第16話 放棄

カナイの部屋を出たアキヒトはすぐに自分の部屋に行ったが手が震えて扉にある文字盤の手を置くことができなかった。

心臓が爆発するのかと思うほど激しく動いた。必死に呼吸を整えようとしたが上手くいかなかった。


やっとの思いで、扉あけると、後ろから「アキヒト様」と聞きなれた声がした。振り向くと、ユウキがいた。今の自分の状態を彼に見られたくなくて慌てて自分の部屋に入った。


返事をしなかったことを悪いと思ったが今、戻りたくなかった。


「おかえりなさいませ」


中にはいるとメイドの声が聞こえた。彼女にも顔をいられたくなくて“帰るように”伝えて寝室に入った。

メイドは食事を作っていないということを言っていたが、アキヒトは帰るように強くいった。


すると、玄関の扉が開閉する音がした。

誰もいなくなったと思うと、気持ちが落ちついてきた。

制服を脱ぎ捨て、下着のままベッドの上にうつ伏せに倒れた。冷たいベッドが火照った身体を癒してくれた。


「なんなんだ……」


カナイのことをそういう風には見たことがなかった。しかし、真っ黒な瞳で見られるとドキドキした。こんな感情は今まで一度も持ったことがなかった。

顔を近づけられて胸を高鳴らせるなんて、自分がいつも相手にしている少女たちのようだと思った。


恥ずかしかった。


「私はカナイが好きなのか……?」


自分で自分の感情が分からなかった。

長い髪が顔に掛かり、周囲が見えなくなった。いつも整えられた髪がぐちゃぐちゃになったが気にならなかった。


意識を集中させて、カナイの魔力を探った。幼い頃から常に感じている魔力であるため、すぐに感知できた。


「部屋にいるのか」


場所的に台所にいるらしかった。彼は、家事全般を全てこなす。レイージョもそうらしいが信じられなかった。

ユウキはほとんどの時間をイルミと過ごしているため、メイドを必要としない。


次いでにユウキの魔力を探すと、森の方であった。先ほど戻ってきたようだがすぐに森に行ったようだ。


「どうしたらいいんだ」


カナイに好きと言われても私には婚約者がいる。

レイージョも幼いころからの付き合いだ。彼女にカナイと同じことをされたらどうなるのだろうと想像してみた。


能面な彼女に迫られる所など想像できなかった。


無理やり、考えてみるとゾッとした。


怖かった。

恐怖だった。

彼女に迫られて、殺されるかと思った。


色気なんてものは一切感じなかったが、カナイの事を思い浮かべるとまた心臓が早くなった。


そんな時、玄関のチャイムがなる音がした。魔力の形からカナイだとすぐに分かった。しかし、出る気にならず無視した。

すると、ガチャリという音がした。


この部屋にカナイの魔力を登録したことを思い出した。何かあったら大変だから、登録したのだ。この部屋にはメイドの魔力も登録していたため当時は気にもとめなかったが今は後悔した。


アキヒトは、その場から動かずカナイの魔力を追った。


彼は部屋に入ると、すぐにリビングルーム行った。そこでしばらく動かなかった。何をしているのか気になったが、彼と顔を合わせたくなかった。


しばらくすると、アキヒトの寝ている部屋の扉を叩く音がした。返事をせずに、布団にもぐりこむと扉が開く音がした。


「アキヒト様」


声を掛けられたが、返事をせずに少しだけ布団の隙間を開けて覗き込んだ。彼は、お盆に乗せた食事を持っており、それをテーブルの上に置いた。


「メイドも追い出されたようで、お食事まだですよね。お持ちしました」


良い匂いがして、お腹の虫がなった。それが聞こえたようでカナイはクスリと笑った。彼の笑い顔は貴重だ。レイージョ共に顔の筋肉を動かさない同盟に入っているのかと思うくらい動かない。


意地でも動かしたくないのかと思っていた。


「……僕がいたら食べづらいですよね」


彼から哀愁が漂っていた。

メイドでもないのに自分のために食事を用意してくれた人間に無反応でいるのは心苦しかった。


「……ありがとう」


蚊の鳴くような声でいうと、カナイが振り向いた。目があったような気がして、覗いていた布団の隙間を閉めた。

物音が一切しなくなったため、またそっと布団の隙間をあけるとカナイの黒い瞳があった。思わず「ヒッ」と声を上げると笑われた。


こんなに笑うのかと感心した。


「あ……その」


幼い頃がずっと一緒にいるカナイが自分を好きなのだと思うと動揺が止まらない。“好き”や“愛している”なんて今まで数えきれないほど言われてきたのに。


「食事されますか?」


微笑まれると言葉がでなかった。

いつものように淡々とした態度をとってくれないかと思いながら、布団からでた。


「……なんで、そんな顔している?」

「顔ですか?」


無自覚であったことにため息がでた。顔が整っていることは知っていたが、笑顔になるとこんなに自分好みになるとは思っていなかった。

顔が熱くなるのを感じた。


緩んでいる。

だらしがない。


「アキヒト様は真っ赤ですよ」


「食事頂く」と言ってアキヒトは顔を隠すように立ち上がると、食事が置いてあるテーブルに着いた。挨拶をして食べると、背中に熱い視線を感じた。


食べづらい。

カナイがこんな奴だったとは思いもよらなかった。


食事が終わると、後ろを向いてカナイを睨みつけた。


「食べづらい」

「そうですか? アキヒト様が食べられている時はいつも見ていますよ」


そうだっけ?

確かに、食事中に彼の方を見ると必ず目があった。何かを伝えるとき楽だと思ったのを思い出した。

その時は何も感じなかったが、今考えると更に顔が熱くなった。


「アキヒト様は僕が大好きなんですね」

「……」赤くなった顔を隠すように口に手をやった。「君が私を好きなんだろ」


「いきなり好きだと言われても……」そこでアキヒトは言葉を止めた。彼は記憶力がとても良い。だから、先ほどのカナイとの言葉を一語一句覚えていた。


「え……? 言ってない?」


穏やかに笑うカナイは、ゆっくりアキヒトに近づいてきた。そして、目の前に膝をついて見上げられた。


「アキヒト様を頂けますか?」

「ずるい質問だよ」ため息が出た。「私に王太子をやめろというのかい?」


カナイはその言葉に答えずにじっと、見つめてきた。彼にまっすぐと見られ心拍数が上がった。


「私は……」そこまで言って少し考えた。「今の生活水準を変えたくはない。働くのは構わないが公務以外のできないよ」

「王にならなくてもいいのですか」カナイが静かに聞いた。


「王になることは義務だと思っている」親指と人差し指で、顎を抑えながら悩んだ後、思い出してようにニヤリと笑った。「ありえないけど、レイージョが王になってくれるなら私は彼女に仕えてもいいよ」


「レイージョ様ですか?」


彼女の名前がアキヒトの口からでたことには驚いた。幼い頃から言い争うことが多く、気が合わないのだと思っていた。

アキヒト自身、レイージョの忠告にまともに取り合わない。


「彼女の能力は買っているよ。家に寄りかかることなく、生きている。きっと、他国に出されたとしてもやっているよ」

「そうなんですか」

「ただ、彼女の正論は心が痛い。自分がみじめになる」そう言って、眉を下げるアキヒトが可愛く見えた。


「わかりました。それではレイージョ様が女王になったあかつきには、僕と結婚してください」


アキヒトは口角を上げて軽い調子で承諾した。その様子から“できないだろ”と思っていることは明らかだ。


「あっ」と思い出したようにアキヒトは声を上げた。「忘れたが、ミヅキ・ノーヒロの件は?」

「レイージョ様が女王となれば解決しますよ」

「なんで?」キョトンとした顔をした。

「お任せください」


心配そうにするアキヒトにカナイはほほ笑んだ。


「本当に王位継承権いらないですね」

「この国の王なんて大した権限がない。問題が解決するならいいよ。私のことは君が養ってくれ」


後半は冗談のようであったが、他は本気だろう。

アキヒトは国を第一に考える人間だ。市民はもちろんの事、自分自身も国を動かす駒でしかないと思っている。


彼を見ていると、国に意味を考えてしまう。


「よろしくね。旦那様」アキヒトはニヤリと笑った。


完全にふざけている。

この状態を、彼に憧れる女性に見てもらいたいものだと思った。しかし、すぐにその考えを捨てた。無邪気で可愛いアキヒトは自分だけのモノでいいと感じた。

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