20 幕間:冒険者との共同ミッション

「お母様ったら、ひどいのよ!」

 サナが腕組をしながら言う。聞き役はルーツだ。二人で村の転移魔法陣でマーリの街に移動し、冒険者ギルドで小休止しながらサナが愚痴っているのだ。


「それで、その時サナはどうしたの?」

「ちゃんと言ってやったよ! 約束は守れって!」

 ルーツは笑みを浮かべながらサナの話を聞いていた。たまにこうやって喧嘩することもあるが、サナと母親の仲は良い。きっといつものように、どちらともなく謝って終わるんだろうと思っていた。


 ひとしきりサナの愚痴タイムが終わると、ルーツとサナはギルドへの依頼の書かれた掲示板へと向かった。長老の訓練が卒業ということで無くなったので、これまで訓練に当たられていた時間を使ってこのギルドに来ることにしていた。


 自分たちが身に付けた魔法やちょっとした武芸で何ができるか、それを模索するのにちょうどいい場所だった。ケホダビーのはちみつを手に入れるミッションをクリアしたルーツとサナは、その後もいくつかの依頼をこなした。魔物退治のみならず、農業の手伝いのような地味な仕事もあった。


「うーん、ちょうど良いのが無いな」

「本当ね」

 二人とも、長い時間マーリの街にとどまるような仕事は受けづらく、この日はミッション選びに難航していた。


「よぉ、新顔」

「こんにちは」

 不意に話しかけられ、ルーツたちが振り返る。そこには戦士職らしき男女が立っていた。男の方は重装備といえるゴツい鎧を着て大剣を担いでおり、女は男ほどの重装備ではないものの、甲冑と細い剣を装備している。


「何か御用ですか?」

「いやなに、ルーツとサナってのはお前たちだろ? 評判は聞いてるぜ」

「評判?」

「最近ギルドに出入りするようになったあなたたちの仕事が丁寧だっていう評判よ」

 ルーツはサナと顔を見合わせた。そんな話になっているとは思いも寄らなかった。


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はネロ。見た目通り、戦士をやっている」

「私はシンディ。実は、ダンジョン攻略の誘いよ。ちょっと話を聞いてみないかしら?」

 ネロたちに促され、ルーツとサナはテーブルで向かい合って座った。


「世界の各地には、不思議な財宝が眠っているダンジョンが沢山あるのは知ってる?」

「はい」

「この街の西の方にもあると聞きました」

「お、そこまで知ってるなら話は早いな! 俺たち、そこの第2層にいる魔物に挑もうと思ってるんだよ」

 ネロによると、第2層には不思議な魔物がいて、打ち負かすと人間の世界に無い武器をくれたり、魔法を教えてくれたりするというのだ。


 第2層という浅い階層にいる魔物の割に、熟練のパーティでも勝てないほど強いが、向こうから襲いかかって来ることは無いらしく、普通の冒険者はその魔物と出会っても刺激せずにやり過ごしているとのことだ。


「ネロさんとシンディさんは、その魔物に挑戦するんですか?」

「ああ、そうだ。だが見ての通り、俺たちは二人とも前衛の戦士で、魔法には疎い」

「だからあなたたちに声をかけたのよ。どうかしら? 腕試しになると思うし、その魔物から何かもらえるかもしれないわ」


 いつもと違って人助けでもなく、自分たちの力試しの意味合いが強そうだとルーツは思った。隣を見ると、サナも考えているように見える。しかし、ルーツは挑戦してみても良い気がした。自分たちの力はまだまだ発展途上だし、修行という意味合いもあるのではと考えたのだ。


「サナ、やってみないか?」

「うん、私もちょうどそう思ったところ」

 ルーツとサナはニヤっと笑い、右手をタッチし合った。


「よし、決まりだな!」

「ダンジョンへの馬車が定期便として出ているわ。行きましょう」


 ルーツたちは馬車で街道を移動した。馬車の中には、同じダンジョンに挑むらしき冒険者たちもいる。それぞれが異なるミッションを持っているのだろう。ダンジョンの前まで着き、ルーツたちが戦いの相談をしていると、他の冒険者たちはさっさとダンジョンに入っていった。


「よし、俺たちも行きましょう」

「ああ、頼りにしているぜ」

「宜しくね」


 第1層には恐ろしげな魔物の気配はまるで無かった。前衛の二人だけで事は足り、ルーツとサナの出番はたまにしか無かった。魔力を温存するためでもあった。


 第2層に入ると、ほんの少し、魔物が強くなって来た。前衛の二人が攻撃に間に合わない場合、ルーツが魔法剣で援護を行った。


「へえ、ルーツは魔法剣も使えるんだな」

「剣そのものは、そんなに得意じゃないんですけどね」

「それでいいんじゃない? 魔法剣が使えるなら魔法剣のスキルを磨けば良いのよ」

「シンディさんが言うと、説得力ありますね」

 サナがシンディを称える。それはシンディの剣技への賛美だった。ネロは完全なパワータイプだが、シンディは華麗な剣戟で敵を仕留めている。それはサナにとっても美しく見えたらしい。ルーツも同意見だった。


「ん!?」

「あ!?」

「どうしたんだ、ルーツ?」

「サナも?」

「他の魔物と比べ物にならない魔力を感じます」

「ええ。これがその魔物なのかも」

「「!?」」

 4人は慎重に足を進めることにした。魔力の出どころを目指してルーツが先頭で歩く。そこには、巨大なカタツムリのような魔物がいた。


「あれか?」

「ええ」

 声に気づいた様子のカタツムリの魔物はルーツたちを見たが、すぐに他の方を向いて去ろうとした。


「向こうからは手を出して来ないって、本当なんですね」

「ええ。じゃあ、行くわよ!」

 シンディの合図と共に、全員が武器を構える。カタツムリの魔物は再度こちらを見た。どうやら挑戦だと判断したらしい。顔から伸びている触手の1本が左右に揺れる。『ちっちっち』と言っているように見えた。


「僕は強いぞ、本当にやるのか? って言ってるのかしら」

「サナ、分かるの!?」

「いや、何となく、そんな気がしない?」

 カタツムリの魔物はもう一度ルーツたちを見る。ルーツは頷いた。カタツムリの魔物はため息をつくような仕草をした。そして、顔から伸びている6本ある触手に魔力がこもり始める。


「来ます!」

 ルーツが叫んだ。カタツムリの魔物から6つの雷がほとばしる。ルーツたちは横に跳んでそれを避けた。


「雷魔法か!」

「だったら!」

 サナが杖をかざし、土魔法を放つ。魔力は岩石のような形状となり、魔物に発射された。魔物はそれを風魔法で吹き飛ばした。


「複数属性の魔法を操るのか!」

「まるで人間のような知性ね!」

 ネロとシンディは間髪入れずに斬りかかった。魔物は図体の通り、素早さがない。二人の剣戟は届いた。しかし、魔物の触手2本が受け止めていた。


「なに!?」

「斬れない!」

 魔物はさらに雷魔法を使おうとする。ルーツが風魔法による高速移動でネロとシンディの前に入り、魔法剣で魔物の魔法を斬り飛ばした。


 ネロとシンディはなおも攻撃を繰り出す。合わせるようにルーツも魔法剣を振るった。しかし、ルーツの剣が、魔物に当たった時に折れてしまった。


「な、なに!?」

 ルーツの顔が驚愕に染まる。剣が折れたことに思考を持っていかれ、防御の意識が消えてしまった。魔物はそれを見破ったのか、土魔法で岩石を放ってきた。


 ネロは大剣で、シンディは盾で受け止める。しかし、その威力に押され、後方に飛ばされた。


 ルーツは慌てて土魔法で防御しようとしたが、間に合わないと悟り、せめて腕でガードしようとした。その時、風魔法で高速移動して来たサナがルーツの前に入り、土魔法による障壁を展開する。障壁で魔物の攻撃をガードできたが、押される力が強く、サナとルーツは一緒に吹っ飛ばされた。


「ぅぁあ!?」

 サナが思わず声を上げる。ルーツはサナの身体を抱きかかえ、地面に激突する時に受け身を取った。


「サナ、助かった」

「うん!」

 ルーツはサナを立たせる。ネロとシンディが合流した。シンディがルーツの折れた剣を指差した。


「剣を振るう方向が悪かったわね」

「だから折れたってことですか?」

「まずい方向に力がかかっちまったんだ。本職の戦士でもやる時はやっちまうし、それはしょうがねえよ」

「後で色々教えてください。ここは魔法に専念します」

 ルーツは折れた剣を投げ捨て、懐から小型の杖を出した。


 魔物は、再び魔力を集中させると、それを投げつけて来た。


「な、なにそれ!?」

「そんなことができるのか!?」

 サナとルーツが驚きの声を上げる。まるで魔力による物理攻撃だ。二人が長老にも教わったことのないやり方だった。


「ち、さすがに強ぇな!」

 魔力投擲を大剣で捌きながらネロが嘆く。


「召喚魔法は……いやダメね」

 サナが呟く。ダンジョンの大きさに見合う召喚獣がいないのだ。ルーツの頭にも、召喚して満足に動けそうなのはアルミラージぐらいしか思い当たらない。アルミラージを呼び出しても、応援してもらうだけになってしまう。


「当たりまくるしかないか」

 ルーツは杖に魔力を込め、火魔法と風魔法の連打を始めた。サナも同様に複数の魔法を撃ちまくった。魔物は魔力で撃ち落としたり、魔法で相殺したりしてくる。


「よし、俺たちも!」

「ええ!」

 魔法と魔法の嵐のようなぶつかり合いの中、ネロとシンディも魔物に斬りかかった。もはや小細工のない総力戦だ。凄まじい轟音の数々が辺りに響き渡る。


 魔法の連打にルーツも疲労して来たが、魔物の表情にも焦りが出てきたような気がした。


「うおお!」

 ルーツは疲労する身体を鼓舞するように声を上げ、風魔法による移動も織り交ぜて様々な方向から魔法を撃った。何発かがついに魔物にヒットした。


「勝機!」

 ネロが声を上げて魔物に斬りかかる。ルーツの魔法がヒットして体勢が崩れている今がチャンスだと思ったのだろう。シンディも続き、サナも渾身の風魔法を放った。


 すると、魔物はカタツムリの殻に身を隠した。ネロとシンディの剣が殻に弾かれ、サナの魔法も殻で四散してしまった。


「な、何だと!?」

「そ、そんな!」

 ネロとシンディが叫ぶ。魔物の目が殻の中で光った。


「ネロ、シンディ!」

「危ない!!」

 ルーツとサナの声が響く。魔物が何か攻撃を出そうとしたと思ったのだ。


 しかし、カタツムリの殻から出てきたのは、攻撃ではなく白旗だった。


「え……?」

「し、白旗……??」

 ネロとシンディが呆気にとられた声を出した。


「ま、まさか……?」

「勝ったの……?」

 ルーツとサナも素っ頓狂な声を上げた。魔物はその声に反応し、殻から出てきた中身の部分がコクリと頷いた。そして、触手の一本がチョイチョイと手招きをしている。ルーツとサナは顔を一瞬見合わせ、警戒は解かないまま魔物の方へ歩み寄った。


 魔物が触手を4本、前に突き出すと光が生じ、そこに宝箱が出現した。


「おおお!」

「何かもらえるってこと!?」

 ネロとシンディが興奮して叫ぶと、魔物はコクリと頷く。早速ネロが宝箱を開ける。そこには大剣、盾、小型の杖が入っていた。大剣と盾はネロとシンディに、ということのようだった。剣も盾も上物らしく、ネロとシンディは大はしゃぎをしている。


「この杖は、私に?」

 サナが魔物に問うと、魔物はフルフルと首を振った。


「じゃあ、俺にか」

 ルーツがその杖を持つ。読めない文字が書かれており、不思議なものを贈られるというのは本当のようだった。魔物がちょっと貸してみろと言わんばかりに触手をクイクイとしている。ルーツが素直に杖を渡すと、魔物は杖に魔力を込めた。杖の先から青白い光が飛び出る。


「な、何だこれ!」

 ルーツが叫ぶと、魔物はその杖を振って、近くにあった岩を切り裂いた。


「魔力の……剣?」

 サナが呟くと、魔物はコクリと頷いた。魔物が魔力の込め方を変えると、青白い光も変化した。今度は岩を殴りつける。色んな使い方ができるということだった。


「もしかして剣と魔法の両方を極めることなんてできないから、ルーツにはこれが合ってるってことなんじゃないか?」

 ネロがそう言うと、魔物はコクリコクリと、二回頷いた。


「へぇぇ、そっか! これならさっきみたいに折れることも無いしな! ありがとう!」

 ルーツはその杖を魔物から受け取る。魔物はエッヘンという顔をした。


「あれ、私には無いの?」

 サナが言うと、魔物は触手を一本サナの足元に向けた。すると、サナの足元に魔法陣が生じる。それは、長老の訓練でも行われた、新しい魔法を覚える契約のようだった。


「一体、どんな魔法なのかな」

 サナが魔物に聞いたが、魔物は触手を一本、顔の前で上向きに立てた。どうやら内緒ということらしい。どんな魔法なのかはサナ自身が使えるようになって確かめてほしいということのようだった。


 全員に贈り物をしたことを確認すると、魔物は触手を振ってサヨナラの合図をした後、歩き去って行った。


 帰り道に他の魔物と遭遇することはなかった。ルーツたちがダンジョンの入り口に戻ると、他の冒険者パーティ1組がマーリへの馬車に乗り込んでいるところだった。


「お、ちょうどいいな」

「私たちも乗っていきましょう」

 ネロとシンディが早速乗り込み、ルーツとサナも続いた。


「疲れた……」

 ルーツもサナもドカンと座り込んだ。


「疲労困憊って感じだな、二人とも」

「ネロさんとシンディさんは平気な顔してますね?」

「いえ、今日はもう動けないわよ。顔に出ないのは慣れじゃないかしら」

「そういうものですか」

「あとな、俺たちのことはネロとシンディでいいぜ。さっき、そう呼んだろ?」

「そういえばそうでしたね」

「冒険者は対等なものよ。だから敬語もいらないわ」

「うん、分かったわ、ネロにシンディ!」

 サナはあっさりとそれを受け入れ、砕けた言葉で話し始める。特に拒否することでもなかったので、ルーツもそうすることにした。しばし雑談に時間を使う。


 しばらくすると、全員疲れているためか、沈黙の時間が流れた。もう1組のパーティは全員眠っている。ルーツがそれに気づいたちょうどその瞬間、サナがルーツの肩に身体を預けて来た。


「サ、サナ……!?」

「疲れたのよ。そうしておいてあげて」

 サナは静かな寝息を立てていた。しかし、気のある少女の体温を腕越しに感じ、ルーツは胸が高鳴るのを感じていた。


(そ、そういえばさっき……)

 ルーツは戦闘中のことを思い出す。サナと一緒に吹っ飛ばされた時、受け身を取るのは必要なことだったから良いものの、思いっきりサナのことを抱き締めていた。


 ルーツはその時の感触を思い出そうとした。しかし、無我夢中だったため、全く覚えていない。そのことを残念に思いつつも、ルーツの顔は赤面していった。


「なぁんだ、初々しいな、ルーツ」

 ネロにからかわれるも、ルーツは何も言うことができなかった。


「サナは、きっと良い所のお嬢様でしょ?」

「どうしてそう思うんだ?」

「見てれば分かる。きっと、ルーツとは立場が違うのね」

「うーん。ま、だいたい正解かな……」

「詮索はしないわ。でもね、愛の前には立場の違いなんて無意味よ!」

「す、凄いこと言うなぁ……」

「ふふ、頑張りなさい!」

 ルーツは頭をポリポリと掻いた。



    ◇◇



 マーリの街に到着する頃に、サナは目覚めた。ルーツに身体を預けて眠ってしまっていたことに赤面していたのだが、何とか誤魔化して馬車を下りた。ネロたちとは、また一緒のミッションをやることを約束し、別れた。


「もう夕方だね。どうしよルーツ、もう帰る?」

「ちょっとだけ買い物でもしていかない?」

「え? いいけど」

 お互い相当に疲労している状況で意外なことを言われたと思ったサナだったが、素直についていくことにした。


 ルーツの先導で、ちょっとしたお土産を売っている商店の並ぶ場所まで来た。


「何か、お母さんに買っていってあげなよ」

「え……?」

 ルーツは笑顔でサナに言う。今朝、愚痴っていたことを気にしてくれたのだ。どうせすぐに仲直りしようとするところまで予想されていたのだろう。


(まったく、こいつは……)

 胸が暖かくなり、サナはルーツの服の裾を掴んだ。そして、おでこをルーツの肩に押し付ける。


「ありがと……。うん、何か買ってくよ」

「……ああ」

 ルーツはサナの頭に右手をポンと乗せた。それ以上のことは無かったが、今はこれで十分じゅうぶんだとサナは思った。

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