第20話目を逸らしたい現実

「にょわぁああああああああ!?」


 シャチのような大型の魔物がアリスの乗ったマルットを、ボールのようにポーンと突き上げる。


 俺はそれを見ながら思わず拍手を贈る。

 シャチの魔物に。


「先生!?

 あれってアリス、大丈夫ですの!?」

 クララが焦って俺に問うが俺はやる気なさげに耳の穴を掻く。


「大丈夫じゃね?」


 マルットは作業用だけあってというか、機動性よりも頑丈さを優先しているので、変な話、クララとセラの軍用魔導機ガンマ型より頑丈だ。


 あと山賊頭領が趣味にあかした魔改造しているし。


 だが、シャチ型魔物にとってそれが運命の分かれ目だった。


 ちょうどよい丸型のマルットを本能のままに突き上げたせいで、シャチ型魔物は水上からその巨体を露出した。


 そこに響く砲撃音と共に砲弾がシャチ型魔物を貫く。

 それと同時に魔物は咆哮を上げて……ゆっくりとその巨体を沈ませた。


「……目標撃破」


 戦闘の間、静かに遠距離砲を構えていたセラが、その刹那のときを逃さずに目標のシャチ型魔獣を撃ち抜いたのだ。


「大漁ダァアアアアアアアアア!!」


 ぽ〜んとボールのように跳ね飛ばされつつも、予想通り無事なマルットおよびアリス。

 どこにあったのか、魔導機サイズの大漁旗たいりょうきを掲げ吠える。


 その周りを今回の魔物退治に参加した魔導機たちも両腕を挙げて万歳している。


 ハクヒが紹介してくれたアルバイトで、コカ港街周辺の魔物退治だ。

 今回の魔物退治に参加したハクヒの部下たちも3人娘をアイドルのようにはやしたてる。


 いや、アイドルみたいなものかもしれない。


 見目が良いだけではなく、魔導機の腕も良く愛想も良いとなれば必然ともいえよう。

 実力があればこそ、だな。


「だいぶ良い仕事してくれたみたいだな。

 イロつけといたぜ。

 船は明後日には出港する。

 準備があれば急ぎな」


 1日だけハクヒたちも参加していた。

 龍をイメージした頭部を持つ近中距離型魔導機に、タイカはそのまま機動力を活かした超近接型魔導機。


 海洋型の魔物は水の影響で遠距離攻撃は実弾兵器でないと効果が薄い。

 湾岸沿いの魔導機にハクヒたちが乗るような近接型が発展したのもそういう事情だ。


 もっともハクヒとタイカが近接型なのは本人の性質の方が大きそうだがな。


 報酬はあまり多くないが、頭金100万ガルドを支払い、この仕事に数日従事すれば船に乗せてもらえることになっている。


 なので、これで無事に船に乗って西側に行くことが可能だ。


 3人娘はその結果浮いたお金72万8000と、今回の報酬を丸々利子として俺にくれようとした。

 これには俺は固辞こじした。


 500万をクララとセラの魔導機修理に費やした俺だが、傭兵稼業を生業とする以上、この手の金についてはきっちりしなければならない。


「私たちのお金は師匠のお金です!

 あと私たちの身体も師匠のものです!」


 アリスが胸を張ってそう答える。

 なんでも修理費500万ガルドは各自身体で払うそうだ。


 いつからそんな契約結ばれたんだ?


「3人が500万分をそれぞれ払ったら1500万で、俺が借金することになるじゃねぇか」


「そしたら借金のカタに師匠をいただきます!」

 アリスの言葉にうんうんと頷く2人。


 手を出したら、なし崩しで一生面倒みさせられるという宣言に他ならない。

 いまは手助けするが、俺はおまえらの敵だぞ?


 俺はため息交じりに、その金で全員の魔導機の整備を頼むことにした。


 整備にはそれなりの金がかかるし、傭兵やハンターでは整備計画などは自己責任だ。


 そもそも定期的な整備は魔導機には必須だ。


 人の身体では到底及ばない破壊を及ぼす兵器だからこそ、それらは常に整備と補給を必要とするのだ。


 それにゲームでもそうだったが、おそらく部隊との合流時に戦闘がある可能性があるからでもある。


 それを怠ると戦場であっという間に死者の列に加わる。

 どれほど精強であっても整備やそのための補給を断たれた部隊もまたもろいものだ。


 整備と補給が受けられるうちは多少の金に目をつむっても行うべきなのだ。


 部隊との連絡だが、ソン家の保護を受けたことだけ伝えてもらったそうだ。

 もちろん表立ってのことではない。


 ただそれでも形としてはソン家の保護を受けているといえる。

 なので、ソン家に裏切られて政府に告げ口される可能性はグッと減ったと言って良い。





 出港までの2日は移動もなく、この旅で唯一の休日ともいえるかもしれない。


 戦場は過酷でその精神をすり減らす。

 だから休めるときにはしっかりと休むことがとても大切なのだ。

 そうしないと人は壊れる。


 だからといって……。


「師匠!

 あ、いえ、ご主人様!

 これで私たちもご主人様の奴隷ですね!」


 コカの街で3人娘が首に本来はオシャレである黒いチョーカーをつけ、おもちゃの手錠をかけて遊んでいる。


 昔ながらの奴隷のように。

 さすがにそれ以外の格好は囚人服などではなく、普段着だが。


 とにかく俺は赤の他人のふりをしたくて振り向かない。


 しかし3人はとことことついて来る。


 ついにはアリスが俺たちの前を先行して、セラなどは手錠をつけた腕でがっしりと俺の腕を掴んでいる。


 それを見てクララも空いた左腕を恥ずかしそうに掴む。

 恥ずかしいならやるな!


 これって奴隷に俺が拘束されてる姿だよな?


 なお、表向きこの国には奴隷制度はない。

 表向き、な?


 コカの港街は大河と海運で運ばれた荷物で随分と賑わう。

 だからアリスたちもとても楽しそうだ。


「……この街は良い街ですね、子供たちが笑って走り回っている」


 アリスが街の様子に微笑み、手錠をつけた手で風になびく髪をかきあげる。


 セリフと手錠のアンマッチがひでぇ……。


「戦乱が終わり、マークレスト帝国全てでこういう景色が当たり前になるようになれば、きっと」

「……そのときはまた、皆でここに来たい」

 クララとセラもアリスに寄り添い笑い合う。


 ゲームではそんな未来は来なかった。

 これから彼女たちが反乱軍に戻り、過酷な戦場の中でどこまでその人間性を保てるかはわからない。


 だが、それら全てを乗り越えた主人公としての彼女たちと俺は戦いたい。


「そのときは師匠のことをご主人様とお呼びしますね!」

 目をキラキラさせながら、手錠をつけたポンコツ3人娘がのたまうので。


 俺は固まった笑みで目をそっと逸らした。

 目を逸らしたい現実ってこういうのだよな。

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