三歳の息子が田原総一朗かも知れない件。

もと

それについて半日悩んだ私の結論。

私は自由だ。

「ハッピバースデーディイア! ソーイチロー……ハッピバースデーイ、トゥーユフゥー!」

「おめでとう、はい、フーッてロウソク消して?」


「僕はね、手で消したい。息を吹きかけるのはどうもね」


 やっぱり私の息子は田原総一朗さんかも知れない。少しでも盛り上げようと気持ち悪い節でハッピーバースデーを歌ってスベッた夫と二人、顔を見合せる。


 三本のロウソクの火が、小さな手のひらのあおぎで消えた。


 息子のソウイチロウに切り分けたケーキを渡して、私のイチゴも電車柄の皿に乗せてあげて、チキンナゲットの横にはケチャップを。


 今朝からヘンなのよ、そうかな? 誰かに似てるの、ああコメンテーターの? なんてご馳走の準備をしながら話してた夫も、流石に首をかしげている。


 夫にケーキをアーンとしてもらってる幼い姿は、私のソウイチロウに間違いはないけれど。


 スマホを手に、検索。


 田原総一朗さんのTwitter、ある。

 ツイートもしてるし、リツイートもしている。ちゃんとこの世に生きている、転生とか流行りに乗った訳では無さそうだ。

 まだ転生とか転移とか召喚とか流行っているのかな? 若い子に通じるの……まあ今はいいか。


「さあソウイチロウ、誕生日プレゼントは何が欲しいって言ってたっけ? パパ忘れちゃったかもー」

「変身ベルトと剣! だったんだけどね、僕としては色々あるんだけど、まあ変身セットでいい。はい」


 その手のポジション、その手の形は大人の日曜朝ニチアサの……。

 もうさっきコメンテーターの、と言われた時から仕草も田原総一朗さんにしか見えない。


 金のリボンがかかった青い包みが視界の端で揺らされてる。イスの背からプレゼントを出すタイミングを完全に見失ってる夫から、こっそりパスを受けてソファーの陰に隠す。

 もう少し喜んでくれる瞬間があるはずだ。お昼に渡して寝るまで遊んで貰うつもりだったけど、こんなの予想外にも程がある。


 スマホで検索、ウィキペディアはどうだ。


 え、なんだこの人、結構スゴい、こんな感じの人だったの。

 肩書きがあるようで無い、ジャーナリストかな、こういうの破天荒はてんこうって言うんだっけ?

 あれ、破天荒って誉め言葉だよね? 面と向かって言って良い言葉……まあいいや、メールが来てる。


「ソウちゃん、夕方にはジイジとバアバも来てくれるって。よかったね、きっとプレゼ……」

「ああそうですか、それは良いと思いますよ僕は」


 ああ週末、ああ金曜深夜っぽい。


 夫が脱落した。ごちそうさま、とソファーでスマホのゲームを始めようとしてる。

 ピンクっぽい画面がチラッと見えた、息子がいるのに成人女性を育ててるらしい。考える事を止めたんだ。


 いつもそうだ。仕事だったら頭を抱えて必死に何かしらの案を捻り出すのに、家の中では戦わない、逃げる、放り出す。


「ママ、ジイジとバアバは何時頃になりますか? まだ昼ですしね、公園にでもどうですか?」

「食べたら行こっか」


「はい、良いですね」

「はい、そうしましょう」


 もう私しかいないじゃないか、このビッグウェーブに乗ろう、乗るしかない。

 ソウイチロウの口を拭いてあげて、薄いジャンパーを羽織らせる。モゾモゾと袖を探す姿はやっぱり三歳だ、私のソウイチロウだ。


「ママ、良い天気ですね」

「そうですね、小春日和です」


「小春日和というのはね、秋に使うんですよ」

「え? そうなんですか?」


「ええ、ええ、そうなんです」

「へえ、ソウちゃんは物識りですね」


「どうも」

「ウフフッ」


 繋いだ手は小さいし、公園までは後二分で着くし、持って来た縄跳びの紐は電車ゴッコに使うからジャンプはしない。


 でも、いま私がジャンプしたい。


 若い子に転生とかまだ流行ってるのか知りたい。今なにが世の中にあるんだろう。

 破天荒のちゃんとした意味、調べたい。

 夫のケツの蹴り飛ばし方、練習したい。

 小春日和ってそういう事だったんだ、と大きく頷きたい。


 私の為に、何かしたい。


 公園に着くと真っ直ぐ砂場に向かって走るソウイチロウ、小さな背中をスキップで追いかけながら、私はキラキラとお花と星のエフェクトを撒き散らす。


 ソウイチロウが生まれてから幸せな子育ての檻の中にいたみたい。

 鍵も掛かってない、勝手に出て行けるのに勝手に檻に閉じ込もっていたのは私自身だ。


「ママは砂を集めて下さいよ、いいですか」

「はい、分かりました」


「楽しいですか? 僕は楽しいですよ、この砂の感触ね」

「楽しいですね、話がドンドン飛ぶ感じ、私も飛んでるかも」


「それは良いですね、みんな飛んでしまえば良いんですよ」

「ソウちゃんはママと一緒に飛んでください、お願いします。まだ三歳になったばかりですよ」


 二人きりの砂場、二人で砂を盛っていく、大人が本気で山を作ればこれぐらい、何もかも大した事じゃなかった。


「お誕生日おめでとうございます、ソウちゃん! 生まれて来てくれてありがとうございます!」

「いやいやこちらこそ、生んでくれてありがとうございました」


「それ母の日にも言ってくれます?!」

「ええまあ良いでしょう」


「楽しみにしておきます!」

「はい、はい」


 数秒立ち止まって数秒で済む検索作業、田原総一朗さんの事は調べたのに私が知りたい事は後回し。そんなのバカみたいだった。何でそんな風にしてたんだろう。


 砂場の山はもう雲を突き抜けてる、四月でも上空は冷たいんだ、風が薄着の肌を刺す。

 公園で遊ぶつもりだったからカーディガンしか着てないのを後悔してる。こんなに天高くまで来れるとは思ってなかった。必要なのは宇宙服だ。


 砂を盛り続ける、まだまだ私はいける。


 もう地平線が丸く見えてる、成層圏だっけ、そうだ検索、うん、合ってる、オゾン層なんかも抜けてるみたいだ。

 家に帰れば辞書も図鑑も、夫が飽きた誰かの画集とかもある。

 そうだよ私の為に飽きてくれたんだ、私がそれを見て何か感じる為だよきっと。


 足元の砂は尽きない、まだまだ二人で盛っていく。もうここは宇宙だ、それでも砂場の山は崩れないし、息も出来ない。だけどソウイチロウも私も笑ってるから大丈夫。

 もし砂を掘っていたらマグマにだって触れていたはずだ、ブラジルの皆さんコンニチワだ、きっとそうなってた。


 そうだ、何をしてたんだ私は、息子が田原総一朗さんでも良いじゃないか、大丈夫だ。なんなら小難しい話でも聞いてみよう。


「ママ、でんちゃゴッコしよ? ソウちゃんが運転しゅるね」

「……うん、ママはお客さんやるね」


「お砂場バイバーイ」

「バイバーイ!」


「しゅっぱちゅ! しんこう!」

「降りまーす!」


「キャハハッ、はい、ありがとございまちたー!」

「乗りまーす!」


「アハハッ!」

「やっぱり降りまーす!」


 ソウイチロウが笑う、無邪気に笑う。いつもと違う私の返しに小さな白い歯がケタケタ笑う。

 私は宇宙のかけらを持ち帰って輝く。

 田原総一朗さんはどこにでもいる、誰の心にもある何かの欲求、きっとそれがアナタのソウイチロウ。


 はい、どうも。


 そうやって昨日も今日も明日も、きっとどこかで誰かに塵みたいな何かを配ってる。



  おわり。

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三歳の息子が田原総一朗かも知れない件。 もと @motoguru_maya

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