第36話ズブズブにハマる自信あり

 俺はその話を聞いて、逆にそういうことかと納得した。

 その自覚が当人たちにあるのであれば、これは本当に余計なお世話というか、デリカシーに欠けていた。


 その対象が俺であることが困ったもんだが。


 俺たちがいるのは戦場だ。

 平和な世界と違い、じっくり恋愛を楽しむというわけにはいかない。

 愛を誓いあった相手が次の日には死んでいることもあれば、自らが死者の列に並ぶことも十分にある。


 そんな中にあって即物的に思うかもしれないが、人の直接の温もりというのは何にも変えがたい生きている実感を与える。


 その一瞬に心を溶かし狂気の戦場を生き抜くのだ。

 それほど日々の精神は綱渡りだ。


 その生を実感するために、言ってはなんだが恋愛ゲームを楽しんでいるに過ぎない。

 それにはむしろ生きることに全力を尽くしているとさえ俺には好意的に思える。


 これはゲームの主人公ということで、彼女たちをどこかシステマチックにみていたせいだろう。


 彼女らは俺と同じ生身の人間なのだ。


「セラ?

 前に私が言った言い回しとあまり変わっていないようだけど?」

 クララがセラにジト目でそう言うが、セラはどこ吹く風のようにとぼける。


「……そうだっけ?

 まあ微妙な違いはあるから大丈夫」


 俺が聞いた、どういうつもりかなど、即座にキレられてもおかしくないほどのくだらない質問だ。


 全ては戦場で生きるために決まっている。


 それを怒らずにきちんと答えてくれた。

 なので俺も素直に反省して謝罪した。


「いやぁ〜、すまんすまん。

 てっきり俺はおまえたちをアホの娘だと疑ってたわ」


 笑いながらそう言うと、青筋たてながらセラが俺に詰め寄って来た。


「クロ師匠、喧嘩売ってる?

 ……まあ、だけど。ついでなのでもっとぶっちゃけるけど」

「うん?」


 そこから蠱惑的に微笑み、自らの鮮やかな赤い唇にスッと指を当て誘うような口調で告げる。


「……いざクロ師匠に手を出されてズブズブにハマるのもいいと思ってる。

 ええ、それはもう人生賭けても良いと思えるぐらいズブズブに。

 ……クロ師匠からしても役得役得」

 ンハハハと開き直った笑い方をするセラ。


「お断りだ」

 俺も軽い笑みが浮かぶ。

 そうやってハマってしまっては恋愛ゲームの意味がないだろ?


 クララもセラの考えに同意するように頷いて、自分の意見を述べる。


「貴族は結婚と恋愛が別だったりしますが、それでも命を賭けて恋をするとか憧れますわ、いかがです?」

 そう言って、ご令嬢らしい魅力的な笑みで微笑む。


 こう話してみてようやく、こいつらのことが少しわかった気がした。


 3人3様だな。

 こいつらはこいつらで、それぞれが今を一生懸命生きているために考えて行動している。

 これはそれだけの話だ。


 ところで……。


「さっきから黙ってるが、アリスは大丈夫か?」

「ほんとですね、とんでもなく顔が赤いですが……熱ですか?」

「……いつものアリスなら真っ先に飛びつく話なのに」


 真っ赤な顔のままで泣きそうな顔をしてワタワタと俺を見て動揺を示す。

 しばし見ていたが、赤い顔のままアリスはワナワナと唇を動かし呟く。


「あれっ、えっ……、好き……?」

「どうした?」


 熱でもあるのかとアリスに手を伸ばすと。

「ひぃう!?」


 アリスは真っ赤な顔のまま潤んだ瞳で俺を見つめてその手を避けて、ベッドの上で小動物のようにブルブル震えている。


「あっ」

「もしかしてアリス……本気マジ?」


「ひぃぃぃいいやぁぁああああああ!!!」

 アリスは頭から俺の枕を被りジタバタした後、その枕を持ったまま部屋から逃走を図った。


 ああ……、アホの娘はそこにいたんだね。


「アリス!?」

「逃げた!」

 アリスの後を追いかけていく2人。

 無論、部屋の扉は開いたまま。


 俺は自分の頭を押さえる。

 なんなんだよ、これ……。


 こいつら、助けるんじゃなかった。

 俺は改めてそう後悔した。





 そして次の日の早朝、5時。


「師匠〜……、朝ですよぉ〜、あなたの愛しいアリスが起こしに来ましたよ〜……」


 アリスは音がならない程度に部屋の扉をノックして、静かに部屋に入ってきた。


 昨日逃げたのはなんだったんだよ……。


 起こしに来るにしても早過ぎだ。

 通常時の部隊ならおおよそ6時ぐらいを起床時間に設定していると思うが、国ごとに違いもある。


 もしかすると、第5部隊特有のルールがあるのかもしれない。


 そこを柔軟に対応するのも傭兵の仕事といえよう。

 郷にいれば郷に従えってな。


 このまま少し早めに訓練に入るのもいいだろう。

 せっかくだからアリスの訓練に付き合ってあげてもいい。


 半身を起こすと、なぜかアリスがビクッと反応した。

「ななな、なんで起きてるんですか!」

「いや、いま起こしに来ただろ」


 薄暗い部屋でも枕を抱えたアリスの姿が見える。

 暗くて見えないが、口ぶりからするときっと顔は赤い。


 昨日と同じように逃げるかと思いきや、アリスはそのまま枕を抱えたまま俺に近寄って。

「よいしょ、師匠もう少し避けてください」

 なぜか俺のベッドに乗ってきた。


 その態度は昨日のことは気のせいとでもいうのか、太々ふてぶてしいものだ。


「……なにしてんだ?」

「寝ている間に布団に入り込んで朝チュンを迎えようと思ってたんです。

 予定通り実行しようかと」


 俺は清々しいまでのポンコツぶりに頭が真っ白になった。


 その間にもいそいそとアリスは布団に入り込む。

 そして大きなあくびを一つ。


「昨日、寝るの遅かったんでもう少し寝ます。

 おやすみなさーい」


 俺はアリスのこめかみをぐりぐりしてやった。


「イタタタタタタ!

 家庭内暴力反対!」

「うるせぇ!

 どついていないだけマシだろうが!」

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