第29話 リデルの異変 2
カノンたちは冒険者ギルドに向かった。
その間、カノンはナタリアを恐れてビクビクとしていた。
いきなり暴力を振るわれた事がよほどショックなのだろう。
ダグラスは“どれだけ平和な世界で生きてきたんだろう”と思っていた。
「待ってくれ! これは転んだ時の怪我だ! ゾンビに噛まれたわけじゃない!」
「どう見ても歯型がついてるじゃないか! けど俺らだって仲間を殺したくないから様子見をしてるんだろう」
「ポーション、余っていませんか? 兄が死にそうなんです! 誰か助けてください!」
ギルドの周囲には負傷者が並べられている。
そこでは悲しいやり取りが繰り広げらていた。
冒険者のみならず、家族を守って傷付いた者たちもいる。
――だが、彼らに救いの手を差し伸べる者はいなかった。
魔法が使えなくなったことで治療薬が高騰しているせいでもあり、そもそもこの街に十分な量がなかったせいでもあった。
リデル周辺は安全地帯だったという事もあり、備蓄はちょっとした傷薬程度のものばかりだった。
いくらかは効果の高いものもあったが、それは今回の騒動で使い切っている。
負傷者を救う術は残っていなかった。
修道士たちが気休めとして、傷口に聖水をかけるので精一杯だった。
「これは……、酷い状況ですね」
カノンは馬車から降りる。
先ほどのスキルで回復したのか、馬車酔いの影響は見られなかった。
彼はまず、ゾンビに噛まれたらしき冒険者のところへ向かう。
「なんだ、あんたは? 」
冒険者の仲間は、突然現れた高位の司祭らしき男を不思議そうに見ていた。
「傷を治しにきました」
そう言うと、カノンはスキルを使う。
手が光り始め、冒険者たちは距離を取った。
「あ、あんた、こんなご時世に魔法なんて使って……。イカレてんのか!?」
「私は神ですのでご安心を。アンデッドとの戦い、ご苦労様でした」
カノンは怪我人に向かって手を伸ばす。
「いやだ! 神と名乗るおかしな奴に殺されたくない!」
怪我人は必死に逃げようとするが、足を負傷しているせいで逃げられなかった。
カノンの手が頭にポンと置かれる。
「ぎゃあああぁぁぁ」
怪我人は叫びながら仲間のもとへ逃げる。
「魔法を使うなんて、あいつやべぇよ! 巻き添えになって殺される!」
「いや、待て。お前、なんで走れてるんだ? 怪我は?」
「えっ、怪我は……」
「「治ってる!?」」
冒険者たちは驚いた。
魔法が暴走するのは、もう誰もが知っている。
なのに、司祭の魔法は正しく効果を発揮した。
わけがわからない状況に言葉が詰まり、カノンをジッと見る。
彼は優しく微笑む。
「私はカノン・スズキ。この世界の新しい神です。とはいえ、まだ力を思うように使えませんがね。魔法のように遠くまで届かせる事はできませんが、こうして直接触れた相手の傷を癒す事ができるのです。触れねばならないという制約がある分、効果も高いためバッドステータス――ゾンビ化なども治療する事ができますので、もう大丈夫ですよ」
「マジか……」
「他の方も順番に治していきますので、重傷者など早めに治すべき人がどこにいるか調べていただけませんか?」
「おおっ、それはありがてぇ! 調べてくるんで、とりあえずその辺の奴らをお願いしやす」
「わかりました」
冒険者たちが周囲に散ると、カノンは近くの怪我人を治療し始める。
ナタリアは、その光景を見ながら立ち尽くしていた。
「あっ、ダグラスさん!」
御者台に座っていたダグラスに、ギルドの受付嬢が声をかけてきた。
彼女は契約書を作ってくれた人だった。
「この馬車の持ち主は、カノンさんですか?」
彼女も新米冒険者が二頭立ての馬車を購入したなどとは思ってはいない。
事実、この馬車はカノンのものだった。
「そうです。ゼランの司教猊下がご用意してくださったみたいですね」
「司教猊下が!? では本当に……」
「神だと断定する事は僕にはできませんが、少なくとも神の領域に入る事はできました」
「まさか、本当に神だったなんて……」
彼女は、カノンからぼったくろうとしていた。
カノンが本当に新しい神ならば、あとで厳しく罰せられるかもしれない。
背筋が凍る思いだった。
しかし、今はやるべき事がある。
悔やむ前に、やらねばならない事が。
「実はまだ街の外で活動している人たちもいるんです。怪我人がいるようなら、馬車で運搬してきてほしいのよ。御者も不足しているし。もちろん、報酬も出るようにするわ」
「それはカノンさん次第ですね。カノンさーん、馬車で負傷者の回収を手伝ってほしいそうなんですけど、どうされますか?」
「かまいません。手伝ってあげなさい。ここにくればゾンビに噛まれた人も助けられるというのも広めておいてください」
カノンは考える事なく即答した。
人を救うためなら、馬車の提供くらいどうという事はないのだろう。
カノンの返事を聞くと、彼女は御者台に上がり、馬車の中を覗き込む。
中にあった荷物は、ダグラスのカバンと、なぜか棺桶が一つあった。
これなら任務に支障はないはずだと判断した。
「荷物はギルドが責任を持って預かるわ。疲れているかもしれないけどよろしくね」
「あっ、いえ荷物は……」
(中身がヴァンパイアだなんて言えないし、下手に預けるわけにはいかないよな)
“棺桶の中は誰だろう?”と興味を持たれたらまずい。
きっと大きな騒動になるだろう。
下手に預けるわけにはいかなかった。
しかし、正直に“吸血鬼が入っているので見ないでください”と言うわけにもいかない。
「では一度ホテルに寄って置いてきます」
そこでダグラスは、無難な答えをした。
「もうじき日が暮れるから、ホテルに寄っている暇も惜しいの。だからお願い。カノンさんたちの分も含めて、どこか部屋を手配できないか探しておくから、荷物をここに置いて行ってきてくれない? 粗方片付けたはずだけど、まだアンデッドが残っていたら負傷者が危ないから」
しかし、ここまで言われては断り切れない。
これ以上強く断れば怪しまれるだろう。
それはそれで余計な興味を惹きかねない。
ここは妥協するしかないと、ダグラスは考えた。
「……わかりました。棺桶の中では高貴な人が眠っているので、中を確認したりはしないでくださいね」
「わかったわ。引き受けてくれてありがとう。なんだか今のダグラスくんって、ゼランに行く前よりもたくましく見えるようになったわね。あとで個人的にお礼をしてあげてもいいかなぁ。じゃあ、荷物を運ぶために人を呼んでくるね」
お世辞かもしれない受付嬢の言葉に反応して、棺桶のほうからゴトッと何か動くような音が聞こえる。
しかし小さな音だったので、それに気付けたのはダグラスだけだった。
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