第15話 国のために

生徒会室の横にはある応接室でレイージョとカナイは対面に座り、お茶を飲んでいた。

彼らの前にありローテーブルには数冊の本が広げられていた。


「それも可能なのね」

「アキヒト様の父がそうだしね。世襲制じゃなく指名制だから」


相変わらず表情の動かない幼馴染のレイージョは持っていた本をペラペラとめくりながら頷いた。

何をやっても全て完璧でできてしまう彼女は物事に無関心であった。そんな彼女がはじめて興味を持ったことだから支えてやりたいと感じていた。

しかし、もう一人の幼馴染が悲しい思いをするのは避けたかった。


「ただ、あまり本人がショックを受けないようにしたい。できることなら彼から望んでほしい」

「そうね」頷きながら本のページをめくった。


そんな、レイージョから黒い影が出ていてカナイの方に伸びてきた。それを握りしめるとすっと消えた。


「安易に人の心を除くのは良くない」

「ごめんなさい。でも、貴方の能力も健在ね」

「……試すな」ため息をついた。


「で、ミヅキちゃんの能力分かったの?」

「以前伝えた通り、入学式前寝ていたのを発見した。その時、頭が黒い靄に包まれていた。睡眠中に魔力を使っているらしいが……」

「そう」小さく息をはいた。「わたくしも貴方みたいに魔力が見える能力が良かったわ」

「考えていることが分かるのはすごい能力だろ」

「これ、制御大変なのよ。油断すると不特定多数の声が頭に響いてしまうのよ」

「ご愁傷様」


そう言って、立ち上がると部屋を出た。

事務仕事が残っているため、生徒会室に戻ろうかと考えたがやめた。レイージョの話を聞いていたら疲れてしまったため寮に戻ることにした。


共有のエントランスを抜けて男子寮に入った。一般生徒が使用するエレベーターホールを通りすぎて、生徒会専用のエレベーターに乗った。

フロワーにつくと、良く知っている人間が立っていた。


「どうしました?」

「振られた」


アキヒトは腕組みをして見上げられた。自分の方が背が高いため彼は意図しないで上目遣いになる。それが可愛く見えてしまう自分は末期だと思った。

カナイはため息をついて、アキヒトを自分の部屋に招いた。


「待っていたのですか? 連絡くれれば戻りましたよ」

「うん」気のない返事を返した。


彼をリビングルームのソファに案内すると、自分はキッチンに行き紅茶を入れ戻ってきた。


「相変わらず、自分でやっているんだね。誰か雇えばいいのに」ソファに寄りかかりながら言った。

「ここで雇っているのは貴方だけですよ」


紅茶をローテーブルに置きながら、言うと王太子はため息をついた。


「皆、変人だよね」

「自分のことは自分でやらないと、市民の気持ちはわかりません。わからないと政策も上手くいきませんよ」

「上がってくる情報を聞けばいいよ。経験する必要はない」


「そうですか」と素っ気なくいうと、王太子の目の前に座り要件を聞いた。


「振られたんだ」王太子はローテーブルに置かれた紅茶を見つめた。

「先ほども聞きました」

「ミヅキに振られたんだよ。アプローチしても反応が悪いと思ったら“興味ない”って言われた。こんなことは初めてだよ」


感情的になり、口調がいつもよりも荒い。


「好みは人それぞれですからね」

「私は万人受けする外見だと思うのだけどね。彼女は趣味が悪いんだな」

「そうかもしれませんね」


淡々と言いながら、紅茶のカップに口を付けた。紅茶のいい香りがした。最初は実家のメイドのようにできず、落ち込むこともあったが、今では彼女たちよりも美味しく入れられる自信がある。


「だから、責務なしでいいから側妃になってくれてって言ったんだよ」

「―ッ」王太子の言葉に思わず、紅茶を吹き出しそうになった。しかし、幸い口から出る前に抑えることができた。


「何を驚いている。目的のための結婚など貴族社会では当たり前じゃないか。王の側妃なんて好待遇だよ。責務もなくていいって言ったのに」

「そうですか」頷きながらカナイは、ハンカチで口元を拭いた。

「それに、私に興味を持ったら相手もするとも言ったんだよ」


呆れて、開いた口がふさがらないというのはこの状況だ。


“平民の感覚学んだ方がいいですよ”と言いたかったが、飲み込んだ。彼の生活を考えれば仕方ない部分もある。

しかし、ミズキ・ノーヒロを無理やり側妃にするのは賛成できなかった。

王太子であるアキヒトの求婚をその場で断るような人間だ。無理したら、どんな行動にでるか分からない。拘束したとして、あの高い魔力だ。どんな事態になるか想定できない。


最悪、“水槽いき”になるかもしれない。カナイとしては“水槽の文化”はなくしたかった。


「この私が相手すると言ったのに、喜ばないのだよ。信じられる?」


ミヅキに対しての文句をずっと言ってる。まるで幼児のようであった。

大衆の前では、笑顔を絶やさず“王子様”をやっている時とギャップがあり可愛いと思うが今はそれどころじゃない。


「諦めるのですか?」

「そんな訳ないじゃん」

「じゃどうするんです?」

「最悪は……」と言ってアキヒトは暗い顔をした。「あの魔力量を父は知っているんだよね。私の側妃になれば何も言わないと思うけど、他国の出る可能性が出たら命令がでるかも」


寒気がした。

アキヒトの父である王は彼と同じ顔しているが、アキヒトよりも効率を求める。敵対する者にはたとえ身内であっても容赦しない。


「側妃でなければいけないですか?」

「別に、私や国を運営する者の目の届くところにいてくれればいいよ」

「では、なぜ側妃に? 彼女を好きなわけではないですよね」

「好き? 結婚相手に私の好き嫌いは関係ないよ。他の者のように私を好きになってくれれば効率がいいと思っただけだが……。上手くいかない」


想像通りの回答だ。

アキヒトは顔が整っており、幼いころから徹底的に躾けられたため、表面上は、人当たりは柔らかく誰にでも優しい。王太子という立場もあるため、露骨に嫌う人や彼の意見に反対する人間は少なかった。


「私をこんなに困らせるなんて、レイージョや君みたいのが増えた」大きくため息をついた。

「僕らはアキヒト様に適切な意見をしています。独裁政治にならないためには大切なことです」

「じゃー、ミヅキ・ノーヒロの件で適切な意見をくれないか」皮肉じみた言い方をした。


「彼女が好む人間と結婚させて、その相手が国にいればいいのではないでしょうか」

「それが平民では困る。奴らに力を与えたくない。しかし、私以外王を継げる王族はもういない」

「では、僕かユウキではどうですか」

「ユウキは子どもじゃないか。君は……、ま、そうだな」歯切れの悪い言い方をした。


カナイは首を傾げて、「何か問題でもありますか? このまま行けば父と同じポストにはつけるので一緒になっても国外に行くことはないですよ」


「そうだが、君もミヅキの事を好きではないんだよね」笑顔が崩れて、眉を下げた。


「そうですね。そこはアキヒト様と同じ考えですよ。でも、一緒にいれば好きになるかもしれません」

「……今までに、そういう奴いた?」


アキヒトが自分の恋愛に興味を持ったことに驚いた。思えば今までそんな話をしたことはなかった。

それが面白く少し悪戯心を出した。


「そうですね。社交界には顔を何度も出していますし、そこには素敵な方がいらっしゃいました」

「そんな話は聞いたことないよ」


持っていた紅茶を乱暴に置いたため、カップから紅茶がこぼれたがアキヒトは気にせず、身を乗り出してカナイを見た。


「聞かれませんでした」淡々と答えた。「僕も貴族の息子ですから恋愛と結婚が別なことは理解しています」

「あの、そこであった子がいまだに気になるのか」


相当動揺しているらしく、口調がめちゃくちゃになっている。


「そうですね。初めて会った子は今も気になりますよ」

「え、誰だ? 女の子と親密になっている様子はなかったが。まぁ、でも、それならミヅキではなくその子と一緒になればいいじゃないか。君の家は恋愛結婚ばかりだし、“貴族だから”とは言わないだろう」


アキヒトは大きくため息をついて、ソファに寄りかかった。


「難しいですね」と言って、カナイは王太子がこぼした紅茶を布巾で拭いた。「あの方にとって、僕なんかがそう言った対象にはならないでしょうし」

「そんな事ないだろう。カナイの家は御三家貴族だし顔だって整っている。落ちない子はいないよ」

「アキヒト様もですか」


「え? わ、私?」


驚きのあまり、ソファから飛び起きた。

顔が真っ赤になって目を白黒させている。


「いや、その……。なんだ、カナイは私が好きなのか?」

「僕は当主にならなくてはなりませんし、アキヒト様は王様ですもんね」


近づいたアキヒトの真っ赤な頬に優しく触れながら口角を上げた。


「これから、食事にしますがアキヒト様も食べられますか?」

「いや、うん。大丈夫だ」


アキヒトは慌てて立ち上がると、扉を出た。それをカナイは優しい顔で見送った。

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