37 襲撃(ルーツ視点)

 俺はニーベ村にいた。つまり、いつもの悪夢だ。


 帝国軍のニーベ村への襲撃の前日、遠方からある貴族が長老を訪れていた。その貴族は、この村の力をよく知っていて、対帝国の切り札になると考えていたようだ。彼は根っからの反帝国派だった。だから、彼もまた、ミストロア王から切り捨てられたのだ。


 その貴族も泊まっていた早朝に、事件は起きた。俺は何かが燃える臭いで目が覚めた。外に出ると、既に村のあちこちで火の手が上がっていた。


「やめろぉぉおお!!」

「ぎゃあああ!!」

 あちこちから村の皆の悲鳴が聞こえる。


「邪悪な魔道士共!!」

「滅びろ!!」

 村人を殺傷している帝国兵たちが口々に叫んでいる。その時の俺は意味が分からず、激昂して魔法で攻撃した。


 後から分かったことだが、兵士たちに虐殺を正当なものと考えさせるため、この村の魔道士たちは邪悪な異集団とされていたのだ。世界に仇なすテロリストの村だと。正義の名の元に、虐殺は正当化された。


「何やってるんだ!?」

 数人の村人が血を流して倒れていた。俺は取り囲んでいた兵士たちを風魔法で始末した。しかし、村人たちは事切れていた。


 少しでも誰か助けられないかと必死に村を駆け回った。しかし、帝国兵の数が多く、どうにもならなかった。


 村には優秀な魔道士が何人もいたが、奇襲だったこともあり、一人、また一人と力尽きていった。村を訪れていた貴族も、一緒に消された。最後には俺と長老だけが生き残り、抵抗を続けた。俺は左手をやられ、長老も力尽きた。


 長老は、最後に俺に逃げろと言った。しかし、怒りに我を忘れた俺は最後まで戦い抜いた。兵士の剣で胸部を刺され、仰向けに倒れる。この時の激痛も怒りも、悪夢の中で蘇ってくる。


 魔法の力で出血を抑え、何とか命を繋いでいた俺の耳に信じられない声が届いた。それはミストロア王の声だったのだ。


「上手くいったようだな」

「はっ!」

 ミストロア王と、兵士の一人が話している。


「ここは危険な村だったが、これで魔道士たちは滅びた。皇帝ドゥルナスの覇道を妨げ得る英雄は、ミストロア王国にはもういない」

 なぜミストロア王が皇帝のために動くのか。この時の俺には検討もつかなかった。


 今となっては下らない話だ。皇帝ドゥルナスは、ミストロア王の隠し子だったのだ。メルトベイク帝国の先代皇帝は実は女性で、ミストロア王が真に愛した女性だった。だから、その息子の覇道を手伝っていた。そういうことだ。


 その邪魔となりうるニーベ村に加えて、ミストロア王国内の反帝国分子も同時に消された。該当地域への帝国軍の侵攻は素通しされていた。戦争の前線から遠かったはずのニーベ村に帝国兵が現れたのもそれが理由だった。そして、ミストロア王国は降伏した形を取り、メルトベイク帝国の傘下に入った。


 当事者たちへの怒りや憎しみだけでなく、俺は人間というものの存在に疑問を持った。人間が人間である以上、また同じことが繰り返されるのではないかと。その想いは、ブラストと出会ってから確信へと至る。


 ブラストは古代人だ。遥か昔に、創造神サカズエと共に破壊神トコヨニと戦ったらしい。当時は、召喚魔法ではなく、ブラストのような英雄と呼ばれる超人がサカズエに見出され、戦っていたそうだ。


 だが、英雄は世のバランスを崩す。実際、トコヨニとの戦いが終わった後、英雄の力を利用した争いも絶えなかったらしい。だから、英雄は危険視されるようになった。ブラストの一族は、ニーベ村と同じように滅ぼされた。創造神サカズエは、世の安寧を優先し、了承したそうだ。


 ブラストの時代から今に至るまで、愚かしさが変わっていないのだ、人間は。皇帝ドゥルナスやミストロア王には地獄を味あわせてやるが、それだけでは足りない。人間の世界が続く限り、また奴らのような存在が生まれ、同じ惨事が繰り返されてしまう。この世を牛耳って良い生き物ではない。だから、俺は世界を滅ぼし、人間の世を終わらせる。それが生きる目的となった。


「ルーツ」

 自分の復讐心を確認した後、決まってこの声が聞こえる。サナ王女の声だ。平和だったあの頃を象徴する初恋の少女。


 再会してしまえば、もしかしたら俺の心が別の道を選んでしまうかと不安だった。だが、そうはならなかった。それで、良かった。


 創造神と破壊神が為すはずだったことを、俺が代わりに完遂する。それが全てだ。


「本当にそうなんですか?」

「!?」

 サナ王女の声……ではない。これは、あのコピーのサナの声だ。声は同じでも、間違えたりしない。振り向くと、そこにはコピー人間のルーツとサナがいた。二人は静かに歩き始める。


 気づけば、俺は賑やかな村の中にいた。俺が会ったことの無い人々に、ルーツとサナが笑顔で話しかけている。なぜ、行ったこともない場所の夢を見るのか。


「こんにちは、長老」

 夢の中のルーツが言った。声の先には妙齢の女性がいる。長老、か。ニーベ村の長老とは似ていないな。


「お主も同じことをするのか?」

「!?」

 ふいにルーツが長老と呼んだ者が俺に話しかけてきた。


 俺が皇帝やミストロア王たちと同じことをしようとしていると言いたいのか? いや、それは違う。計画は入念に練った。断じて同じではない! 人々には残虐な死ではなく、穏やかな最後が与えられる!


 しかし、その長老は、そんな俺の考えを見透かすように言った。


「だから言ったであろう。お主はだと」

 聞いたことがある気がする。それは誰に言われたのだったか……。


 そう思った瞬間、俺は目覚めた。いつもの夢だったはずなのに、コピー人間の二人と謎の村が夢に出て来たのは初めてだった。寝起きでふと目を向けた先に、破壊神トコヨニを吸収した水晶が置いてあった。



    ◇



 ブラストやヒルデ、同志たちと共に、創造神サカズエへの襲撃準備をする。帝国が巧妙に場所を隠していたようだが、破壊神トコヨニの力を手に入れた今、探知は簡単だった。


 そこは、帝国の辺境だった。愚かなことだ。秘密にしようとするあまり、警備も規模が小さい。俺が合図をすると、同志たちが宮殿に攻撃を始めた。


「よし、俺たちも行くぞ」

「あいよ、旦那」

「腕が鳴るわね」

 ブラストとヒルデと共に突撃する。相手になるような兵士はおらず、次々と撃破する。皆、帝国に恨みを持つ者たちだ。虐殺に発展してもおかしくなかったが、そうはならなかった。全員、俺の帝国への復讐プランに同意してくれているからだ。


 宮殿の中に入ると、さすがにレベルの高い兵士も多数いた。ブラストとヒルデが彼らを引き受け、俺は先に進んだ。


「ここだな」

 鍵のかかった扉を解錠魔法で強引に開け、中に入る。そこには、下半身が無く、モヤのかかったような状態の男がいた。


「創造神サカズエ、お初にお目にかかる」

「貴様、魔道士オーデルグか」

「いかにも。ご存知というなら話は早い」

「貴様から破壊神トコヨニの力を感じるぞ。まさか、トコヨニまでも吸収したというのか?」

「そのとおり。あなたもそうなる」

「なぜだ、なぜ、こんなことをする!?」

「理由を問うか、あなたが! あなたはニーベ村虐殺事件をご存知のはず。あの村を滅ぼすことはあなたのお墨付きだったはずだ」

「ニーベ村? ああ、ミストロア王が警戒していた魔道士の村か。本当に滅ぼしたのか、ミストロア王は」

「他人事で語るなよ、サカズエ。あなたが許可を出した結果でもあるのだから」

「私は人間のやることにいちいち口は出さぬ。それに、英雄の存在は世界のバランスに悪影響を与えるものなのだ」

「その傲慢さが、この事態を招いた。悔いて消えろ」

 俺は紫の水晶を取り出した。


「私は消えるわけにはいかん!」

「往生際の悪い! トコヨニはもっとわきまえていたぞ!」

 魔法で抵抗しようとしたサカズエを、俺は別の拘束魔法で抑え込んだ。


「ぐ……ぬぅ! 後悔するのは貴様だ、人間! 貴様は必ず地獄に堕ちるぞ!」

「ニーベ村で生き残って以来、俺はずっと地獄にいる」

 これ以上の会話は無駄とばかりに、俺は水晶を発動させた。サカズエの身体が水晶に吸収されていく。最後の瞬間まで、サカズエはみっともなく足掻いて逃れようとしていたが、無駄な努力だった。


 外の騒ぎも収まっていた。俺は外に出て、同志たちと合流し、飛空艇に戻った。


「旦那」

「お疲れ様、オーデルグ」

「ブラスト、ヒルデ。また生き残ったな」

「ああ。最後を見届けるまで死ぬわけにはいかねーさ」

「私もよ」

「コマは全て揃った。後は、実行するだけだ」

「そうだな。旦那、よく俺たちをここまで導いてくれたよ。ありがとう」

「今日は休んで。後片付けは私たちがやっておくから」

「ああ、すまない」

 この二人のことは信用している。だから、俺は後のことを彼らに任せ、自室に向かった。

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