17 大切な人(ルーツ視点)
数日に渡る交代制の調査で、4から6層の調査が終了した。今は7から9層に調査範囲が広がっている。
俺が探知魔法を使えることは秘密だったが、そうも言っていられない状況が来てしまった。俺たちのいる第7層の下、第8層の班が魔物と交戦している。恐らく、危機を迎えている。
俺は音が聞こえたことにして皆を誘導した。階段を駆け下り、班の元にたどり着くと、班員が巨大な槍を持つ魔物と戦っていた。
「大丈夫か!?」
俺とジャックが駆け寄る。
「セスがやられた!」
班員の一人、戦士のセスの腹部に出血が見られ、顔は青く、動かない。
「ジャック、バスティアンと前衛を頼む!」
「分かった!」
ジャックとバスティアンはすぐにその魔物に対して近接攻撃を仕掛けにいった。セスの班の魔道士にサナ王女とリリィが加わり、魔法で応戦する。
俺はすぐにセスの止血をした。しかし、出血がひどい。これは命に関わる。
「撤退だ!」
俺はセスを背負い、地上まで駆け上がった。そしてすぐに救護テントに運び込んだ。
治療は上手くいき、セスは一命を取り留めた。しかし、しばらくの戦線離脱は確実だった。
「あの槍の魔物は、冒険者が倒したはずの第8層の
「ほら、この資料……」
ジャックとリリィがダンジョンの資料を広げて言った。
「復活するのかよ……」
「なんで……」
セスの班のメンバーが嘆いている。しかし、恐らく復活したんじゃない。復活させられたんだ。第7層で探知魔法を撃った時に、第8層にその存在を感じた、破壊神トコヨニの配下に。
「……」
俺はやるべきことを整理する。ひとまず、今日の調査は打ち切らせよう。そして、準備だ。破壊神の配下と対面するための。いよいよその時が来た。
俺の進言は受け入れられ、槍の魔物の排除について、話し合われることになった。破壊神の配下と同等の敵とみなし、召喚魔法の使用を考慮に入れることになった。
精鋭で立ち向かうべきだが、広さのないダンジョンでの戦いなので、俺たちミストロア王国班にバスティアンを加えた編成となった。ブルーニーが自分も行くと渋ったが、第8層の入り口で退路の確保を担当してもらうことになった。
◇
翌日。
俺たちは、ブルーニーの班と共にダンジョンに潜った。ブルーニーたちは第8層の入り口で止まり、待機する。
第8層に下りると、俺はすぐに探知魔法を撃った。……見つけた。第8層中央、大きく開けた空間に槍の魔物がいる。そしてその奥に破壊神の配下がいる。分かりやすい構図だ。槍の魔物を倒さないと破壊神の配下までたどり着けない。いや、槍の魔物に守らせているのか。
「ルーツ……」
サナ王女の懇願のこもった声が聞こえた。
「今日は俺が前に出る。ジャックとバスティアンは周囲の警戒。いざっていう時のために消耗は避けてくれ」
「え? ああ、分かった」
「了解だ」
二人からは肯定の返事が来た。あとは、状況を分かっている俺が皆を誘導すれば良い。俺はサナ王女を見た。サナ王女は、微笑んで頷いた。
俺は一直線に第8層中央に向かう。そして、槍の魔物が視認できる位置まで来ると、班員に戦闘準備の合図をした。全員で武器を構える。槍の魔物が気づき、咆哮を上げて走りかかって来た。
「散開!」
俺の掛け声と共に、全員が散らばる。リリィが撃った魔法に合わせてジャックが槍で突き、サナ王女の魔法やバスティアンの剣もヒットした。俺も魔法剣で攻撃する。しかし、硬い。このメンバーの総攻撃を跳ね除けるとは。
槍の魔物は魔法も使えたため、リリィやサナ王女も攻撃の標的となった。俺は前衛と後衛の間に立ち、敵の魔法を魔法剣で撃ち落とす。この数日で息の合ってきたジャックとバスティアンの攻撃もなかなか決定打とならず、戦闘は長期戦になって来た。
全員の息が切れ始め、特に前衛の二人が防戦になり始めていた。敵の槍がジャックの腹部を捉えそうになる。
「くっ!?」
俺はすかさず距離を詰め、敵の槍を魔法剣で弾いた。しかし猛攻は続き、ジャックと意思疎通を取る暇もない。手強い! 想像以上に!
槍の魔物はジャックに向かって強打を打とうと振りかぶった。兆候を察知したジャックは後ろに飛び、俺も一緒に下がる。しかし、それは敵のフェイントだった。
「バスティアン!?」
サナ王女の声が響いた。敵の槍は、ジャックではなくバスティアンの方に向かった。意表をつかれたバスティアンの目が驚愕に染まる。
スローモーションのようだった。バスティアンは次の攻撃の構えに入っていて、防御する余裕がない。そのまま受けたら致命傷だ。しかし、サナ王女が風魔法と思われる高速移動でバスティアンの前に入る。槍は、サナ王女の胴体に突き立てられ、サナ王女の身体が吹っ飛んだ。
「サ、サナぁぁああーーーー!?」
真っ先に大声を上げたのはバスティアンだ。バスティアンはサナ王女が吹っ飛ばされた方向に駆け出す。敵がそれを追撃しようとしたのを、俺は慌てて止めに入り、魔法剣の強打で下がらせた。
ジャックと俺とで、バスティアンとサナ王女の前に入り、槍の魔物を牽制する。リリィもサナ王女に駆け寄ったようだ。フォーメーションが崩れている。俺とジャックだけでは押し切られる。
なおも槍の魔物が攻撃を振りかぶった。ここは……もう仕方がない。バスティアンはきっとこっちを見ていない。
槍の魔物が突っ込んで来た。俺は剣を左手に任せ、右手を前に出す。そして、風魔法で攻撃した。
「グォォオオ!?」
槍の魔物が奥の壁まで吹っ飛び、壁に激突した。すかさず土魔法を放ち、地面に拘束する。
「おお……」
ジャックが安堵の声を漏らした。ジャックに見られるのは問題ない。彼は、俺の本業が魔道士であることを知っているのだから。
「サナ!?」
俺はすぐにサナ王女の元に駆け寄った。しかし、手前で停止した。
見てしまったのだ……。
取り乱した様子のバスティアンがサナ王女を抱き締めているところを。バスティアンが顔をサナ王女の顔に押し付けているところを。
「お、落ち着いてバスティアン。大丈夫だから、ほら!」
サナ王女はバスティアンの顔を両手で掴み、自分の腹の辺りを見せようとしていた。
槍が直撃した場所は……土魔法でガードしたのか。それは、俺の村で彼女が覚えた護身用の防御術じゃないか……。
「サナ、なんて無茶を!」
「……あのままじゃあなたが危なかったでしょ? どっちかというと褒めてほしい」
「ああ! ああ!」
再びバスティアンがサナ王女を抱き締める。口づけまでする始末だ。サナ王女は嫌がってなどいないし、自分からバスティアンを求めているようだ。
「…………」
そういうことか……。サナ王女と再会してからの違和感の正体はこれか。彼女が俺と近づこうとしなかったのはこれが理由か!
「ルーツ……」
サナ王女と目が合った。サナ王女は静かに立ち上がり、俺の方を見る。
「私の、大切な人なの」
バスティアンの腕を抱きながら言った。心が引き裂かれる。
「あの魔物、ルーツがやったの? さすがね。あの頃からルーツは凄かった。私は、その背中を追いかけていたけど、それは昔の私。私は、変わっちゃったんだよ」
やめてくれ、聞きたくない。
「みんな、いつまでも子供のままじゃいられない。自分のやるべきこと、共に歩む人を見つけないといけない。私には、バスティアンがそうだった。それだけなんだよ」
そこまで言うと、サナ王女は沈黙した。ジャックとリリィは何か喋っているのだろうか。サナ王女以外の情報が入って来ない。
「俺は、君が好きだった」
負け惜しみのような過去形の告白。俺が絞り出せたのはそれだけだった。
「私も、ルーツが好きだった。それは本当」
サナ王女の言葉には憐れみはあっても、悲しみがなかった。彼女の心の中に、本当に俺はいないんだ。
「今までありがとう、ルーツ。私を好きでいてくれて。でも、ルーツも新しい道に進んで。きっとそれでもっと強くなれる。もっと優しくなれる。私がそうだったように」
サナ王女は真っ直ぐに俺を見る。俺はこの場を逃げ出したかった。
「グァアアアア!!」
槍の魔物が咆哮を上げた。どうやら風魔法のダメージから回復したようだ。
「この通路の奥」
「え?」
「破壊神の配下がいる。4人で行ってくれ。こいつは俺が何とかする」
「ルーツ……」
「せめて、一人にしてくれ。頼む」
「……分かった」
俺の魔道士としての能力への信頼は変わっていないようだ。サナ王女はバスティアンの手を取り、ジャックとリリィと共に走り出した。土魔法の拘束が解けていない魔物の横を通り過ぎる。
俺は憤りに任せて風魔法で魔物の前まで高速移動した。魔物が驚いて怯んだのが分かった。
「あいつらに構っている余裕など無いぞ? 来いよ……」
俺は両手に魔法を展開し、攻撃態勢に入った。悪いが、魔法を解禁したらお前程度の魔物では障害にならない。
結局、俺は3年前に全てを失っていたのだ。大切なもの、大切な場所、そして今、大切な人もまた、こぼれ落ちていたことを知った。
「はっはっは……!!」
これで良かったのかもしれない。俺の憎しみを浄化してしまうかもしれない最後の障害が、最初から無くなっていたのだから。これで復讐に
俺は必要以上に魔力を込め、槍の魔物を火魔法で攻撃した。
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