バスティアンが出血部分を抑えながら怒鳴った。この街には彼の親族もいるはずだ。


「本音言うと、私はそっちの活動には興味が無い。けど、道を示してくれたオーデルグのために協力していた。オーデルグはね、新しい生命を創り出そうとしている。残忍で凶悪な人間に代わって、賢く優しい生命に世界を任せるために」

「え……?」

「人間の残酷な面は理解できるでしょ? 私たちのような憐れな被害者が大勢いるのだから。同じこの時代にね」

「……あんたらだって残酷じゃないか。平穏に生きている人たちまで一緒に消そうとするなんて」

「彼らは幸せな夢を見ながら穏やかに人生の幕を閉じる。残酷な現実世界で生き続けるより、よっぽど幸せかもしれないわよ?」

 ヒルデの独白に、私は言い返す言葉がなかった。私も後悔まみれなのだから。


「私もこのまま眠りにつかせてもらう。そうすれば、死んだあの人や、娘に会える。オーデルグの偉業を最後まで見届けられないのは残念だけど、彼の勝利を願っているわ」

「なに! 待て、ヒルデ!」

 ジャックが声を上げたが、ヒルデが何かの呪文を呟くと、彼女の身体は石のようになってしまった。周囲に倒れている人々と同じだ。


 やり切れない。私たちが戦っている相手は悲しい事件の被害者ばかりだ。


 ブルーニーが赤い魔力の発生源の魔法陣を破壊した。そして、後ろを振り返る。怪我人のケアをしながら、私たちは移動し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る