第28話 子ども
真っ赤に染まった空を、ミヅキは広場で仰向けになり眺めていた。本日の王妃教育が終わり心身ともに疲れていた。
学校がある日は数時間で終わるが、長期休みに入ってからは朝から夕方までみっちりであった。内容も過酷。レイージョが完璧な淑女であった理由を、身をもって知ることができた。
ヒラヒラと葉が上から落ちてきた。
この木との付き合いも1年になる。
落ちてきた葉を拾いそれを眺めて、以前のようにレイージョをイメージしながら力を込めた。すると、髪が長かった頃のレイージョが葉に描かれた。
以前も思ったが思い浮かんだモノが忠実に描かれるのが面白くて、たくさんのレイージョを描いていった。
絵でもレイージョに囲まれているのは幸せであった。
その時、胸のところにあったチャームが熱くなってきるような気がした。
「前もあったような……」
チャームを手にすると確かに熱を持っていた。
「大丈夫かな?」
レイージョの体内から出てきた大切な物が何度も熱くなっていたので壊れていないか心配になった。その場に座り、チャームを開けて驚いた。
「なにこれ?」
赤い石であったはずの物が、4本足で立っていた。頭には耳があり、猫や犬のような形をしている。
ソレはチャームから出て膝に乗ると、手のひらほどの大きさになった。
すり寄ってくるその動物がとてもかわいかった。
「君はなに?」そう言って、それに触れると気持ちよい毛であった。真っ赤なその毛が風にゆれると燃えているように見えた。
「石が動物になったの? レイは動物好きかな? にしても真っ赤なその姿は目立つね」ソレをなぜながら困った顔をした。「せめてヒト型の方が目立たなくていいよね」
すると、ソレは形を変えて人になった。
その姿は、幼いがレイージョそっくりであった。
「わぁ、めちゃくちゃ可愛い」その姿に感動した。「すごいね。流石、レイが出した石だね」
幼い頃のレイージョの姿は何度も想像していたが、実際に目にするとその美しさに気を失いそうになった。
「って、あわわわ」改めてソレの全身を確認して焦った。全裸であり、足の間には男の子特有のモノがついていた。
慌てて、自分がかけていたストールをソレに巻いた。ソレは理解していないようで首を傾げていた。
「とりあえず、部屋に行こう。えっと、あ~呼び名がないと不便ね。レイに似ているし、レイージョからよって……。男の子だからジョンでいいかな」
そう言いながらジョンと名付けたソレに笑いかける。ジョンも笑った。
その無邪気な笑顔で可愛かった。
両手を差し伸べると、ジョンはよたよたと歩き、ミヅキにくっついてきた。
「かわいいいいいいいいいい」
余りの可愛さに思い切り抱きしめた。するとジョンは「キュウ」と言った。その声も愛らしく胸が高鳴った。
ミヅキはジョンを抱きかかえると、部屋に戻った。
部屋に戻ると、自分の服をジョンに着せたが大きいため裾をまくり後ろで縛った。
彼は何をされても嬉しそうであった。
「そろそろ、ご飯かなぁ」時計を見てつぶやいた。
ミヅキはジョンに“待っているように”伝えると台所に向かった。
今まではレイージョが作っていたが、卒業して本格的に仕事が始まったため、ミヅキやろうとしたがまだ実現できていない。
いつも、冷たい箱に作り置きがある。
今日は朝みたらなかったから作ろうと思ったが、台所に行って固まった。
やり方が分からない。
「確か、いつもコレに鍋を乗せていたよね」
ミヅキはフラットの台に丸い模様が描いている場所を見た。それの周囲を確認してボタンらしき場所を見つけるとそれに触れた。
すると、丸い模様が赤くなった。
「え、熱くなったのかな?」
触れようとしたが、少し考えてから奥の大きな箱から水が入ったボトルを取り出した。
そっとボトルの水を丸い模様の上に垂らすと、ジュっと言って蒸発した。
「うん。いいみたい」
大きな鍋にボトルの水を全て入れた。
それから材料を探したが、分からなかった。
「え? なにこれ? へ?」
自分があまり料理に関わって来なかったことを思い出した。村の娘たちが親の家事を手伝っている間、自分は畑仕事をしていた。
食事なんて食べられればなんでもいいと思っていた。あの時の自分を殴ってやりたかった。
好きな人を思うと、美味しい物を作りたい。しかしその技術が自分にない。
落ち込んでいる時、レイージョが近づいてことに気づいた。
「エレベーターに乗った。どうしよう」
お湯が沸いているだけの台所を見て落ち込んでいると、玄関が開く音がした。
そして、すぐにリビングルームに来たレイージョは固まった。目を大きくしている。
「なにこれ?」
彼女の視線の先にあるのはソファに座ったジョンであった。
加熱を止めると慌ててレイージョの傍に行った。
すると、彼女にじっと見られた。まるですべてを見透かされているようであった。
心が読めるのだから実際そうなのかもしれない。
「石……?」
レイージョはミヅキの考えを読み取ったようで、自分の胸にあるチャームを見た。中を開けて確認するが、以前そこに入れた時と変化がない。
「むきゅう」
ジョンは、レイージョの胸にある物をみると、飛びついて奪った。そしてあっという間に口に入れてしまった。
「え?」と驚き、レイージョと顔を見合わせた。
よちよちと歩く赤子のようであったジョンが、しっかりと二本脚で立っている。
「えっと……だれ?」
喋った。
人語でない言葉を発していたジョンがたどたどしいが伝わる言葉を言った。
「お母……」少し考えてからミヅキは「母ですよ」と言い直した。どんな人間に話しても問題ない言葉遣いでなくてはいけないと思った。
「母……」
ジョンはレイージョに視線を移した。
レイージョは女性であるため“父”と紹介するのも変だと思い悩んでいると。
「父だ」と彼女はすぐに答えていた。
驚いて彼女の顔を見ると穏やかに笑い、ジョンに向かって手を広げた。ジョンがトテトテと彼女に腕の中に入ると抱き上げた。
「あの……レイ」
「うん? あぁ、“私たちの子ども”可愛いね」
「……」
「わかっているよ。石が変化したんだよね。ミヅキに似ているね」
「え? そうしょうか?」
「うん。瓜二つじゃないか。髪は私の色だが、顔はミヅキに似ている」
「……」
自分の顔をじっくりと見る機会が少ないから、レイージョから見たらそうなのだろうと思った。
「ジョンと言うのか? え? 私に似ていて美しいからその名前にしたの?」レイージョが頬を赤く染めた。
彼女の能力で全部筒抜けになってしまうのは恥ずかしかった。
二人で真っ赤になっていると、レイージョは声が上げて笑った。
「そう思ってくれるのは嬉しいよ」
レイージョが喜んでくれるなら、自分の思っていることが筒抜けでも良かった。彼女の喜びはミヅキにとって幸福であった。
「ねぇ、ジョン」レイージョはジョンを呼ぶと、彼をじっと見た。「君は生まれたての赤子にもなれるのかい?」
ジョンはレイージョの言葉に首を傾げて、少し考えると小さく縮んだ。そして、生まれたての赤ん坊になった。
「いいね。うん」
「レイ?」
彼女の考えていることが分からなかった。
「ねぇ、ミヅキ」赤子になったジョンを抱いたままレイージョは顔を向けた。「学校好き? 続けたい?」
突然の質問に意図がわからなかったが“いいえ”と答えた。勉強は王妃教育で受ける内容とかぶっている。学校で仲良くしている人間がいるわけではない。
レイージョがいない学校生活は辛いと思っていた。
「じゃ、退学しよう」
「へ?」
「退学してすぐに結婚しよう。そして、1年後にはこの子を我が子として発表しよう」
唐突なことで、驚いた。
「そんなことできるのですか?」
「問題ない。そもそも、ミヅキを学校に入れた理由は高魔力者を国に縛りたいからだ。王太子と結婚して子どもを作れば条件は満たしている」
レイージョはジョンを片手で抱いた。そして、ミヅキを反対の手で抱き寄せると顔を近づけた。
綺麗な顔が間近にきて心臓が暴れ出した。
「ダメかい?」彼女の寂しそうな顔をした。
「いいえ。はい。結婚します。学校辞めます」
即答した。
学校に未練はない。むしろ、レイージョといる時間が長くなることは嬉しかった。
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