ヘルパーるり子は今日も駆けつけます!

村山レオ

るり子、上京する。

 若者みたい、私ったら。


 浄水路の鯉にパンくずを投げながらおつとめ品のあんぱんを齧ってひとりごちる。

 水嵩の低い浄水路にみるみる鯉の大群が押し寄せ、どす黒い体を絡ませて飛沫を上げる。


 やだ、グロい。


 るり子は浮腫んでいるのかそうでないのかわからないようなパンパンに膨らんだ手を、しおらしく口に当てる。


 そんなにぐちゃぐちゃに絡まり合って、なんかいやらしいわ。


 御歳62歳(自称)のふくよかな肉体をくねらせ、るり子は絡まり合う鯉に目が釘付けになっている。


 るり子はまたあんぱんを千切って浄水路に投げる。

 さらに何十匹もの鯉が猥雑に重なり、我先にとパンくずを食らう。


 あんな生き方、してみたかったわ。


 るり子は思う。

 誰かを蹴落として、騙して、操って・・。

 るり子は逆にそうされてきた。

 蹴落とされ、騙され、操られてヘトヘトになった。

 だから田舎を捨ててここへ来た。


 るり子はすぐに飽きる。

 鯉から目を逸らし、遊歩道の高い樹木を見上げる。

 けやきやトチノ木の葉の隙間から黒い空が見える。

 

 東京にも星があるのね。

 

 るり子は老眼だったから遠くはよく見える。

 瞬く星に目を細めて少女のようにパンパンの手を組む。


 きっと私にも未来はあるわ。


 人生100年。

 るり子は計算が苦手だから、100歳まであと何年あるのか考えるのも面倒になって、ざっと40年くらい、と思った。


 本当はあと34年。

 それでも有り余るとるり子は夜空を見上げた。


 何のつてもないのにるり子は上京した。

 若者でもあるまいし、無謀だと誰かに言われたが、誰に言われたのかるり子は覚えていない。


 年相応の物忘れがるり子にもある。

 大好きな時代劇スターの名前が思い出せないことがある。

 ほら、あれ、あの人、といつも言って思い出そうとしないから、もう全然名前が出てこない。

 自称62歳と言っているけど、本当の歳も忘れているのかもしれない。



 今日はここで野宿かな。


 若者ならいざ知らず、秋とはいえ、るり子がここで一夜を明かせば明日の朝、ちゃんと生きているのか疑問である。


 るり子はささくれた木のベンチに寝そべり明日のことを考える。

 明日のことより今を考えた方がいいことにるり子は気づかない。


 東京は暖かい。

 名古屋の実家を思い出す。

 もう誰もいないボロボロの家。

 そういえば鍵を閉めてきたかしら、とるり子は不安になる。

 

 やだ、私ったら。

 もう帰らないって決めたじゃない。

 るり子の夜は早い。

 あ〜あ、と欠伸をする。

 ささくれた木のベンチに寝そべり、るり子は目を閉じた。


 その時、カサカサと葉擦れの音がした。

 瞼の下がった目を開けて、るり子は首だけ持ち上げた。

 

 東京にも獣がいるのかしら。


 るり子は辺りを見回した。

 外灯もない遊歩道は月明かりだけが頼りだった。

 水面に映る月は美しいけれど、姿の見えない物音はいくらるり子でも少しゾワっとした。


 

 

 


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