09 再会(ルーツ視点)
「次の実地訓練の行き先は、ミタインズ地方となる」
教官のその言葉にクラス内に緊張が走ったのが感じられた。反帝国同盟の次の攻撃拠点となるはずだった場所。そこに実地訓練として行けというのだから。
「マジか……。ルーツ、どう思う?」
ジャックが俺に話しかけてきた。
「後でゆっくり話そう。教官がいる今はまずい」
その場での話は切り上げ、実地訓練の説明が終わった後に、ジャックの部屋に向かった。リリィも一緒だ。
「罠……か?」
「そうよね……」
バレている。間違いないと俺も思う。襲撃をすれば、反帝国同盟が手痛い反撃を受けるのは目に見えていた。
「しかし、どうして手の内を明かすようなことをするんだ?」
「俺もそこが分からない。把握しているのなら、泳がせたままで反帝国同盟を一網打尽にするチャンスだというのに」
「いずれにしても、作戦は中止……よね?」
「ああ、そうだな、残念だが。反帝国同盟にはすぐに伝えるよ」
これで、サナ王女との再会も遠のいたのだろうか。いや、次の実地訓練はサナ王女のいるミタインズ地方なのだ。もしかしたら会うチャンスがあるかもしれない。
クラスメイトの同志たちにも、ミタインズ地方奪還作戦が中止になったことが伝えられた。悔しがっている者もいたが、ジャックやリリィから次の機会のために力を蓄えておこうということを伝え、落ち着かせた。
◇
実地訓練の日になり、飛空艇でミタインズ地方に移動する。案内された先は宮殿だった。中には数人の従者と、アカデミー関係者らしき者たちが数人。だが、これもブラフだろう。襲撃に備えていないわけがない。もっとも、反帝国同盟の作戦は中止になったわけだが。
俺たちはいつも通り班に分かれて行動することになり、それぞれの班に部屋が与えられた。俺の班にはジャックとリリィがいる。
「見事にミストロア王国の関係者が集められているな」
「そうよね。他の班も概ね、同じ国出身者が揃えられているし」
「くそ、この地方も取り返したかったのに」
ジャックが悪態をつく。他の者も同じ想いなのだろう。このクラスは特に帝国への反発心が強いのだから。
「仕方ないさ。今回は実地訓練に集中しよう」
「ええ、そうね」
「時間があったらサナ王女を探してみたいところだけどな」
その時、俺たちの部屋の扉がノックされた。
「こんにちは、みんな。今、大丈夫かしら?」
扉から聞こえて来たその声に、俺の心臓が飛び跳ねそうになる。
「え……?」
「ま、まさか……!?」
ジャックとリリィも驚きに満ちた声を発した。この声を聞き間違うはずもない。
リリィが扉に駆け寄り、勢いよく開けた。
「サナ……王女??」
「リリィ、久しぶりね。元気だった?」
俺の頭は真っ白だった。このタイミングでサナ王女との再会が待っているとは。
リリィとサナ王女はお互いの存在を確認し合うと、抱き合って泣き出し始めた。信用できない貴族が多かったというミストロア王国において、リリィはサナ王女にとって唯一の心を許せる同性の友達だったはずだ。思うところも強いのだろう。二人はそのまましばらく泣き続けた。
しばらく経つと、リリィがサナ王女から離れ、部屋の中に入るように促した。
「ジャック」
「サナ王女……」
ジャックとサナ王女は無言で握手をして頷き合った。
次にサナ王女は俺の前に立つ。
「3年振りね、ルーツ。生きていて、良かった」
サナ王女は静かに右手を出して来た。ジャックにしたように。俺は未だ自分の思考を整理しきれず、その手を取って握手するのが精一杯だった。
「サナ王女……」
「サナでいい。昔みたいに」
「サナ……。ああ!」
俺は思わず笑みをこぼしてしまう。ただの平民に過ぎない俺が王女と親しかったという優越感が蘇ってくる。
サナ王女は信じられないほど美しく成長していた。聞かなければならないことがあったはずなのに、その言葉も出て来なかった。
「積もる話もあるんだけれど、まずは私が来た理由を説明しないとね」
サナ王女は部屋の中央に立った。俺たち3人はその前に立つ。
「まずね、今回の実地訓練のまとめ役、私なの」
「え、サナが!」
「どういうことなの?」
「とてもとても大事な任務がある。帝国がどうとか、そう言っていられないくらいに」
嫌な予感がした。サナ王女が言おうとしていること。それはきっと……。
「世界を救うための戦いが起こる。ここに集まった皆には、その手助けをしてほしい。この実地訓練が終わった後にもね」
帝国との戦いではない、別の道。それを今、俺達に示そうということだ。
「それは一体……?」
「どういう……?」
ジャックとリリィもキョトンとしている。
やがてサナ王女は語り始めた。この世界を創った創造神サカズエと世界を滅ぼそうとしている破壊神トコヨニ。サカズエとトコヨニの戦いは宿命付けられたもので、サカズエが勝たないと世界が滅びてしまうこと。トコヨニが活動を開始し、誰かが撃退しなければならないこと。過去の大戦でサカズエに付いてトコヨニと戦ったのが、ミストロア王家の祖先であること。
「き、急にそんなことを言われても……」
「信じられないのは分かるわ。私もそうだった。でもね、私、創造神サカズエに会っているの。そして、トコヨニの復活は近づいている。いや、もう復活していると思う。今回の実地訓練で戦おうとしているのは、かつて破壊神トコヨニが創った大悪魔よ」
「かつて創った?」
「トコヨニは毎回、凶悪な存在を創っては世界を滅ぼそうとしてきた。中には滅しきれない者もいた。そういった者は封印された。でも、封印された者はトコヨニの復活と共に目覚めるのよ。そして、再び世界を滅ぼそうとしてくる」
「そんなことを私たちが、サナ王女が背負う必要が、あるの?」
「そうね。私も怖い。でもね、確かに私が選ばれし者なんだと思う。みんなも知っているでしょう? 私が召喚魔法を使えることを。帝国も破壊神トコヨニが怖いのよ。だから私を特別扱いして、訓練した。帝国の言いなりは悔しいけど、確かに世界を滅ぼさせるわけにはいかない」
サナ王女はとうに決意を固めている。そういう表情だった。ジャックとリリィにもそれが理解できたようだ。二人は協力を約束した。
「ルーツ。あなたが生きていて本当に良かった。きっと帝国を憎んでいるのでしょう。でも、力を貸してくれると嬉しいわ」
サナ王女は悲しそうな顔をして言った。俺の境遇を案じてのことだろう。しかし、サナ王女は俺に起こった惨状の数々を知らない。いくら想像しようと、そんな同情では到底足りないと思う。
「分かった、サナに協力する」
しかし、俺は肯定を返した。予定は狂うが、俺の目的への道すじが崩れるほどではない。
「ありがとう」
サナは儚げな笑顔で答えた。それは、かつてミストロア王国で俺に見せた笑顔と全く違うものであることに、俺はまだ理解が及んでいなかった。
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