1、心の距離を近づける


 まさか、生まれて初めて付き合うことになる女子が、実の姉になるなんて思いもしてなかった。

 それはきっと、姉ちゃんの方にも言えることだろうけど。


 って、んなわけないか。俺と違って姉ちゃんモテるし、彼氏のひとりや二人ぐらいいるはずだ。

 

 「あーあ、なにが悲しくて実の弟と恋人になんか……」


 ソファの上で寝そべりながら、ぶつくさ文句を言ってる姉ちゃんを見てみる。


 んー……弟の目線から見ても、確かに美人だと思う。

 切れ長の目元とか、小ぶりな鼻とか、ツヤツヤの唇とかが、バランスよく顔に収まってるし。肩まで伸びる濡れ羽色の髪もサラサラで、光に当たるとキラキラしてる。

 それでいてスタイルとかもいいから、ショーパンからむき出しになってる色白の長い脚とか、両手で掴めそうなぐらいくびれた腰とか、パーカー越しにでも分かるおっぱいの膨らみとか見てると、ムラっとくるな。

 さすがに実の姉だから、オカズにはしたことないけど。


 お察しの出来である俺と違い、頭も良いし、運動も出来る。別の高校に行ってるけど、うちの学校にまで風の噂で流れてくることあるもんな。

 いいよなぁ、美人だとさ。好きなやつ選びたい放題みたいなもんだろ。羨ましすぎる。


 「――なーにさっきからじろじろ見てんの」


 あ、気づかれた。スマホに向けてた顔を、こっちによこしてくる。

 

 「いやその……恋人になったんだからさ、おっぱい揉ませてもらえるんかなって」

 「おバカ」


 ソファから身を起こした姉ちゃんに、チョップを叩きこまれた。痛っ、くない。

 それでも頭をさすってると、呆れたような眼差しが向けられた。


 「あんたのそういうとこ、悪い癖よ」

 「え、どこどこ?」

 「胸だの顔だのって、いきなり容姿から入るとこ。どうせ告白したときも口にしちゃったんでしょ?」

 「うん、そりゃ『キミ可愛いし、おっぱいが大きいから好きになりました! 付き合ってくださいっ』て言ったけど」

 「ほんと最悪……。振られて当然だわ」


 頭でも痛くなったのか、姉ちゃんがおでこを押さえてる。見た目を褒めるとこから入ったのにダメとはこれいかに。

 小首をかしげる俺に対し、姉ちゃんがビシッと指を突きつけてくる。


 「いーい? 恋人に限らず、お付き合いする時だってね、まずはお互いのことを知らなきゃ始まらないの」

 「顔と胸だけじゃダメなのか?」

 「そんなの当たり前じゃない。こういうことはね、観察したり、実際に話しかけてみたり。挨拶したっていい。お互いの隙間がちょっとでも埋まるための、時間をかけていかなきゃ」

 「隙間を埋める……」

 「そう。お付き合いってのはね、お互いの心の距離を近づけることだとあたしは思うから。まずは身体じゃなく、心で繋がる努力をしなきゃいけないのよ」


 念を押すように、突きつけた指でぐりぐり。痛い痛いっ!


 でもそっか。姉ちゃんの言う通りかもしれない。

 俺は相手のことなんか知ろうともしてなかったし、ぶっちゃけヤれたらいいやと思ってた。

 足りてないものがなんとなく分かった気がする。やっぱ姉ちゃんはすげえや!


 「姉ちゃん、あのさ」

 「名前で呼びなさいって言ったでしょ」

 「あ、うん……朱莉はさ、すごいなーと思った」

 「なに? 感想文でも発表したかったの」

 「そうじゃなくて! なんか、いろいろ考えてるし、俺なんかのために時間使ってくれてるし」

 「付き合ってるんだから当たり前じゃないの」

 「そうだけど、でも……」


 うまく言えなくてもどかしい。バカだから考えをまとめるのが苦手なのだ。

 こんなんじゃ誰かとお付き合いするどころか、姉ちゃんに呆れられるのがオチかもな。やっぱり上手くいかない……。


 ちょっぴり落ち込んでいたら、頭に温かなものが乗っかって。

 顔を上げたらそれが、姉ちゃんの手のひらであることに気付いた。


 「なに落ち込んでんの。バカみたいに元気なのがあんたの……優介の取り柄なんだからさ」

 「朱莉……」

 「それに、さっきのは良かったと思うわ。抽象的すぎたけど、気遣ってくれてるのが伝わってきた。あたし、嬉しかったわよ」

 

 姉ちゃんがはにかんでみせる。

 なんだろう、いま心臓がドキッとした。こんなのはお化け屋敷に行った時以来のことで、もしや恐怖を感じてるんだろうか?

 でも不思議と嫌な気はしない。胸の辺りがぽかぽかしてるような。

 自分のことなのによく分からない。姉ちゃんに聞けば教えてくれるだろうか?


 「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

 「なに?」

 「なんか心臓がドキドキして、胸の辺りがぽかぽかしてるんだけど。これってなんなんだ?」

 「っ……知らないわよ」


 姉ちゃんが吐き捨てるようにつぶやいて、そっぽを向いてしまった。

 だけど頬っぺたがほんのりと赤らんでいて。あれ、なんか変なこと言っちゃったんだろうか……?

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