第123話 この王女に強引に拐われて覚悟あるごっこ遊びを‼(2)

 満月が闇夜の明かりとなり、王族が寝静まってもアイリスの部屋だけは灯りが点いたままだ。

 あのアイリスの護衛だと勇ましく気取っていたクレアさえも睡魔の欲求には勝てずに、腕組みしながらこっくりと寝入っている。


 そんな夜中、俺によるアイリスとの話は尽きることはなかった。


「それでガッコウという場所のブンカサイというものをもっと教えて!」

「そうだな、アイリスと同じくらいの子供たちだけで喫茶店やお化け屋敷とかの出し物をするんだ」

「まあ、何て楽しそうな場所なの? それではお金を払わないお客が来た時の対応や、働いた全員分の給料の利益なども考えないと……」

「いや、お店ごっこして楽しむのが目的だから、そんなに儲けのことを考えなくてもいいのさ」

「いいな……。私もガッコウに通えたらなあ……」


 アイリスが憧れのまなざしで俺の話に聞き入っている。


 なるほど、この世界には義務教育なんてないんだよな。

 しかもアイリスは国を指揮する王女様だしな……。


「なあ、気に入ったのなら、ここに学校そのものを作った方が手っ取り早いんじゃないのか? 別に損はなく、逆に丸得になるような施設だし、ゆくゆくはこの王国の財産にもなるぜ?」

「あの……そういうわけには……」


 アイリスが悲しそうな顔で俯く。

 しまった、俺に対する好感度ステータスが大幅にダウンか!?

(カズマ大戦、アイリスルート)


『カン、カン、カン、カンー‼』

(挽き肉焼いても、土地焼くな) 


『魔王軍襲撃警報! 騎士団の皆様はすぐに出撃して下さい! 繰り返します……』


 そこへ鳴り響く鐘の音と警告のアナウンス。


「えっ、こんな夜中に魔王軍だって!?」

「何だ、またか。懲りないヤツらだな」


 警報で目覚めたクレアが慣れた様子でこの場から立ち去ろうとする。


「では、アイリス様、行ってきます。この部屋でカズマ様と一緒に居てください」


 クレアが俺の方に『襲うなよ』と無言のキツい目線を送り、急ぎ足で部屋を飛び出していった。

 いや、襲ったら犯罪だから。


「こんな危険な状況ですから……」

「……とてもじゃないですが、学業にいそしむ余裕などありません」


 そうだった。

 この異世界は魔王の侵略により、訳ありな世界だったな。

 王家の城を目がけて敵が必要以上に攻めてくるのも納得だ。


 ──さりげなく窓から外を見やると、モンスターの群れに向かって堂々と指揮をとるクレアと、それに続く騎士団の精鋭部隊が戦闘を繰り広げていた。

 激しい戦乱の中、素人から見てもその力の差は歴然だった。


『魔王軍の夜間奇襲は鎮圧されました』

『手伝って下さった冒険者の皆様には心から感謝いたします』


 ものの10分程度であっさり全滅させられる魔王軍のモンスター。

 城の窓から様子を覗いていた俺は、あまりもの手際の良さに驚きを隠せない。

 何だかモンスターがわざとやられたお芝居みたいな結末だ。


 クレアが『懲りないヤツ……』とかぼやいていたし、このような深夜の奇襲が続いて、この城は大丈夫なのか?


 こういう非常時に日本から送られてきた有能なチート持ちたちはどこで何をしてるんだ……川でゴミ拾いか?


 ミツルギはまだ剣を探し、果てしない旅をしているのだろうか?

 デストロイヤー作ったヤツが復活して究極の魔導兵器パート2でも作ってくれんかな?


 こんな危険な香りがする所からはさっさとオサバラしたい気分だぜ。


「カズマ様」


「色々とお話をしてくれてありがとう。朝になったらレインのテレポートの魔法で送ってもらうと良いです」


「ここはしょっちゅう襲撃があって危険が伴い、安全とは言えない場所ですから」


「あと帰ったらララティーナに謝っておいてくれませんか? あなたを強引に連れ出してごめんなさいと……」


 王女様、一方的に話を繋げて俺に連想ゲーム……じゃなくて、俺に気を遣ってくれているのか?

 でも俺なんかが居たって戦いの力になれはしないし、このまま帰った方が望ましいんじゃないのか?


 王女様には悪いが、こんな鋭利な刃物のように命を磨り減らす場所からはとっとと帰るに限るぜ……。


「今夜は私に付き合ってくれてありがとう」

「またいつの日にか、今日のように冒険話をして下さいますか?」


 くうぅー、相変わらず可愛いじゃんか。

 そうだな、コンビニと一緒で冒険話をするくらいならいつでも寄っていいよな……。


「ああ、約束だぜ。アイリスのために冒険話の内容を増やして、また喋りにくるさ!」


 口先の道化師はそう呟いた。

 お喋りインコのような巧みな話術を目指して……。


「ふふっ、ありがとう。あなたは昔の頃のお兄様みたいですね」

「今、何て言った?」

「えっ?」

「俺が何みたいだって?」

「ええ、昔の頃のお兄様みたいだと……」

「もう一度リピートアフタミーして下さい。はいっ、もっと砕けた言い方で!」


 俺という英語教師は至って真面目な文法をアイリスにぶつけていた。


「えっと……」


 アイリスが恥じらいを見せながら俺を上目遣いで見つめてくる。


「何だかお兄ちゃんみたい」


 拳を握り締めてガッツポーズをした俺は、妹の初めての呼びかけに心を奪われ、この城にもう少しだけ残ることに決めた。


****


「うん……もう朝なのか……」


 チュンチュンとスズメの鳴き声が聞こえる中、俺は寝心地のよい柔らか過ぎるベッドから半身を起こした。


 そうか、俺は昨日この城に幽閉されたん(違う)だったな……。


『コンコン……』


 遠慮がちに聞こえてくる扉からノック音。

 くっ、寝不足で頭が冴えないぜ。


「はい、どうぞー……」


 ぼんやりする頭に手をやりながら、音の主の入室を許可する。

 おう、参勤交代の年間フリーパスでも水戸納豆の燻製くんせいでも何でもかかってこいやー!


「あの……おはようございます……」


 扉からおずおずと顔だけを見せるアイリス。


「あっ、おはようございます。アイリス様」

「あの……二人っきりの時は敬語ではなく、昨日みたいに砕けた言い方で接して頂いた方が……」


 いや、昨日は変な深夜テンションだったし、王女様には失礼なことばかり言ってマズイと感じていただけに……。


「そうなのか? じゃあもう一回やり直すか」

「はい」


 アイリスが満面の笑みで微笑んだ。

 ああ、君のためなら死ねる。

(じゃあ、死んで~♪)


「お……おはようございます。おっ……お兄ちゃん……!」

「おうよ! おはようアイリス。今日もいい天気だな……」


 体育系のお兄ちゃんらしく、元気よく手をあげて挨拶し、寝ていたベッドの布団を剥いだと同時にアイリスが信じられない顔つきで凍りつく。


「おっ、お兄ちゃん!?」


 あれ、そういえば俺……下、トランクスだけだったな。 

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