第06撃「地獄の猛狼【G.RAVE】(前編)」


 目の前に現れた天使。それはドレッサー・ブレイヴとは似て非なる外骨格フレームアーマーのドレッサーである。

「新しいドレッサー……?」

 ドレッサー・ブレイヴよりも刺々しい装甲。フレームの色も黒。禍々しいデザインをしていながらもそこからは悪意を一切感じない。

 駆けつけてすぐ、黒い戦士は莉々の盾となったのだ。


『コラーッ! 莉々ーーーッ!!』

 莉々の無線が勝手に開かれる。突然の大音量に莉々はビクリと肩を震わせた。

『パワー不足であることは否めないって言ったでしょう!? スピードだけではどうしようもない相手だったら撤退しなさいって教えたのをもう忘れたのかな!?』

「……ごめんなさい」

 まただ。また小さな声だ。

 通信相手である璃亞にだけ聞こえるくらいの声。目の前でゼノバスの攻撃を受け止めている黒い戦士にその声は一切届いていない。

『ドけェエエッ! 妹のカタきィイイッ!』

「どくのはテメエの方だァアアッ!」

 黒い戦士は一歩ずつ、ゼノバスを押し出していく。

 ドレッサー・レイドとは逆にパワーを重視したフレーム装備。ドレッサー・レイヴからは速度ではなく力を継承した形態。

『な、ナニっ!? おさレテイル!?』

「軽いんだよッ!!」

 この荒々しい発言。間違いなくあの少年だ。

「……」

 莉々はドレス・リモーターに手を伸ばす。

 現れたのはホログラムのキーボードだ。簡易的な入力画面、彼女は文字入力を行っている。ショートメールの作成だ。

『ん、どれどれ……』

 ショートメールは映像室にて戦いを鑑賞している璃亞の元へ届く。

『「ドレッサー・ブレイヴは出られるの?」か……はっはっは、莉々』

 ショートメールを読み上げた璃亞は軽く笑みを浮かべる。


『今、君の目の前にいるのはドレッサー・ブレイヴではない。そう、彼の名は----』

 プロフェッサーの口から、戦士の中が語られる。


『【ドレッサー・グレイヴ】さ』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ----数分前。客間で待機していた汐の元に璃亞が現れた。


 夜の十一時を回った今。彼は璃亞に連れられ、ある場所へ向かう。

 汐は連れられる前、「薬で無理矢理懐柔させるつもりじゃねーだろうな?」とか、「寝てる間に勝手に指紋の判子を押させたりとか……」など、汚い手を使って戦いに参加させるのではと疑っていた。

 当然、璃亞は笑いながら否定した。

 軽い疑心暗鬼もあったところで、汐は施設の一室へと連れられる。医療室と扉の前に大きく書かれている。璃亞はロックを解除し、医療室の扉を開いた。

「あっ!?」

 脈の測定器と医療用のベッド。テレビと客間用のソファーが用意された一室。

「よぉ、汐」

 極堂将だ。

 体中に包帯を巻いてはいるが、特に意識不明の重体というわけでもなく呑気に笑っている。あれだけの騒動の中、生きながらえていたのだ。

「おっさん! 無事だったか!」

 心の底から安堵した。子供の様に大きな声を上げながら、将が横になっているベッドまで駆け寄る。

「おう、お前も無事やったか」

 病室で大声を上げるものではないがここには医者や他の患者もいない。多少、騒音に耳を塞ぐ程度で将は笑顔を浮かべ、汐の無事を喜ぶ。

「でもどうして、おっさんもここに……」

「ドレッサー・システムをここに届けるようお願いしたのは、そこにいる極堂君だろう?」

 なぜ病室に将がいるのか。それを本人に問うよりも先に背後にいた璃亞が答えた。

「という事は……彼もDRESSの関係者であることは予想がつかないかい?」

「そ、そうなのか!?」

 将はドレス・リモーターを何処かに届ける途中だった。

 彼もDRESSの一員。本当にそうなのかどうか本人の答えを待つ。

「あぁ、そうやが……璃亞さん。ドレッサーやゼノバスの説明は終わったとは思うんやけど……俺の事は喋ってねぇのかい?」

 極堂将はどのような仕事を請け負っている立場だったのか。

 その説明が終わっていないかどうか、璃亞へと問う。

「君が目覚めてからの方が円滑に話を進めやすいと思ったからね」

 客用のソファーに腰掛け、コーヒーメーカーに手を伸ばす璃亞。近くの棚からインスタントのコーヒーを取り出し、ドリップを開始する。

「汐君。君はドレッサー・ブレイヴの本来の装着者の事を聞いたよね?」

 コーヒーメーカーから湯気が出始める。

「ドレッサー・ブレイヴの本来の装着者は何を隠そう……そこにいる極堂将だよ」

「なっ、なんだってぇええーーーッ!?」

 またも大絶叫。

 やはり病室では叫ぶなと注意をするべきか。傷口に多少響いたのか、将は何処か苦い表情だった。

「あぁ、ホンマや」

 将は汐の眼差しに答える。

「一年前。腕を見込まれてDRESSにスカウトされた。そんで全てを聞かされた……俺はドレッサーになるために訓練と適合手術をして、ようやく今日その完成品の装着テストをするところやったんや」

 極堂将は警察の中でも腕利きの刑事だった。

 取り締まった事件の数は多く、捕まえた犯人の数も指では数え切れない。銀行強盗に通り魔、バスジャックの犯人など凶悪犯を次々と牢獄にぶち込んできた。

「んでもって、大怪我負って変身できなくなった挙句、お前にブレイヴを取られたっちゅうわけや」

「わ、わりぃ」

 汐は頭を下げ、申し訳なさそうに謝る。

「……俺はお前のおかげで、こうして首の皮一枚繋がっとる。お前に命を救われた。むしろ俺はお前にお礼を言わんといけねぇ」

 逆に将は怒るどころか、汐の頭にそっと手を添える。

「ありがとな。汐」

「お、おうっ……」

 汐は照れ臭そうに頬を指で搔いていた。あまり慣れていないような。そんな仕草だった。


「……璃亞さんに聞かされていると思うが、お前にはドレッサー・ブレイヴの能力を扱える資格がある」

「けどよ。それは成り行きで」

「よお聞け、汐。ドレッサー・ブレイヴの力は誰にでも扱えるもんじゃない」

 険しい表情を浮かべ、将は汐と向き合う。

「ドレッサー・ブレイヴは少しばかり複雑なシステムでね。装着者をかなり選り好みするのさ……極堂将ほどに優れた人間であろうとも、適合手術をすることでやっとその装着資格を得られるほどだ……だが君はそれを適合手術もなしに一発で適合させてしまった」

 コーヒーメーカーから黒い雫が垂れてくる。一滴ずつ苦みの強いブラックコーヒーがカップの中に注がれていく。

 将に続いて璃亞が告げる。ドレッサー・ブレイヴは本来、そこらの人間では到底扱える代物ではないという事を。

「……組織の立場としては君程の人材を手放すのは惜しい。だがね」

 コーヒーの匂いを楽しんだところで、璃亞もまた戸惑う汐へ視線を向ける。微笑みの表情を崩さぬまま。

「君は一度も訓練を受けていない。数時間前まで一般市民だった……これから始まる戦いは、君がやってきた喧嘩とは比べ物にならないほど過酷なものになる」

 ただの馬鹿ども同士の殴り合いとは違う。

 相手は異星人だ。意思疎通など不可能、向こうは殺す事に躊躇いもない。

 気を抜けばあっという間に命を失う。強さの次元も人間なんかとは立っているステージも違う。

 これから彼が踏み入れようとする世界は、それだけ危険な舞台であるという事。

「汐。今やったら間に合う」

 将は真摯に彼と向き合う。

「今ならまだ、いつも通りの生活に戻れる……」

 宇宙人と戦う特殊部隊の人間にならなくてもいい。戦うか戦わないか、それを選ぶのは汐の自由だ。


「お前は、」

「やるよ。俺は」

 引き下がってほしい。そう願っての説得が始まろうとしていた。

「戦うつもりでいるぜ。俺は」

 しかしそれよりも先に……汐は返事をしたのだ。

 戦いから背中を向けるつもりはない、と。

「元から逃げるつもりはなかったが……今ので逃げる理由は一切なくなったぜ」

 振り返る。コーヒーカップを片手に「その答えを待っていた」と言わんばかりの表情で待ち構える璃亞に向かって宣言する。

「おっさんに恩を返せる……俺が代わりにゼノバスってやつをぶっとばしてやるよ」

 再度振り返り、将の真似をするように、汐はニカっと笑みを浮かべる。

「だからおっさんは休んでな。仕事詰めだったから疲れてんだろ? 良い休暇になるんじゃねーの」

「……ははっ!」

 汐の小馬鹿な笑いに応えるように、将も口元を軽く緩める。

「よく言う! 人の仕事、横取りしといてな!」

「へへっ」

 汐と将は喧嘩腰のセリフを吐きながらも笑いあっている。

「お前ならそう言うと思った。俺としては引き返してほしいのが本音やが……お前は言う事を聞かねぇからな。やると言ったらやめねぇ」

「分かってるじゃねぇか、おっさん!」

 まるで親子のように。まるで本当に血のつながった家族のように。

 二人は笑いあう。その笑顔には確固とした絆があった。


「それによぉ! 俺の事をバカにしやがった奴もいるんだよ! 生意気言いやがる上に、口も聞こうとしねぇ……あの舐め腐った態度。一発ぶん殴るくらいやってやらねぇと……気が済まねぇ!」

 汐は自室へと戻るために部屋を出ようとする。

「俺がビビってるだって? ざけんなっ、あんなクソッカス共相手に俺がビビるかってんだ! 俺は、」

「君が怖がっているのは」

 璃亞の横を通り過ぎる前。璃亞がコーヒーに口をつける瞬間。

「ゼノバスではないだろう?」

 璃亞本人が……彼に問う。


「……っ!」

 汐の足が、扉を出る前にピタリと止まる。

 図星をつかれたように、その表情は苦く固まっていた。

「汐君、癇に障ったかもしれないけど……あの子の事、誤解しないであげてほしいかな」

 コーヒーカップを持ったまま立ち上がり、汐の前に璃亞は立つ。

「あの子はあの子なりに君を気遣ったんだよ。あの子は、優しい子さ……ちょっと、人付き合いが苦手なだけ、でね」

 親として彼女を庇ったのか。それとも今後、組織の連携を崩さないための告げ口なのか。

 その真意は分からない。無礼を承知したうえでも、それは絶対に伝えるべきことだったのだろう。

「……数分前にゼノバスが現れた。今、莉々が対応している」

「なっ!?」

 ゼノバスが街に現れた。衝撃的なニュースだ。

 余裕でコーヒーなんて飲んでるから何か異常事態が起きてるわけでもないだろうと踏んでいたのだから、汐は豆鉄砲を食らう顔をする。

「だが、今回の相手はレイドでは対応が難しくてね。きっと苦戦している……そこでだ、汐君」

 白衣の内側のポケットの中から璃亞は例の端末を取り出した。

「DRESSの一員として、君に最初の仕事を与える」

 ドレス・リモーターだ。

 微かに色が変わっている。しかしそれは紛れもなくドレッサー・ブレイヴのドレス・リモーターだ。

「ゼノバスの処理。そして、莉々をサポートしてやってくれ」

「……あぁ」

 汐は笑う。

「やってやる! 俺を馬鹿にした事、改めさせてやるぜ!」

 ゼノバスの出現位置。その他すべての情報はそのブレスレット端末に入っている。一発目の仕事を受け入れ、汐は街へと飛び出していった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ----街の中。目的地へと汐は走っていく。

「おっさん! 見てろよ!」

 ドレッサー・コードを腕に装着する。


『READY?』

 “戦う覚悟の準備はいいか?”


 ブレスレット端末から、最後の問いがくる。


「俺はいつでもOKなんだよっ!」

 答えるまでもない。

 汐は狼らしき模様の描かれたカードキーを取り出し、それを差し込む。

「変身ッ!」

 カードキー装着。ガラス球から光が放たれる。


 ホログラムが展開されていく。

 彼用にアップデートされたフレームパーツ。それはドレッサー・ブレイヴらしさを残していながらも、それとは異なる姿へと形が変わっている。

 新たに用意された鎧が、全力疾走中の汐へ装着されていく。


『CHANGE.【G.RAVE】』

 その名はグレイヴ。

「おっしゃぁあッ! 行くぜ!!」

 獰猛なる牙。ドレッサー・グレイヴだ。

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