第49話 大好きな人で上書きさせて
「今夜はずっとわたしの傍に居て…。わたしを守って…。わたしだけの連ちゃんでいて…」
その言葉を受けてくれたのか、今、連ちゃんはわたしの部屋にいてくれている。
帰って来て家に着いた丁度、外に出ようとした両親とわたし達は鉢合わせになった。
2人共、かなり焦った顔をしていてわたしの顔を見るなり「どこ行っていたんだ!」「余りに遅すぎて何かあったのかと思って探しに行こうとしていたのよ!」と怒られたが、連ちゃんと一緒にいた事、わたしの着ているTシャツが行く時と違っている事で2人はわたしの身に何かあったのか悟った様だった。
そしてそれ以上は何も言わなかった。ただただ安心した様な表情だった。
それでわたしは今日は連ちゃんを一晩泊めたいと申し出た。何て言われるかなと心配したけど「分かった」「連君のうちにはこっちで連絡しておくし、理沙に明日の用意とかパジャマとか持ってこさせるわ」とだけだった。
正直、何も深く聞いてこなかった両親が却ってありがたかった。
さっきまでの出来事を聞かれたらもうあの忌まわしい出来事が脳内にこびりついて取れなくなってしまう気がしたから。忘れたい出来事を詳細に親に語るなんて地獄でしかない。
だから何も聞かれない方が良い、あんな事さっさと忘却の彼方に追いやってしまいたい。
ただそれでもあの男がまたやって来るんじゃないか、どこかでわたしを監視しているんじゃないかという恐怖は消えなかった。
勿論、わたしはあの男が手錠をかけられ、警官と共にパトカーに乗っていく姿を見たからそんな事は起こらないのは理解している。でも、それでもあの恐怖はまだわたしの中に残っていた。
そういえば連ちゃんがこの部屋に来るのはいつ振りだろう。いつもわたしが水沙と連ちゃんの家に行って連ちゃんの部屋に行く事が圧倒的に多い。前に来てくれたのは下手をすれば小学生の頃かもしれない。
本当は連ちゃんがわたしの部屋に来てくれるのは凄く嬉しい。
でも、今回は状況が状況だけに素直に喜べない自分もいた。
その後、理沙叔母さんが連ちゃんの制服と学校用の鞄、パジャマを持って家に来てくれた。
連ちゃんが取りに行こうとしたのだけど、わたしがそれはしないで、お母さんに行ってきてもらうからとお母さんを呼んで、連ちゃんには部屋に居てもらう様にした。
理由はやっぱり、じゃないとあの男の存在が怖いから。
連ちゃんが居ない間にあの男がやって来てわたしを犯してしまうかもしれない。
来ないのは分かっている。でも、やっぱりあの恐怖は簡単に拭い去れるものでは無かった。
胸を鷲掴みにされて怖かった。上半身を裸にされて絶望した。乳首を吸われそうになって吐きそうになった。
仮に連ちゃんが来なかったら胸を舐め回されるだけでは間違いなく終わらなかった。絶対にあの場で股を無理やり開かされて、あの男の醜悪なモノでわたしの純潔は散らされていただろう。
場合によってはそのままあの男に連れ去られていたかもしれない。
そうなっては二度と連ちゃんに会えなくなる。それだけは本当に嫌だった。今も思い出しても震えてくる。
連ちゃんもそれを察してくれたのか部屋に居てくれた。お母さんも察した様ですぐに理沙叔母さんから預かった服や鞄をわたしの部屋に持ってきてくれた。
「流石に着替えるのはどうかと思うから、俺、風呂場に行くよ」
「ダメ!行かないで!連ちゃんお願い、ここにいて…」
着替える為に部屋に出ようとする連ちゃんを引き留める。
今は一瞬たりとも連ちゃんと離れたくは無かった。
連ちゃんも普段はどんなアプローチをしても気付かないけど、こういう時は意を汲んでくれる。それがわたしにとっては救いだった。
「分かったけど、流石にガン見とかはしないでくれる?」
「そ、それはしないよ…。わたしもしなきゃいけない宿題がまだ残ってるし…。あっ…」
その時、わたしは思い出した。
買ったシャーペンの芯を持っていない事に。
間違いなく、あそこであの男に襲われた時に落としたんだ。
今から取りに行く?いや無理。あそこに今から行くなんて自分の傷を抉る様な行為にしか他ならない。でもあれが無いと宿題ができない。どうしよう…?
「どうしたの?アヤ?」
連ちゃんはわたしが考え込んでいる事に気付いた様だった。
「買ってきたシャーペンの芯、あそこで落としちゃったみたいで。いつもだったら朝になってから買えば良いんだけど、今日は明日――もう今日か、絶対に提出しないといけない宿題があってね、それが最後の一問だけ残ってるんだけどもう仕方ないね。また芯だけ買って仕事の合間にやるよ」
「シャーペンね…。なら俺の使いなよ」
そう言って連ちゃんは理沙叔母さんが持ってきてくれた通学用鞄から筆箱を取り出してそこからシャーペンを出してわたしに渡してくれた。
「流石にもう今はアヤを外に出す訳にもいかないし。別にそれ位なら貸すよ。じゃ、アヤが宿題やってる間に俺は着替えるよ」
そう言ってわたしを椅子に座らせる。
正直、連ちゃんがわたしの部屋で生着替えなんて興味が無い訳では無い。むしろ凄く見たい。でも、連ちゃんはわたしが宿題をやるものだと思っているからその気持ちを裏切りたくもない。
そうだ、早く終わって着替え終わる前にチラっとでも見られたら良いんだ。幸い答えは分かっている。後は書くだけ。だからわたしはさっさと答えを書いた。
あんな事があった直後なんだ、ちょっと位わたしに役得があっても良いだろう。
「あ、もう終わったんだ。思ったより早かったね」
振り返った時には連ちゃんは既に着替え終わっていた。早いよちょっと…。
何だか悔しい。でもそんな態度を見せるのも何だか嫌で作り笑顔で誤魔化した。
「うん、さっきも言ったみたいに最後の一問だったからね。もう早く寝よう。明日ってもう今日か、早いし」
「なら理夏伯母さんに布団借りてくるよ」
「あ、待って!連ちゃん!」
また出て行こうとする連ちゃんを引き留める。お願いだからここに居て!わたしを一人にしないで…!
「あっごめん。また俺…。でもそうなると床で雑魚寝になるのか。まぁ仕方ないか」
「そんなっ、雑魚寝なんてしなくて良いよ。今日はわたしと一緒に寝て?」
「アヤと?」
「そうわたしと。水沙といつも一緒に寝てるでしょ?そんな感じで今日はわたしと一緒に寝てほしいの?ダメ?」
「ダメって言われてもなぁ…。あれは姉ちゃんの悪い癖だから。アヤは良いの?男と一緒に寝るなんて流石にマズいでしょ」
「マズいなんてそんな事無いよ。それに、あの男の事、あの男にされた事を全部綺麗さっぱり忘れたいの。今日だけは連ちゃんと一緒に寝て連ちゃんでわたしの全部を満たしたいの…。だからお願い…」
わたしは連ちゃんに抱き着いて懇願した。
最後の方は自分でも分かる位に涙声になっていた。恐らくわたしは泣いていただろう。
今だってドアを開けると窓を開けるとあの男が居るんじゃないかって思ってしまう。それ位わたしの中に強い恐怖心としてあいつの存在が刻み込まれてしまっている。
それを消し去ってしまいたかった。でもわたし一人ではできない。誰かと一緒じゃないと無理。それができるのはこの世でただ一人、わたしが心から愛している男、連ちゃんだけだ。
連ちゃんの傍に居たい。連ちゃんの温もりを感じたい。あの男の忌まわしい記憶を連ちゃんの優しい記憶で全部塗りつぶしてほしい。
ふと顔を見上げる。そこにはしょうがないなという顔をした連ちゃんがいた。
「泣かれてまで頼まれたら嫌って言えないよな…。分かったよ、今日だけな」
「うん。ありがとう連ちゃん…」
やっぱりわたし泣いてたんだ…。
それに気づくと何だか恥ずかしいのとわたし嫌な女って思われてないかなとちょっと不安になってくる。
でも連ちゃんの事だ。何だかんだでわたしを受け入れてくれる。そう確信している。
「ほら連ちゃん、おいで」
「失礼しまーす」
「布団の中に入るのに失礼しますって…、ふふっ変なの」
「布団に入られ慣れはしれるんだけど、人の布団に入るのは慣れてないからな…。いや、入られ慣れもするもんじゃないけど」
そう言いながらわたしの布団に入る連ちゃん。丁度お互い向い合せの姿勢になる。あ、ちょっと照れてる。可愛い。
そしてわたしはもう一つのお願いをしてみる事にした。わたしにとってはとても勇気のいるお願い。でも、忌まわしい記憶を完全に拭い去るにはどうしても必要な事。
「あのね、連ちゃん。わたし、もう一つお願いがあるの…」
「お願い?」
「うんそう。これを連ちゃんにしてもらえたらあの男の事を完全に忘れられる。夜が明けたらまたいつものわたしに戻れる…」
「分かった。で、どんな事?」
「わたしの…、胸、触って欲しいの……」
「へ?」
連ちゃんは呆気にとられた顔をしている。一方のわたしは間違いなく火を噴く様な顔をしているはずだ。凄く顔が熱いもの。
変な子って思われるかもしれない。でも、わたしの胸を触ったのがあんな男という事実がどうしても嫌だった。連ちゃんに上書きして欲しい。わたしの胸を触ったのは連ちゃん。大好きで仕方ない最愛の人。そう思えたらわたしはきっと立ち直れる。
でも連ちゃんは難しい顔をしている。
「流石にそれはどうかと思うけど…。確かにアヤがさっき辛い目に遭ったんだろうなっていうのは分かるよ。でも、だからそれで俺に胸を触って欲しいは突飛じゃない?」
「全然突飛じゃないよ!あのね、こんなお願い別に誰にだってできる訳じゃないんだよ。連ちゃんがわたしにとっては信用できる唯一の男の子だから…。これは連ちゃんにしかできない事なの…」
「でも流石に好きでもない男に胸触っては流石に俺でも…。アヤはきっとまだ混乱してるんだよ。もう目を閉じよう。人間目を閉じて横になるだけでも休めるって言うから」
「混乱してるのはそうかも…。でも、好きでもないなんて事は無いし。だからこそお願い。わたしの胸、触って…」
「って言われてもなぁ…」
「もう…、分かったってさっき言ったのは連ちゃんなんだからね」
「お、おい!アヤ…っ!?」
むにゅ!
気持ちを抑えられなくなって布団の中で無理やり連ちゃんに近づいて連ちゃんの左手を持ってわたしの左胸を触らせた。
この時、わたしは凄くドキドキしていた。心臓の鼓動が早くなっているのが自分でも分かるし、この音がハッキリと聞こえる。
このドキドキは嫌じゃないドキドキ。恐怖からくるものじゃない、恋心からくるものだ。
それに自分で触らせておいてなんだけど、胸を触って貰って凄く気持ちいい。あの男に触られた時は嫌悪感しか無かったのに。すぐに離させたかったのに。
でも今はそうじゃない。ずっと触っていて欲しい。何ならもっと強く揉んで欲しいとすら思う。確実にアソコは濡れている。それだけ連ちゃんに胸を触って貰っているという事実がわたしの感情を昂らせた。
「なぁいい加減にしとけって…。もう満足したろ」
わたしはこんなにも感じているのに連ちゃんの顔には戸惑いこそあれ、そこに喜びの感情は一切無かった。たださっさと離してほしい。それだけに思えた。
何だかわたしにはそれが悔しく思えた。わたしはこんなに気持ち良いのに。興奮しているのに。連ちゃんにはそんな感情が全然無い。わたしに性欲をぶつけようなんて微塵も思っていない。間違いなく今、連ちゃんの男としての部分は反応していない。ずっと見てきた人だからハッキリと分かる。
勿論、わたしだって誰彼構わず性欲をぶつけて欲しくない。あの男のわたしを性欲の捌け口にしか見ていない目は本当に反吐が出る位不愉快だった。他の男でもそうだ。
でも、連ちゃんは別。わたしが受け入れてたくてたまらない愛おしい人だから。
このままわたしを愛して欲しい…。さっきの出来事だけじゃない、わたしのアイドルとしての立場も何もかも忘れてしまう位に一緒に落ちて欲しい…。ただの番の獣の様にまぐわいたい。
この堕落はきっと幸せな堕落。わたしの望むハッピーエンド。
だけど連ちゃんの目は今もわたしを見ていない。胸を触っているのにわたしの目は合っているはずなのにどこか上の空。
きっと今も連ちゃんの中を支配しているのは特撮、それにヒーローショー。
いつになったら連ちゃんは目の前にいるわたしをちゃんと見てくれるんだろう。
わたしはこんなに好きなのに。愛しているのに。
「だからもう良いだろ」
「ダメ。今日は連ちゃんはこのままわたしの胸を触ったまま。絶対離れられなくしてあげるから」
わたしは力いっぱい抱きしめる。その時、連ちゃんの右手をわたしに右胸に触らせた状態して。これなら連ちゃんはずっと胸を触ったままだ。
というよりわたしと連ちゃんは完全に向い合せで体を密着させた状態になっている。
それでも連ちゃんの男としての部分は反応しないんだ…。
あ、息がかかる。あんな男の臭い匂いとは全然かけ離れた優しい微風の様な吐息がわたしの鼻腔を擽る。この感覚は悪くないな…。
「それじゃあお休み。連ちゃん」
「え~このままぁ~。もっと普通に寝るとかあるだろ~」
「今日はこうじゃないとダメ。これで朝からまたいつものわたしに戻れるから」
連ちゃんは未だ納得していない様だけど、わたしはそのまま目を閉じた。
次第に意識が遠のく。いつの間にか連ちゃんも根負けした様だった。
連ちゃんの温もりがわたしを包んでいる。これで大丈夫。さっきまでの事は全部悪い夢。
もう誰も来ない。わたしを傷つける奴はいない。
朝になれば全て綺麗さっぱり忘れられる。今まで通りの芹野綺夏でいられる。
だからわたしはずっと大好きだよ。きっといつかわたしと同じ位にわたしの事を大好きになってね、連ちゃん…。
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