07 新しい始まり(サナ王女視点)
ヒュドラへの挑戦が始まってから1年が経った。同時に別の召喚魔法を使うことはできないので、私とバスティアンだけでやるしかなかった。私とバスティアンは何度も策を練り、挑戦を繰り返した。私は幾度となく挫けそうになったが、バスティアンはいつでも支えてくれた。
そしてついに。
「ギャアアアア!!」
私の土魔法による攻撃が直撃したヒュドラが地面に倒れ、動かなくなった。呼吸はしているので、死んではいない。私はバスティアンと顔を見合わえた。
「こ、これは……?」
「やった、のか……?」
「いかにも。よくやった二人とも」
サカズエの声が響いた。私はたまらず、バスティアンに駆け寄って抱きついた。
「やった、やったぁぁああ!!」
興奮が収まらず、私は声を上げ続ける。
その日はお祝いということで、豪華な夕食が用意された。ついに最初の召喚獣を味方につけたことが皇帝の耳にも入ったようで、私には外出許可が与えられた。もちろん、監視付きではあったが。
「良かったですね、サナ王女。どこへ行きたいですか?」
「出かけられるなら行きたいと思ってたところがあるわ」
「ほう、そうですか。……先に言っておきますが、ミストロア王国に行くとか、そういうのは流石にダメですよ」
「え、ダメなの!? 上空に行くとかは?」
「それくらいなら大丈夫でしょう」
「良かった!」
「空からでも故郷を見たい、と」
「うん。でも、それだけじゃないわ」
◇
翌日、宮殿に飛空艇が降りてきた。バスティアンと共に乗り込むと、飛空艇はあっという間に空へ上昇していく。私は宮殿が見えている間、お世話になっている従者たちに腕を振っていた。
飛空艇は旧ミストロア王国領内の上空まで来た。お城が見える。お父様は、元気でいるのだろうか。
「懐かしいですか?」
「ええ。お城の近くに見えるあの川、夏によく遊びに行ったわ」
「そうですか。連れて行ってあげたいですが、それはまたいつかですね」
「大丈夫よ。春の今に行っても、まだ川遊びできるような温度じゃない」
会話しながら、私はバスティアンの顔を見つめる。
「どうかしましたか?」
「ねえバスティアン。旧ミストロア領内でなければ着陸しても大丈夫よね?」
「え、難しいことを言いますね。うーん」
「お願い」
「……分かりました。船員に口裏は合わせてもらいます」
「ありがとう」
「どこへ着陸したいのです?」
「飛空艇を着陸させる必要はない」
「え?」
私は右手を前にかざすと、召喚魔法を唱えた。幻界への道が開き、中からガルーダが現れる。
「これは、いつか言っていたガルーダ?」
「ええ。これで行きましょう、バスティアン」
「……まさか、私にリードしろと?」
「うん」
「はぁぁ、相変わらず無茶なことを仰る……」
そう言いつつも、バスティアンはガルーダにまたがった。ガルーダは初めて乗せる人間だったためか、キョトンとしているようだったが、すぐに落ち着いた。
「では、サナ王女」
バスティアンが差し伸べて来た手を掴み、私はバスティアンの後ろにまたがった。バスティアンは船員に連絡事項を伝えると、ガルーダを飛ばした。
私は、バスティアンの胴体にしがみつく。
「すみません、初めてなので乗り心地は悪いかもしれません」
私がしがみついたから、私が不安がっていると勘違いしたようだ。でも、そうじゃない。単に私がそうしたかっただけなのだから。
「そんなことない。ルーツは、乗れるようになるまで1週間かかった」
「……はは、またルーツか。素敵な思い出なのですね」
バスティアンのテンションがあからさまに落ちたのを感じる。褒めたつもりだったのに逆効果になってしまった。男の人は、難しいな。
「それで、どこに行くのです?」
「あそこ。霊峰ギガント」
「なるほど。確かにあそこは旧ミストロア領内にあるように見えて、領土じゃなかったですね」
「誘導するから、その通りに飛んで」
「仰せのままに」
バスティアンとガルーダと共に、かつて飛んだ軌跡をめぐる。今は霊峰ギガントの嵐が治まる時期だから、場所さえ把握していれば簡単にたどり着けるだろう。あの場所に。
「あった……」
魔力と雷雨の嵐のせいで生命を寄せ付けないはずの岩山に、一つだけ存在する大木。かつて届かなかった思い出の場所だ。
バスティアンはガルーダを飛ばし、大木の前に降り立った。私はバスティアンと手を繋ぎ、大木の下まで移動した。不思議な魔力を感じる。この大木は何なのだろうと私は思った。
「ここに来たかったのですか?」
「うん。ずーっとね」
私はそう言うとガルーダを幻界に戻し、地面に座った。この大木の魔力なのか、地面からは暖かさを感じる。バスティアンも同じように腰を下ろした。
「霊峰ギガントのことは噂に聞いていましたが、こんな場所があったとは。不思議ですね」
「ええ、不思議なところ。逸話もあるのよ」
「逸話?」
そう、それはかつてルーツに話したこと。この木の下で愛を誓った者たちは、永遠の絆で結ばれる。
私は何も言わず、唇をバスティアンの唇に重ねた。
「サ、サナ王女!?」
バスティアンは驚いた様子で、顔を離して叫んだ。慌てるその様子も愛おしく思う。
「サナ王女って呼ぶのは止めて。サナって呼んで」
そう言われればもう義理立てることもないでしょう。あなたが私をそういう目で見ていたのは知っている。私も、あなたのことを……。
私は再びバスティアンと口づけを交わし、腕をその身体に回した。バスティアンも腕を私の身体に回してきた。
「風魔法インビジブル」
私は姿を消す魔法を唱えた。今、お互いを視認できるのは私とバスティアンだけだ。私はバスティアンの手を掴み、私の身体の膨らみまで誘導した。バスティアンは一瞬驚いたようだったが、静かに私の衣服に手をかけてくる。
次第にあらわになっていく私の素肌。そして、アクセサリー類も外していた時のことだ。
「あっ!」
私は思わず素の声が出てしまった。
「どうした、サナ?」
「ちょっとだけ待って、ごめんなさい」
外された首飾りを見て、ようやく思い出した。ずっと身につけていたものだったからすっかり忘れていた。そこにはルーツからもらった魔力石がついていたのだ。
「これは、外すべきね」
私は首飾りから魔力石を外し、大木から少し離れた位置に置いた。
「今までありがとう。でも、私はもう大丈夫。他の誰かを守ってあげて……」
私は魔力石に言葉をかけると、バスティアンの元に戻った。
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