06 召喚魔法の訓練(サナ王女視点)
「サナ王女、お迎えにあがりました」
「バスティアン? ありがとう。今いくわ」
私はバスティアンに連れられ、訓練場へと向かった。創造神サカズエから与えられた課題をこなすためだ。
元々、私にはそれなりの魔力はあった。国で訓練していたのもあるが、ルーツの住む村は特に魔法に優れたところで、彼らと交流を持っていたことで、私の魔道士としての力は帝国軍人に余裕で匹敵するものだったらしい。だとしたら、私より明らかに優れていたルーツは本当に偉大な魔道士だったということだ。
サカズエから与えられた課題もあっさりとクリアしてしまい、サカズエもその進捗に驚いていた。することがなくなってしまったので、私はバスティアンから剣術を習うことにした。
「剣術など、あなたが使う必要はありますまい」
「いいじゃない。やることないんだから。ルーツも、魔法の訓練に疲れた時は気晴らしに剣を振り回していたわよ」
「ルーツ……。例のあなたの幼馴染の少年ですか」
「うん、男の子。……なに、嫉妬でもしてるの?」
「バカなことを」
バスティアンは少しむくれた様子で、模擬刀を取りに行った。その様子が可愛くておかしくて、私は思わず破顔してしまう。まだ完全に信用はしていないが、バスティアンは良い人だ。一回り近く歳上のようだが、気も合う。一緒に模擬刀を振り回すのも楽しかった。
「ではこれを持って構えてください。基本の型をやってみましょう」
「うん、よろしく!」
バスティアンは素人である私をバカにしたりせず、丁寧に教えてくれた。私も夢中になってしまい、あっという間に時間が過ぎていった。
やがて夕食の時間となった。バスティアンは食事も付き合ってくれる。いつでも私に構っているかというとそんなことはなく、私の知らないところで自分の訓練はしているようだった。
「ねえバスティアン。あなた、結婚はしていないの?」
「私は独身です。婚約者などもおりません」
「あら、意外」
「私にも私の事情があるのです。サナ王女はどうなのですか?」
「婚約者? いないわ。帝国との戦争がなければ、お父様に準備されていたかもしれないけれど」
「王族というのも自由がないのですね。きっとあなたはルーツという少年のことを」
「やめて。昔のことよ」
私はきっと、ルーツのことを好きだった。だけど、単に自由のない立場への反発から無理やり平民の子と仲良くなろうとしていたのではないか。最近はそんなことも考える。
「ルーツという少年のことは調べさせましたが、やはり行方知れずです」
「調べてくれたの? ありがとう」
ルーツは生きているのだろうか。帝国への反撃作戦には多くの平民が動員されたから、ルーツも戦いに出た可能性は低くない。ルーツの村は平和なところだったし、もし生き延びていたなら、戦いのことなど忘れて平穏に生きてほしい。
◇
その日、訓練に召喚魔法が加わった。といっても魔法そのものの訓練ではない。召喚して味方についてくれる召喚獣を増やすということだ。それは確かに必要なことだった。例えば、ガルーダは既に私の味方だが、空を飛べるだけで破壊神との戦いの役には立たないだろう。
「それでは新しい魔物を召喚することにしよう」
訓練場にどこからともなくサカズエの声が響く。サカズエ本人は私の知らない場所にいるだろうに、便利なことだ。
「どうすれば良いのですか?」
「いつも通り召喚魔法を使うがいい。ただし、特定の相手を呼ばなくて良い。幻界への道を開くだけだ。道が開いたなら、私が呼び出そう」
私は早速召喚魔法を行使する。空間に歪みが生じ、幻界に繋がった。
「かつて我らと共に戦った魔物の一人、ヒュドラを呼び出す」
サカズエの声が響くと、幻界への道が巨大化し、中から大きなドラゴンが姿を現した。
「なっ!? ド、ドラゴン!?」
この世界で生きていればドラゴンを見る機会はある。私が召喚できるドラゴンだっているのだ。しかし、現れたヒュドラは、私の知っているドラゴンとは桁違いの魔力を持っていることが感じ取れた。
「首がたくさんある!?」
私だけでなく、バスティアンも驚愕しているようだった。
「ヒュドラに認められるには、力を示すしかない。戦うのだ」
「ええ!? き、急にそんな」
「サナ王女! 来ます!!」
バスティアンが私の目の前に移動した。ヒュドラから吐かれた炎を剣戟で切り裂き、分かれた炎が私たちの後方に飛んでいく。
「サナ王女!」
私がヒュドラの存在感に呆然としていると、バスティアンは私を抱きかかえて走り始めた。ヒュドラが次々と炎を吐いて来ていたからだ。私は我に返り、水魔法で炎に対抗し始める。
「ギャアアアム!!」
炎を撃ち落とされたことに憤慨したのか、ヒュドラは
不意にバスティアンに突き飛ばされ、私は地面に投げ出された。バスティアンの方を振り返ると、ヒュドラの口がバスティアンに迫っているのが見えた。
「バスティアン!?」
私は悲鳴のような声を上げた。バスティアンが、食われる!?
「そこまでだ!!」
大きな声が響いた。サカズエの声だ。声と共に、ヒュドラの身体が幻界への道に吸い込まれていった。
「な、何なの、これ!?」
到底訓練とはいえないこの一方的な戦いに、私は叫んだ。
「今のそなたらではヒュドラを味方にすることはできぬようだ。だが、焦らずとも良い。何度もトライして、いずれは味方にできるだろう」
「な、何度もって……!?」
「今日はここまでだ。どうして負けたか、じっくり考えておいてくれ」
それを最後に、サカズエの声は聞こえなくなってしまった。
「サナ王女、お怪我はありませんか?」
バスティアンが手を差し出してくる。私は何も考えられず、その手を取ることができなかった。すると、バスティアンは私の隣に座った。
「サナ王女、次こそは」
「次ってなに!? またあれと戦えっていうの!? あんなの、勝てるわけないじゃない!!」
私は思わず口にしてしまう。魔道士としての訓練とは桁が違った。恐怖で震えが止まらない。
「大丈夫です。あなたならできる。何があっても、私も最後まで共に戦います」
バスティアンが私の手を握って言う。その優しげな声に、私の目から涙が溢れた。
使命だからと、何も考えずに受け入れてしまっていたが、訓練でこのレベルなら、破壊神との戦いはきっともっと恐ろしい。想像するだけで怖い。私はその恐怖をぶちまけるように、バスティアンに抱きついて泣いた。
バスティアンは何も言わず、私の背中に腕をまわして包み込んでくれた。
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