32 幕間:ルーツとサナが向き合う真実
その日、ルーツとサナは長老に呼び出されていた。
「マーリの街では活躍しているそうじゃな」
「まあ、色々と活動はしていますよ」
「冒険者仲間も増えて来ました」
「そうか。ほっほっほ、若者の成長を見られるのは嬉しいもんじゃの」
長老はケラケラと笑った。しかし、ルーツは、その様子がいつもと違うような気がした。
「それで、今日は私からルーツとサナに依頼じゃ」
「長老が、ですか?」
「ああ。大樹ユグドラシルの
「大樹ユグドラシル?」
「この世とは
「本当にあるんですか、そんな木が?」
「ある。これからお主らを転移魔法である場所に送る。そこで見つけてほしい」
「それで、それを見つけてどうすれば?」
「そこにいるはずの、ユグドラシルの精に会え」
「ユグドラシルの精?」
「ああ、そうだ。お主らは会わなくてはならない」
「は、はぁ……」
長老は優しげな笑みを浮かべる。ルーツには、なぜかそれが儚いものに感じられた。
「では行くぞ。準備は良いか?」
「どうせ無茶を言うと思って、外出準備もして来ましたよ」
「ええ。だから大丈夫です」
「ほっほっほ、宜しい!」
長老が両手を叩くと、ルーツとサナの足元に魔法陣が生じた。ルーツとサナの身体が、光の中に消えていった。
「……頑張れよ、二人とも。どんなことになっても見守っておるぞ」
長老はルーツたちが消えた後、自分にも転移魔法を発動させ、どこかに行ってしまった。
◇
ルーツとサナが転移した場所は、大雨と嵐の真っ只中だった。
「ちょ! 何よこれ!?」
「凄い雷雨だ! 雷も落ちてくるかもしれない!」
「長老、相変わらずの無茶を!」
ルーツとサナは風雨に負けないように大声でコミュニケーションを取り合った。
「サナ、やばい! ここ、闇の魔力も吹き荒れてるぞ!」
「ひぃぃ! どうなってんのよ、もう!」
ルーツとサナは魔力を身体の外側に展開し、闇の魔力の影響を防ぐ。嵐に吹き飛ばされたりしないように手を繋いで歩き始めた。
「こんな岩山に本当に大樹ユグドラシルの
「分かんないけど、探すしかないよ!」
「歩いてても埒が明かない! 空から探そう!」
「そうね、分かった! いでよ、ルーンドラゴン!」
サナの召喚魔法で、ルーンドラゴンが現れる。ルーツたちはその背に乗り、空から探すことにした。
「あー、空も凄い風雨だ!」
「もうビショビショよ!」
空からその岩山を眺める。しかし、動物も魔物もいないような場所だ。ルーツも探知魔法で魔力を探ったが、生命の痕跡すら見つけられなかった。
「魔法で探しても無駄なのかな!?」
「あれ、何か光ったよ!」
サナが叫び、指差した。ルーツはその方向を見たが、何も見つからなかった。
「どこ!?」
「あっち! 進んでみて!」
ルーツは、サナが示す方向にルーンドラゴンを飛ばした。すると、闇の魔力で黒くモヤのかかる岩山に、何か別のものが見えてきた。
「あ、本当だ! あれじゃないか!」
「やった!!」
見えてきたのは大木だった。こんな危険な場所に一つだけ存在する生命。だとしたら、それが大樹ユグドラシルの
大木の下に降り立ち、ルーンドラゴンを幻界に戻し、ルーツとサナは大木を下から眺める。
「で、ユグドラシルの精だっけか?」
「そうね。どうすれば会えるんだろ?」
「おお、来たか、客人よ」
「「え!?」」
どこからともなく声が響き渡ると、大木の前に青い服と帽子を身に付けた小人が姿を現した。小人は宙に浮いている。
「あ、あなたが?」
「いかにも。ユグドラシルの精だ。よくここが分かったな」
「何かが光った気がして、それを追いかけて来ました」
「はて、そうか?」
ユグドラシルの精が首をかしげた。
「まあ良い。事情は全て分かっている。客人たちよ、君たちに力を授ける」
「え?」
「一体何の?」
「は!」
ユグドラシルの精はルーツたちの質問に答えず、右手をルーツたちに向けた。その手からルーツたちの身体に光が伸びる。
「ふぅ。これで良いぞ。私が力を貸すのはこれが最初で最後だ。そういう取り決めなのでな。今、与えた力が何なのかは、村に戻ってから聞くが良い」
「長老に聞けってことですか?」
「すまぬな。私は真実を語る立場に無い。後は君たち次第だ」
「わ、分かりました……」
「さて、それだけで帰すのも無粋か。特別サービスだ。この闇の魔力と嵐を少しだけ収まらせる。濡れた身体を温めてから帰りなさい」
ユグドラシルの精が右手を天に掲げると、本当に雷雨が収まり、岩山から吹き荒れていた闇の魔力も消えていった。そして、ユグドラシルの精のいた場所に、暖かく光る球体が出現する。
「私はこのままユグドラシルの本体に戻る。ゆっくりしていきなさい」
「あ、ありがとうございます」
ユグドラシルの精の声は、そのまま聞こえなくなった。
「さて、この玉が暖かいのは良いけど、まずは服を乾かさないとね」
「ああ、そうだな」
ルーツもサナも風魔法を使い、ぐしょ濡れの服から水分を蒸発させた。気化熱で失われる温度は、ユグドラシルの精の球体が補ってくれた。
「ふぅ、スッキリ!」
「まあでも、もう少し温まって行こっか?」
「そうだな」
ルーツとサナは、大木の下で腰を下ろした。
「でも、一体何の力を貰ったんだろう?」
「検討もつかないね」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、あれは何だろう」
ルーツは、大木から少し離れた場所に光るものを見つけた。立ち上がり、その物体に近づく。
「もしかして、サナが見たっていう光ってこれか?」
ルーツがそれを拾い上げる。それは魔力石だった。魔力石を眺めながら、ルーツはサナの元に戻った。
「アクセサリーかな、これ」
「それ、ルーツがくれた魔力石と似てるね」
サナは自分の首飾りについている、ルーツからの贈り物に手をやった。
「本当だな。俺と似たようなことを考えた人がいたのかも」
「そうね。でも、それが落ちてたって、どういうことだろ? 落としたのかな」
「もしくは、捨てたか……」
その魔力石に込められた魔法は大した物だとルーツは思った。洗練されている。サナのために一生懸命作った自分の製作物より優れているようにも思えた。もしこれも贈り物で、貰った人が捨てたのだとしたら、切ないことだとルーツは思った。
「…………」
ルーツはふと考えてしまう。もし自分とサナの関係が進展せず、サナが別の大切な人を見つけたとしたら、きっとサナはルーツからのプレゼントを捨てることになるだろう。女性が新しい出会いを見つけるとはそういうことだ。
(嫌だなそれは。ましてや、想いを伝えないままそうなってしまったら……)
ルーツはこの時、心の底からそう思った。だから、言葉が出て来てしまった。
「……サナ」
「んー?」
サナは呑気にルーツが拾った魔力石を眺めている。
「俺、サナが好きだ」
「……………………は? …………えっ? えっ?」
始めは理解できていなかった様子のサナは次第に慌てふためき、みるみるうちに赤面していった。
「ななななな、何で今!? みゃ、みゃ、みゃ、脈絡なさ過ぎでしょ!!」
「ご、ごめん! どうしてか、今伝えなきゃいけない気がして……。それより、どうなの!?」
ルーツは両手でサナの肩を掴む。急接近したためか、サナは一瞬たじろいだ。しかし、すぐにルーツの両手を取り、真っ直ぐに目を見て言葉を紡いだ。
「随分前から、ずっとルーツのこと好きよ!」
「…………ほ、本当に!?」
「うん! 本当!!」
サナの返答に、ルーツの感情が高ぶる。天にも昇る心地とはこのことなのだろう。
「サナぁ!」
「うぎゃっ!?」
ルーツは勢いよくサナに抱きついた。サナはダメージを喰らったかのような声を上げたが、サナもルーツに身体に手を回し、思いっきり抱き締めて来る。
「良かったぁ……。良かったよぉ……。両想いだったぁぁ!!」
ルーツの耳元でサナが叫ぶ。
「ああ、良かった!! 心配して損だったぁぁ!!」
ルーツも叫ぶ。受け入れられなかった時はどうしようなどと、ずっと苦悩して来たのだ。タガの外れた心のままに、ルーツはサナの身体を強く抱き締めた。
(華奢な身体、抱き締め過ぎたら折れちゃいそうだ……)
ルーツはそう思っても力を緩めない。緩められるような心境では無かった。かつて村の子供が大きいと囃し立てたものが胸に当たっているのも感じている。しかし、今この時は、劣情よりも、気持ちが届いた嬉しさの方が
「ルーツ!」
サナが少しだけ身体を戻そうとする。それが合図となり、お互いの身体を離した。
「前言ったでしょ! ずっと一緒よ!」
「ああ、ずっと一緒だ!」
おでこ同士をぶつけ合って、二人はそんなことを言った。そのまましばしの間を空け、高鳴る気持ちと共に、ルーツはサナに口付けをした。そして、再び抱き合う。二人はしばらくそうしていた。
「行こう!」
「うん……!」
サナはルーンドラゴンを召喚し、二人で乗り込む。サナはルーツの後ろから、いつもより必要以上にルーツに抱きついた。
「出発だ!」
「おー!」
そして、高ぶった気持ちのまま、笑い合いながらルーンドラゴンを飛ばした。まるで空の散歩でもするように。
ユグドラシルの精から力を授かったので、後はどこかの転移魔法陣から村に帰るだけだ。しかし、もはやそこまでの空の旅さえ、ルーツは楽しくてしょうがなかった。
ルーツたちは長老に転移魔法で送り出されたから、今いる場所がどこなのかは分からない。しかし、村の転移魔法陣の場所を魔法で探知することはできるので、はしゃぎながら一番近い所に向かった。
そこは、マーリの街と同じように、村人の一部が商売に出ている街だった。拠点となっている家に向かうと、ちょうど村人がいた。
「ルーツにサナ様……。長老の用事、終わったんだな」
しかし、その声が少し憂いを帯びていた。
「どうしたんだ、おっちゃん。そんな顔して?」
「いや、何でもない。村で色々とやらなければならない準備があってな」
「準備?」
「ああ。ルーツたちにも関係あることだ。まだ準備が整っていないから、そうだな、夕方くらいまで街をゆっくりして来たらどうだ?」
「え、街をゆっくり?」
「ああ」
「うーん、まあ、そういうことなら……」
ルーツたちは素直にその言葉を聞き入れ、街に出ることにする。
ルーツたちを見送った村人は、小声で呟いた。
「今ぐらいは楽しんでくれ。お前たちは、これから真実を知ることになるのだから」
◇
ルーツとサナは、その街でデートを楽しんだ。想いが通じ合ったばかりだ。腕を組み合い、買い物をし、屋台で食べ物を買った。そしてふと、宿屋を通りがかった。休憩もできる宿だ。まだ早いかと思いつつも、ルーツもサナもタガが外れており、寄って行くことにした。
風呂で汗を流すと、ベッドを共にし、お互いを求めた。終わった後も、ずっと抱き合っていた。
宿屋を後にし、手を繋いで歩き始める。談笑しながら歩いていると、商人らしき通行人がルーツたちに話しかけて来た。
「あれ、あんた? ミストロア王国のサナ王女じゃないか?」
「え……?」
「確か、メルトベイク帝国に軟禁されてるはずじゃ? 解放されたのかい?」
「いや、すいません、人違いですよ」
サナが答えた。
それは素の返答だ。サナは村長の娘であって、王女などではないのだからと、ルーツは思った。
「え、人違い? いや、でも、商売でミストロア王国に行った時に会ったお姫様ソックリだぜ、あんた」
「サナ……王女? ミストロア王国の王女は、サナというのですか?」
ルーツも何か感じるところがあり、商人に尋ねた。
「ああ、王女の名前はサナだ。ミストロア王国は帝国に戦争で負けてから入国が厳しくなってなぁ。王女が解放されたんなら、また商売に行ける可能性もあるかと思ったんだが……。間違いだったならすまねえ。悪かったな、お嬢さん方」
商人はそのまま行ってしまった。
「ルーツ、どう思う……?」
「顔が似ているというのならともかく、名前まで一緒ってのは、偶然が過ぎるんじゃないか?」
「そうよね……」
ルーツには予感があった。長老や村長は何かを知っているのだろうか。
「……帰ろうか?」
「うん」
村に戻らなければならない。ルーツは直感的にそう思った。サナも同じのようだった。
転移魔法陣のある家に戻ると、村人が荷物をまとめていた。
「あれ、その荷物は?」
「商売、ひと区切りだ。後片付けだよ。村の準備はできてる。ルーツたちは先に帰んな」
「え、ええ……」
村人に挨拶し、ルーツとサナは転移魔法陣に入って村に戻った。
村は心なしか、暗い雰囲気に包まれていた。
「帰って来たな、ルーツにサナ様」
「グスタフさん」
「お前たちにも、全て伝えなければならない。長老の家に二人で行け」
「わ、分かった」
グスタフに言われ、ルーツとサナは共に長老の家に向かった。
長老の家には、ルーツの母と、サナの父母がいた。サナの父は、すなわち村長だ。
「あれ、長老は?」
「長老はいない。二人とも、座りなさい」
ルーツとサナは素直に椅子に座った。前に大人3人が座る。雰囲気が重いと、ルーツは思った。すると、村長が話し始めた。
「これから話すことは、大人たちは皆知っていることだ。先ほど、子供たちにも伝えた」
「あ、ああ」
「まず、私たちはお前たちの本当の親ではない」
「「え……?」」
ルーツとサナの声が揃う。先ほど、サナ王女という人物の存在を知ったばかりだ。もしかするとサナにそういう裏事情があるのかもしれないと思ったルーツだったが、自分も当てはまるとは思っていなかった。
「この村の人間はな、ほとんどが長老が創り出したコピー人間なのだ。それぞれの者にオリジナルがいる。ルーツにサナ、お前たちにもな」
「ち、ちょっと待ってくれ、村長! そんなバカなことが!?」
「そうよ! お父様、そんなことが可能なの!?」
「長老には、それだけの力があった」
ルーツとサナは絶句した。この村にそんな秘密があったとは。
「まさか、ミストロア王国のサナ王女というのは……!?」
「知っておったのか。そうだ、サナ王女は、サナ、お前のオリジナルだ」
「私が、王女のコピー人間……?」
「そしてルーツ、お前はミストロア王国に存在したニーベという村の、魔道士ルーツのコピー人間だ」
「そんなことをするなんて、一体、長老は何者なんだ?」
「長老は、破壊神トコヨニ。創造神サカズエと対を為す、世界を破壊する宿命を与えられた大いなる存在なのだ」
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