第34話手柄はそれっぽく見えればそれでいい

「相手が仕掛けるのにちょうど良い谷間があれば、そこで夜襲を仕掛けてくるだろうな」


 その際はおそらく特務隊だけで強襲をかけてくる。


 夜襲に慣れていない西方守備軍では足手まといにしかならないことと、なにより手柄を取られたくないため。


 西方守備軍はもしものために、後方に潜ませて手柄を得た場合の証人にでもすることだろう。


 昼間のスペランツァとの戦いで、正面からの襲撃ではすでに敵わないことは証明されているからな。


 特務隊も意地でそれなりの被害は与えられるだろうが、バーゼル中佐は一方的に奪うのが好きなのであって、危険を顧みずに挑戦をしたがっているわけではない。


 話を聞いたコーラルはアリスの顔を見る。

 アリスはそれに深く頷くとコーラルは表情を引き締めた。

「すぐに戦闘配備第2を発令。

 それと周辺の地形データを」


 そこからの動きは早かった。

 コーラルは迷うことなく副官ルーマリアに指示を出し、ルーマリアが艦員に通達を出した。


 それからコーラルはこちらを振り返り、複雑な顔をする。

「申し訳ないですが、あなたを出撃させるわけにはいきません」

「そりゃそうだ」


 俺はわかっているよ、と示すようにベッドにゴロンと転がって見せる。


「クロ師匠。

 私たちはどうすればいいと思う?」


 指示を仰ぐ相手を明らかに間違えているが、聞きたいのは出撃するかどうかではないだろう。


「おいおい、俺はヒントは出したぞ」

 じーっと俺を見つめる面々。


 ま、この艦になにかがあったら俺まで巻き込まれてしまうからな。


 俺は肩をすくめてその問いに応じることにした。

「これは傭兵の感覚になるが、手柄ってのはおまえらの命のことじゃねぇんだわ」


「どういうことだ?」

 いままで黙って聞いていた魔導機隊隊長でもあるオリバー大尉が代表して聞いてくる。

「手柄というのは目に見える成果だ。

 空中戦艦スペランツァの撃沈、もしくは撃退。

 魔導機をいくつ撃墜したか。

 その成果の中に誰が死ぬとか生きるとか、なんの関係もねぇ。

 大将や指揮官級の死亡は別にしてな?」


 暗にアリスとコーラル、隊長クラスの死だけは価値があることを示す。


「こういうときは条件の整理は必須だ。

 こちらは西側への帰還。

 向こうはこちらを撃退したなどの数字や証拠が欲しい。

 これは本当に両立できないか?」


 そこで全員を見回す。

 なんでただの傭兵の意見をこいつらがこんなに真剣に聞いているかわからんが……まあいい。


「こちらに被害なく、相手が手柄とできる何かがあれば……」

 アリスがアゴに手を当てポツリと呟く。


「さらに特務隊はレーダーの反応がしづらい深い山間から強襲してくることだろう。

 これ以上、自分たちの被害は許容できないからな。

 夜間で視界も悪い、レーダーも効かない。

 誤魔化す方法などいくらでもあると思わないか?」


 それを聞いて、思案をしていたアリスがハッとなにかに気づき、コーラルにそれを告げる。


 コーラルが大きく頷き、皆にもそれを共有して全員がバタバタと動き出し、部屋から出ていく。


 アリスも部屋を出ようとして、去り際に。

「師匠、また後で」

 そう言って走って部屋を出て行った。


「後って……夜中に来る気かよ?

 それと扉閉めてけー!」


 そうして軟禁状態のはずの部屋の扉を開けたまま、全員が飛び出して行った。


 扉開けっぱなしで良いのかよ!

 ……逃げねぇけどよ。





 俺の想定通り特務隊からの夜襲を受けたが、結果でいえば人的被害なくスペレンツァは戦闘空域を離脱できた。


 戦闘空域を離脱さえしてしまえば、空中を移動する戦艦に追いつくには同じ空中戦艦を使うしかない。


 少数の飛行用魔導機や航空機では、魔導機部隊を乗せた空中戦艦は敵う相手ではないからだ。


 スペランツァ脱出のため、見える手柄として無人のマルットを含めた、おとり用擬似魔導機バルーンを特務隊に爆破させたのだ。


「見かけ上は魔導機15機撃墜、手ぶらよりは随分マシな成果だろうよ」


 1部隊100機編成の15%の損耗だ。

 全部隊の30%の損害で部隊は戦闘能力を失うと言われているので、その半分なら十分だろう。


 実態はともかく。


「傭兵のときも、こんなふうに示し合わせて手柄をくれるヤツがいるなら大儲けなんだが」


 そうするとバレたときには確実に銃殺ものだがな。

 いずれにせよ、狂ったやつでもない限り、誰も死にたくはないし殺したくもないもんだ。


 もっとも、そんな狂ったやつに引っ張られていくのが戦争というものだ。

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