第3話 緊張と興奮と姉

「来週の戦隊の現場の人が足りてないんだ。桐生くん出てくれるか?」



 それは俺にとって正に寝耳に水な話だった。



「えっ、本当に僕なんかで…」



 正直、俺は困惑していた。そりゃもちろんショーの仕事ができるのは嬉しい。

でも、まだ入って2週間。ちゃんとした技の練習も完全にできている訳じゃない。

自分に不安が走る。



「良いんだよ。入って2週間もうそろそろ良い時期だ。俺は100回練習するより1回現場に出てしまう事の方が余程スーツアクターにとって成長に繋がると思う。それに役は戦闘員だからそこまで強張る事は無い」



 そう言う叶さんの目は真剣だった。それは本気で俺をスーツアクターとして育てようとしてくれている、その信頼と決意を感じる目だった。

 ここでやらなきゃ男がすたる。そしてこれが憧れのヒーローへの第一歩なんだ…。



「やります!やらせてください!!」



 俺は強くそう叫んだ。

その俺を見て叶さんは満足そうに頷いた。



「俺の名前が載ってる…」



 その後貼りだされた配役表に俺は静かな興奮を覚えた。

そこには戦闘員:桐生連と書かれていた。


役は戦闘員だが、ずっと観てきた特撮ヒーローの世界に、ヒーローショーという形で参加できる。

 

 特撮オタクとしてこれだけでも嬉しい事だった。



「あー、今回も俺がレッドか」



 後ろから武田昭たけだあきらさんが呟いた。


 細身でスタイルがよく技のキレも抜群、幾多の主役ヒーローを演じてきた誰もが認めるRAMのエース、それが武田さんだ。



「おー!桐生君、何?お前も出るの?」


 

 武田さんは配役表に俺の名前が書いてあるのに気づいたようだ。



「え、ええ、そうみたいです…」

「ま、緊張はするだろうが頑張れよ!」

「はい、ありがとうございます!」



 二の腕をバンバン叩かれながらエールを送ってくれる武田さんに俺は感謝した。

普段体育会系で少し怖い雰囲気もある人だが、実際話してみるとむしろ凄くノリがよくて頼れるアニキという感じで俺は会ってまだ2週間だが尊敬の念を抱いていた。

 というかRAMのメンバーは皆さっぱりした気持ちのいい人達ばかりで凄く居心地が良い。


 本当、俺ここに入れて良かったなとつくづく思う。



「おー桐生君」

「あ、矢部さん」

「配役表見たよ。デビューじゃん、おめでとう。俺も今回ブルーで行くから一緒に頑張ろうな」

「はい、ありがとうございます」

「それで一応、音源と台本だけ渡しときたくてさ」

「音源と台本ですか?」

「そうそう、次の土曜の19時からリハがあるからそれまでに台本読んで音源聞いておいてね。音源はグループラインの方からファイルで今から送るから」



 そう言い台本を俺に渡した矢部さんは自分のスマホを操作し始めた。

途端に俺のスマホの通知音が鳴る。

 そこには入団当日に参加したRAMのグループラインに日曜に行われる戦隊ショーの音源が表示され、ダウンロードできる様になっていた為、俺はそのままダウンロードをした。


 その画面を矢部さんに見せた。



「うし、ならオッケーだね。じゃあ土曜までに」

「分かりました」



 その後、武田さんや矢部さんからデビュー祝いだー!と一緒に近所のファミレスで夕飯を御馳走になった。

先輩達の思いに報いるためにも頑張るぞ!



「ふぅ、ちょっと遅くなっちゃったかな」



 気が付けば時間は夜の10時を回ってる。高校生が出歩くには遅すぎる時間だ。

 皆良い人だけどノリが良すぎる所があるのかもしれないと思って、俺は玄関を開けた。


 と、そこである事に気づいた。



「姉ちゃん、帰ってたのか…」



 超多忙を極めるアイドルグループ「ディーヴァ」のリーダーにして我が姉、桐生水沙きりゅうみずさの靴があったのだ。



「まぁ、いいか。ここ姉ちゃんの家なんだし」



 俺は一人で納得すると靴を脱ぎ、家に上がったら目の前に誰かいた。



「お帰り、連くん」



 そこにいたのは超人気アイドルグループ「ディーヴァ」の桐生水沙だった。


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