第7話

「何だ?あの島は?」

 叶槻は甲板に立って、眼前の島を首から下げた双眼鏡で観察した。

 伊375潜から10キロメートルほどのところにあるその島は全体が黒く、一見して建物も、植物も一切存在しない。その表面は一様に水で濡れており、海岸には大小の水溜まりが無数にある。叶槻の素人目には、まるでつい最近海から浮かび上がったように見えた。

 見渡す範囲で動くものは何もない。唯一認められるものが巨大な火山の頂上から吹き上がる黒煙だ。大きな火山だ。富士山よりも高いのではないか。

 それにしても寒いな。叶槻は外していた軍服のボタンをかけ直した。日本を出た時はぬるいほどの空気だったが、ここはかなり寒い。どうなっているのか。

 兵の1人が叶槻のそばにやって来た。かなり困惑している。

「艦長、天測したところ、ここは南半球、ニュージーランドとチリの中間くらいの海域です」

「なんだって?本当か?」

「正確な位置を割り出すにははまだ時間がかかりますが、複数の者で天測して全員が同じ結果です」

「たった30時間でそんな遠くまで来たのか。信じられない……」

 だが、ここが南半球ならば4月でこれほどの寒さであるのも納得できる。それにしても、ざっと12000キロメートル前後の距離を30時間で移動したということは、伊375潜は飛行機と同じ速度を出していたということになる。まるで魔法にかかったようだ。

「艦長、損害状況を確認しました。わずかな凹みがある以外は至って軽微です。潜航は可能と思われます」

 別の兵が報告した。

 叶槻は安堵した。この艦は幸運なのか不運なのかわからないな。そう思って苦笑いした。

 そこへ蘭堂が話しかけてくる。

「海流がここで消えたということは、あの島が隆起したのが原因じゃないですかね?」

「あの島が急に出現したから、あんな速い海流が発生したということですか。時速150ノット以上の海流ですよ。そういうことがあるんですかね」

「私は学者ではないので断言はできませんが」

 あれが新島なのかはまだわからない。島全体が濡れているのは最近大雨が降ったせいかもしれない。このことを考えるのは後回しだ。愛工が真顔で駆け寄ってきたからだ。

「島の稜線の向こう側に船が見えます」

 彼の言う方向を双眼鏡で見ると、確かに船が1隻浮かんでいた。

「総員、戦闘配置!艦砲発射準備!周囲の警戒厳にせよ!」

 叶槻が号令すると乗組員たちは素早くハッチに飛び込み艦内に消えた。砲雷担当の兵たちが艦首にある14センチ砲に取り付く。

 司令塔に戻った叶槻は島を回り込んで船に接近するように命じた。伊375潜はディーゼルエンジンを吹かして前進する。

 船がだいぶ近づいた。1隻のみらしい。船の形状から貨物船だと判断した。望遠鏡で船名を確認すると、船体に英語でシルバーキーというペイントが見えた。

 相手の船は完全に止まっていた。煙突からは煙が出ていない。機関を停止しているのだ。これだけ近くに潜水艦という特殊な船がいるのに、何の反応もない。甲板には1人も見えない。

 幽霊船という言葉が叶槻の脳裏に浮かんだ。

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