第23話 重い思い

部屋に戻るとどっと疲れが襲ってきてソファに寄りかかった。

レイージョが紅茶ローテーブルに置くとミヅキに隣に腰を下ろした。


「おいで。疲れたでしょ」


レイージョに誘われて、彼女の膝に頭を置いた。レイージョのいい匂いいがして気持ちが落ち着くどころか少し興奮した。


彼女はそんなミヅキの様子に気づいたようで、頭をなぜながら口づけをされた。柔らかい唇に触れられてドキドキした。


「あ……」触れるだけですぐに離れてしまい寂しさを感じた。すると、レイージョは「ふふふ」と艶かし笑みを浮かべた。


心臓が持たない。


「続きは後にしましょう。まだ今日は長いわ」

「あぅ……」


レイージョの色気にやられて言葉が出なかった。


「忙しなくてごめんなさいね。本当は順序立ててやりたかったのだけど……」

「誘拐されるのは嫌です。私の為にありがとうございます」

「いえ。でも……」と言ってレイージョは難しい顔をした。「あそこでも言ったけど、ショータ家が貴女を王妃にすることを承諾したのが不思議なのよ。何か裏がありそうで怖いわ」


不安そうにするレイージョに、ミヅキはためらいながら以前、森であったユウキの兄であるイルミとした約束の事を話した。


「迷惑料として、“わたくしと一緒に居られるように手伝え”なんて告白かしら」


レイージョの言葉を聞いて恥ずかしくなった。あの時は、たいして期待していなかった。

なんとなく希望を言っただけであったが思わぬ所で効果を発揮して驚いている。


「でも、なんで迷惑料を貰うことになったのかしら」

「それは……」


言いづらそうにすると、レイージョは何かを感じとったようですぐに「いいわ」と言った。


「噂によると、ユウキ・ショータが父である当主に頭を下げたらしいわよ」

「え?」

「更に、ミヅキの王妃を承諾しないとショータ家を辞めるとまで言ったらしいわ」

「そこまで……」


あの約束はそんな重いものではなかったはず……。

そこで、約束に承諾したのはユウキではなくイルミであったことを思い出した。


「あの、先ほどから御三家貴族の承諾と言っていますが王族はいいのですか?」

「国王はクラーイ家よりで王妃はショータ家じゃないの。彼らは自分の家の当主と同じ意見を言うわよ。王族なんてそんなもの」


思っていたより王族の価値が軽い。


「だから、私が女王になっても決定権はないのよ。アクヤーク家と同じ意見しか許されないわ。大量の公務をこなすのにね」

「あまり、いい立場ではないですね」

「だから、アキヒトが簡単に王位を譲ったのでしょ。王族なんて鎖でしばられているだけよ」

「そんな、王族になってレイは後悔してないのですか?」


心配になるとレイージョは穏やかに笑いながら、ミヅキの髪をなぜた。


「それが、ミヅキと居られる最善の方法ですもの」そう言う、レイージョを見ると幸せを感じた。


その時、ふと、“卒業パーティーでレイージョがアキヒトに婚約破棄をされる”夢を思い出した。すでにアキヒトとの婚約は解除され、レイージョが王位継承権を得た今、それが実現することはない。


レイージョに予知夢と言われたが、たいして信憑性がないものだと思った。



24


大きなため息をついて、ソファに寝そべり足を投げ出したアキヒトは天井を見ていた。いつもの変わらない天井だ。


「行儀が悪いですよ」


カナイが、アキヒトを注意しながら、ローテーブルに紅茶を置いた。


「もう王太子じゃないしね」

「王族ですよ。そもそも貴族もそんな恰好はしません」

「はいはい」アキヒトにかったるそうに返事をするとゆっくりと起き上がり座った。すると、その隣にカナイは腰を降ろした。


「お疲れ様です」

「うん」小さく返事をするとアキヒトはカナイに寄りかかり、体重を預けた。それにカナイは気にする様子なく紅茶に口を付けた。


「王族としての公務はあるが、表に立たなくていいと思うと気が抜けるよ」

「そうですか」


カナイは一言いうとまた、紅茶に口をつけた。

彼は昔からあまり話をいないため、沈黙になることが多かった。最初はそれが気まずくて気を遣い話かけていたが、今ではそれも悪くないと思っていた。


「ミヅキ・ノーヒロに側妃を断られた時、何か対策を考えていました?」

「あぁ、彼女は一途な人間がいいと言っていた。そして、レイージョが“王”興味があるようなことを言っていた」

「まさか……」


珍しく、カナイが焦ったような声を上げた。それが面白かったので、更に話を進めた。


「レイージョとの婚約破棄をして、ミヅキと結婚しようと思っていたよ」

「そんなことすれば、王位は確実に継げなくなります」

「そうだね。だから、レイージョに上げるつもりだったんだよ。ミヅキは平民だし、王族の絶対命令出せるから」

「……」

「全てを捨ててまで口説いたらミヅキも落ちるかなと思ったり」


乾いた笑いを浮かべながら何も言わなくなったカナイの顔を見ようと、起き上がった。

彼は真っ青な顔していた。


彼がこんなにうろたえている姿を始めてみた。だから更に、彼の感情を動かしたくて口を開いた。


「それをね、卒業パーティーでやろうかと思ったんだよ。実際は分からないけど、レイージョはミヅキを虐めているような演出をしていたからそれに乗ろうかと思ってね。パーティーで、レイージョを断罪しようとね」

「虐めなんてありえません」カナイは大きく首をふった。「レイージョ・アクヤークがそんな浅はかな事をする訳がありません」


穏やかな顔でアキヒトは頷いた。


「そうだね。だから真相が分かったら御三家は馬鹿な私ではなくレイージョを持ち上げるかなって」

「それではアキヒト様が……」

「腐っても王族だから、公開で何かされることはないよ。多分、“使われる”だけだよ。そしたら、ミヅキも一緒だね」


軽く話すアキヒトとは対照的で、カナイが身体を震わせて拳を握りしめた。


「アキヒト様」

「お、わあ」


勢いよく、抱きしめられた。


「ア、 アキ、ヒトさ、ま、アキヒト様」と言うカナイの声から、彼が泣いているのが分かった。


嗚咽しながら、強く抱きしめる彼を優しく抱き返しながら虐めすぎたと思った。


「まぁ、ならなかった過去の話だから」

「でも、本気でしたよね?」

「私は王族だよ。国のために生きている」


自分の命一つで国が助かるならいくらでも差し出す。王と言ってもこの国では他国のような価値はない。

ダメになれば、御三家貴族から次の候補が出てくる。


それは、御三家貴族であるカナイも分かっているはずだ。


「知っています。でも、そんなことになったら僕は……貴方を拉致して逃げます」

「そんな事できないでしょ」


「うぅ……」すすり泣く声がした。


流石に虐めすぎたと反省した。

彼が自分を好意的に思っていると知ってから、試したくなったのだ。彼の気持ちを疑っているわけでないが、いつも感情を出さないため不安になった。


ここまで、崩れるとは予想外だが嬉しかった。


「ごめんね。もうそんなことないから」

「はい」

「今回の計画が上手くいくように、レイージョと共に御三家貴族の当主に頭を下げてくれたんだよね。ありがとう」

「いえ」


カナイの肩を持ち、自分から離し彼の顔を見た。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃであった。カナイのこんな顔を始めて見て、驚き、罪悪感を持ちながらも嬉しく感じた。


ハンカチで彼の顔を綺麗にしたが、真っ赤になった目はそのままであった。


「カナイは本当に私が好きなんだね」

「そうです。ずっと、愛していますよ」


自分の顔が熱くなるのを感じた。

はっきりと言われると、なんとも言えない気持ちになる。愛の言葉など嗜みのように言ってきたし聞いてきたが、彼の飾らない一言は迫力があった。


心臓が爆発するかと思った。


「アキヒト様……?」


必死になるカナイが可愛く思えた。


「頑張ったカナイ・クラーイに褒美をあげようか」

「褒美……?」


赤子のように首を傾げ、オウム返しをするカナイが可愛くて、愛しくてたまらなかった。


「あぁ」とアキヒトは頷くと、カナイの頬を両手で抑えると自分に引き寄せた。


唇と唇を重ねた。

触れるだけの軽いキスであったが、カナイには刺激が強かったようで顔が一気に真っ赤になった。


「あ、あ、ありがとうございます。初めてを貰って頂けて嬉しいです」

「初めて?」

「はい。アキヒト様に恋心を抱いてからは誰にも触れてはいません」

「……それ、いつから?」

「始めてお目にかかった時です」


重い。

重すぎる。

彼と初めて会った時、恋心というものを自分は知らなかった。

そんな、幼い頃から思われていた事を知ると、嬉しくもあり、怖くもあった。


「結果、こうなっているが本来なら私と思いを繋げることなどできない立場だよ」

「承知しております。ですので、両親には生涯独身である可能性を告げました」

「両親に? 私が思い人だと言ったの?」

「はい」満面の笑みでカナイは返事をした。「二人とも、応援してくれました」


アキヒトは頭に手をやり、大きなため息をついた。


今更、もう遅いが彼を受け入れたのは間違えであったかもしれないと思った。カナイの重すぎる愛に耐えられる自信がなかった。


「勿論。一生報われない思いだと理解していました。見守るだけでよいと思っておりました」

「……そうか」


数年ぶりに見たカナイの優しげな笑顔が怖く感じた。

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