ねぇ、わたしってだれ?

しおん

物語のはじまり

ふわふわとした感覚に目が開く。心地良い。まるで夢の中にいるみたい。だけど私の体は横になっているわけでもなく、まっすぐ立っていて霧のかかった遠くをじっと見つめている。

私の体のはずなのに、私の体じゃないみたいに言う事聞かない。なんとか動かないかなと考えているうちに、ふと、霧の中に人影が見えた。でも人らしき影が見えるだけで誰かは分からない。あれは、一体だれ?






_____気が付けば私は走り出していた。






とにかく全力疾走だ。なんで走ってるのか分からないしなぜか涙が止まらない。泣きながら行かないでって、やめてって叫んでる。あなたはだれ?そして私はどうしてあの人を追いかけているの?男かも女かも分からない人影を追いかけながらまた私は叫んだ。


「もう私を置いていかないでっ!!!!!」






____ハッと目が覚めた。見慣れた天井に安堵すると同時に涙が頬を伝っていく。あれ、なんで安心してるんだろう。というかなんで泣いてるんだろう。そもそもなんの夢見てたっけ。よく分からない感情に少し気持ち悪くなりながらベッドから身を起こす。それと同時にノックの音が部屋に響く。


「ミユお嬢様、入りますよ」


ノックしてきたのは私のお世話係のメイド、シャルル。あらかた私を起こしに来たのだろう。いつもこの時間ならまだ寝てるもんね私。

シャルルは特に私の了承を得ることなく部屋に入った。そして私と目が合った途端、その綺麗なオレンジ色の瞳がこれでもかというくらい開かれた。


「ミ、ミミミミユお嬢様が起きてらっしゃる!?どうなさったのですか!?お身体の調子でも悪いのですか!?」


鬼のような形相でベッドに腰かける私の体をぺたぺた触るシャルル。そんなベタベタ触らないで。あとついでにほっぺも引っ張らないで、痛い。


「シャルル、お願い、ちょっと一旦離れて」


「嫌でございます。こんなこと今まで1度もなかったではありませんか。これはきっとお嬢様が気付かぬうちに何か病にでも」


「違うから!とにかく落ち着いて。というか今私のことバカにしたでしょ!」


なんて朝からわちゃわちゃと騒がしいような会話を繰り広げた後、私は半ば呆れながらシャルルをなだめて学校へ行く準備に取り掛かった。シャルルがカーテンを開けると眩しいくらいの陽の光が部屋に差し込む。今日は清々しいほどの晴天のようだ。雲ひとつない。こんな日はスキップでもしながら登校したいものだけれど残念ながら気分は限りなく雨に近い曇り空だ。


なんてたって今日は魔法学のテストの日。

もう既にこの言葉だけで絶望できる。なぜか魔法の才能がほぼ無い私にとって座学系は頑張らないと成績が非常に危ないのだが、あいにく勉強と私は相性が悪い。座学なんてもってのほか。座ってたら眠くなる。先生の声は子守唄も同然だ。勉強なんてできるわけが無い。だけど私の通う魔法学校キュベルネーシスは各国の王族が通う名門校である。もちろん名門校なだけあってエリートはたくさんいるし、成績にも結構厳しい。なんでこんなとこに私は通ってるんだろうと思うけど、仕方ない。




_______私はこの国の国王様の娘だから。




私だってこんなんだけどれっきとした王族なのだ。こんなんだけど。お父様が国を総べるとても尊厳ある国王様で、お母様はそんなお父様を支える美しい王妃様。私はこの2人の間から生まれたことを誇りに思っている。お父様とお母様の期待にも応えたい。だからこそこうやって学校に通って王族に恥じない魔法使いになろうと努力しているのだが、だが。

どうしてなのかわからないくらい魔法が上手く使えない。別に使えない訳じゃないのだけど、上手くいかない。やりたいことが出来ない。理由も分からない。あまりに出来ないから病気なんじゃないかと疑われて医者にも見てもらったけど別に病気でも何でもなかった。

色々試した結果、私はもう不器用が度を超えてるんだと諦めてしまった。それでもいつか少しずつでも出来るようになることを信じて学校に通っている。でも勉強はちょっと遠ざけたい。だってめんどくさいから。わがままなことを言っている自覚はあるけど私はこういう性格なのだ。諦めてほしい。


うだうだと考えているうちに手は勝手に支度を済ませ、シャルルの用意してくれた朝食をいただく。今日の朝食は私の好きなフレンチトーストとホットココアだ。いつもは私の苦手なものをちょこちょこ入れてくるシャルルにしては珍しい。別に今日は記念日でもなんでもないのにな。


「朝ご飯が私の好きなものだけなんて珍しいね」


「ええ。今日は魔法学のテストだとおっしゃっていたので少しでも気分が上がればと思いまして。お嬢様の好きなものしか作っておりませんのでご安心くださいませ。」


先程の慌てようが嘘のように笑顔で淡々と話すシャルル。私の思ってることなんて既にシャルルにはお見通しのようだった。私はそんなシャルルに甘えて愚痴を零す。


「学校行きたくないよシャルル。私絶対赤点取っちゃう。」


「赤点を取ってしまったら補習でございましょう?お嬢様は補習の方がお好きですか?」


「そんなわけないじゃん。そもそも私が赤点を回避しようと思って回避できると思う??」


「そうでございますね。お嬢様が本気を出せば案外いけるのではないでしょうか。」


「何言ってんの。私はいつも本気だよ。でも出来ないの。ほんとにいつもめちゃめちゃ本気だし、一生懸命やってるけど出来な」


出来ないんだよ。と言おうとした途端、口が開かなくなった。私は半分パニックになりながらシャルルを見ると、どうやら私に口が開かなくなる魔法をかけたようだった。シャルルは私の口を閉じたまま言う。


「そんなことはありません。お嬢様は本当に本気を出していないだけなのです。お嬢様のすごさはずっとお側で見てきた私が1番知っています。ですから、そんな出来ない出来ないとおっしゃらないでください。」


いつもテストの日でもそんな事言わないのにあまりに切ない顔をして言うもんだから私はどう反応していいか困ってしまった。ちょっとふざけて言ったつもりだったんだけど何か引っかかってしまったのだろうか。

シャルルに声をかけたいけどこの口のせいで喋れない。必死に口元を指さしてシャルルに魔法を解けとせがんでみる。

するとシャルルはハッとした顔をして魔法を解いてくれた。


「も、申し訳ございません!つい熱が入ってしまって....」


「別に大丈夫だよ。私もさっきのは冗談のつもりで大袈裟にふざけて言ってたし。」


「本当に申し訳ございません。ですが、冗談でもあまり自分のことを卑下しすぎないでくださいませ。お嬢様のことを好きな人はたくさんいるのですから。」


「.......本当に急にどうしたの、いつもそんなこと言わないのに。まるで私がどっか行っちゃうみたいじゃない。」


「....そうでございますね。なぜか伝えなければならない気がしてしまって。それよりお嬢様、学校へ行くお時間は大丈夫ですか?」


「え」


ふと時計を見るともう家を出る時間を少し過ぎてしまっている。なんでもっと早く言ってくれなかったんだシャルル。私は急いでカバンを持ち、玄関へ駆け出した。



「本当にお気をつけて行ってらっしゃいませ。」



後ろからシャルルの声が聞こえるがお構い無しに私は外へ飛び出して行った。





________これから家に当分帰れなくなることも知らずに。

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