36 後のない状況(サナ王女視点)

「ねえ、サナ王女」

「その呼び方はやめて。サナって呼んでよ、ルーツ!」

「ええ!? でも……!」

 幼い頃のルーツが目の前にいる。何となく、これが夢だってことも分かる。だって、私もう大人だもの。


 ルーツは戸惑いながらも、私をサナと呼び始めた。ああ、懐かしいなぁ……。あの頃は楽しかった。


 夢は、私たちがもう少し大きくなった場面に移る。これは、初めてジャックとリリィを誘ってニーベ村に行った時かな。ジャックたちもあっという間にルーツと仲良くなった。ルーツの魔道士としての力にも驚いていた。私はなぜか得意気に自慢していたっけ。


 そこへバスティアンが現れる。そんなわけないでしょ! バスティアンと出会ったのは私が帝国に軟禁された後のことよ! まあ、夢なんてそんなものか。


 急に辺りが暗くなり、バスティアンとジャックとリリィの姿が見えなくなった。あれ、皆、どこへ……?


 一人残っていたルーツがこっちを見ている。


「ルーツ、どうしたの?」

 私が尋ねても、ルーツは答えない。ルーツは悲しげな表情で私を見ていた。


 やめてよ……。もう私はあの頃とは違うの。そんな顔をされても、あなたの気持ちには答えられない。だって、今は……。


 ルーツの表情が変わる。私を睨んでいる。そして、ルーツの左手が触手に変貌した。


「ひっ……!?」

 私は恐怖で尻餅をついた。触手が私に巻き付いて来る。


「い、いやぁぁあ!!」

 もうやめて! それはやめて! 本当に痛いの! 凄い力で締められて、またやられたら死んじゃう!


 死ぬ……? 殺される……? ルーツに……? ルーツが、私を……?


 楽しかった頃の夢との落差と恐怖に、私は、声を上げた。


「うああっ!?」

 そこは飛空艇の、私の部屋だった。ベッドの上だ。悪夢のせいか、酷い汗だった。


「サナ王女!!」

 リリィの声が聞こえた。横を見ると、リリィが私の手を握って来た。


「リリィ……?」

「大丈夫!? どこも痛くない!?」

「え……?」

 私の脳裏に、夢の光景が浮かぶ。何であんな夢を見たんだっけ? ルーツの左手が化け物の触手になって、それから……。


「!?」

 私はコロシアムで何があったかを思い出し、上半身に触れた。あの時、私にも骨が折れるような音が聞こえた。痛みを予想し、私は歯を食い縛る。しかし、痛くなかった。


「あ、あれ……? 痛く……ない?」

「……良かった」

 リリィが涙を流している。私の怪我を心配してのことのようだ。だとしたら、あのコロシアムでの出来事は夢ではなく、現実ということだ。ルーツこそが魔道士オーデルグで、私は彼に……。


「お目覚めですか、サナ王女?」

 私はその声に驚いて目を向ける。


「ルー……ツ?」

 何で普通にそこにいるの? あれだけの事があったのに!


 私はもう少し、そのルーツを眺めた。そして、違和感に気づく。


「……若返った?」

「俺とオーデルグには若干の年齢差があります。こっちのサナとあなたにもね」

 ルーツが横を見た。私がそちらに目を向けると、再度驚くことになった。


「え、……私!?」

「こんにちは、サナ王女。私もサナと言います。はじめまして」

 わけがわからない。一体、何が起こっているのか。


「私とルーツは、あなたとオーデルグのコピー人間です。破壊神トコヨニによって創られました」

「コピー人間? そ、そんなことが……! 一体、何のために!?」

「トコヨニが、人間を学ぶためだったそうです。身近で人間を観察したかった、と」

 ルーツと同じ顔をした少年が言った。やはり混乱してしまう。


「あと、サナ王女の怪我は回復魔法で治しました。でも、回復魔法は被術ひじゅつ者の生命エネルギーも消費する。しばらく疲労感やダルさが残ります。今は、無理しないで」

 私と同じ顔の少女が言った。回復魔法? そんなものが存在するの?


 しかし、確かにダルい。風邪の時とまではいかないが、身体が重かった。私はベッドに横にならせてもらった。


「でも、そっか。じゃあ、やっぱり私が怪我したのは、夢じゃなかったんだね……」

「ええ、残念よ……。こんなことに、なるなんて……」

 リリィが涙声のまま言う。相変わらず優しいな、リリィは。他人のことでそんな風に泣くなんて。私なんかと全然違うんだ。あなたが王女だったら良かったのに……。


「今夜は、ゆっくり休んでください」

「まだ痛いところがあったら言ってくださいね。私なら、回復魔法を使えますから」

 そう言うと、ルーツとサナは部屋を出ていった。


「バスティアンは?」

「部屋に閉じこもってるわ。ルーツを追い詰めたのは自分なんじゃないかって」

「そう……」

 皆、ボロボロだ。私も、もうどうしていいのか分からない。しかし、回復にエネルギーを使ったのは本当らしい。まぶたが重い。


 ……。


 次に気づいた時、もう朝になっていた。



    ◇



 一晩寝たことでダルさもだいぶ回復し、私たちは大会議室に集まった。


 もう皆には『ルーツ』と『サナ』のことは説明済のようだった。彼らの仲間であるネロとシンディという冒険者も乗船している。


 そして、オーデルグの正体を最初に見破ったチームメンバーが、情報共有してくれた。彼らは以前から、帝国の戦争犯罪について調査していたらしい。その過程でニーベ村の件に辿り着いたとのことだった。


「正直言ってさ、悪いのは帝国だよ、全部。どうせろくでもない事を隠してるんだろうと思ってたけど、案の定だったな」

 ブルーニーが言った。彼は帝国人でありながら、帝国のありようを容赦なく斬り捨てる。


「だけど、オーデルグは、ミストロア王の陰謀とか言ってたわ。帝国だけの問題ではないのかもしれない」

 リリィはルーツをオーデルグと呼ぶようになった。きっと自分の心を守るためなんだと思う。あのルーツが敵になってしまったのだから。


「けどよ……、ルーツがオーデルグだったなんて……」

「最初っから私たちを騙していたってことよね……」

「辛いなぁ……。ちょっと、色んなこと、起こりすぎだよ」

 チームメンバーが次々と口にした。嘆きは当然だと思う。ルーツと仲良くしていたメンバーもいるのだから。


「何よりも事態が深刻です」

「ええ。長老、破壊神トコヨニの力は、ほぼ全てオーデルグの手中にあります」

 ルーツとサナが言う。確かにそうだ。暗黒竜ラグナロクが目覚めてしまえば、もう手に負えない。


「ラグナロクに立ち向かうっていうなら、召喚獣タイタニアを、味方につけるべきかもしれないな」

「え……?」

 チームメンバーの発言に、私はたじろいでしまう。もう、私に頼るのはやめるべきだ。かつての幼馴染一人の絶望すら、察することができなかった愚かな私になんて。


「サナも召喚魔法を使えるんでしょう? 私よりあなたの方が……」

「いいえ。ルーツがオーデルグの才能を引き継げなかったように、私もサナ王女と同じではないんです。タイタニアは正統な召喚士であるサナ王女にしか召喚できない」

 そんなこと、言わないでほしい。どう考えたって、サナの方が向いている。少し触れ合っただけだが、私なんかとは心の強さが違う。見ていれば、分かる。


「タイタニアに挑戦するなら、創造神サカズエに会いに行かないといけないんじゃないか?」

「そうだな」

 サカズエ。この事態をどう見る気だろう。正直、私は会いたくなかった。どうせサカズエは、負けてはならないとか、そういう具体性の無いことしか言わないのだから。

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