純粋な気持ちを考える日

一色 サラ

流し雛

 529(幸福)と書かれた看板。

暖簾に川に花が浮かんでいる絵が書かれている。こじんまりと街並みに溶け込む古民家がひっそりと佇んでいた。

「ここの肉じゃががおいしんだよ。」

仕事帰りに、友人の佳那美かなみに誘われて、やって来た。

店に入ると、カウンター席のみで、女性より男性が好みそうな感じもした。女将も男性にモテそうな清楚な雰囲気もあった。

「いらっしゃいませ」

店内はカウンター席のみで、和服の綺麗な女性が迎えてくれた。L字になったカウンター席は私たち2人が座って、半分くらい席が埋まるくらいだった。

椅子に腰を下ろして、壁に貼られている料理名一覧を見ると、『肉じゃが』『冷奴』『枝豆』『だし巻き卵』『牛すじ煮込み』どこか落ち着く和食が並んでいた。

「菜々美さん、今日って、ちらし寿司あるんですよね?」

「あるわよ。2人分でいい?」

「はい、2人分で。あと、だし巻と生ビールを2つ。」

「いいのよね?」

女将が私に確認を求めてた。ちらし寿司を勝手に佳那美が頼んだのがバレているようだった。

「はい、大丈夫です。あと肉じゃがもお願いします。」

「畏まりました。」

女将は料理を作り始めた。

「なんで、ちらし寿司なの?」

「明日は”ひな祭り”だから、毎年、この店のちらし寿司を食べることにしてるの。」

「ああ、そうなんだ。明日ひな祭りかぁ。。。」

忘れていた。社会人なれば、そんな行事ごとなど、スルーして生きていくものだ。

「ねえ、志野しのって、『流し雛』って知ってる?」

「何それ?」

「ひな祭りの由来となった『上巳の節句』中国の行事のことらしい。なんんか、人形に邪気を移して、川に流すんだって。」

「なんか、怖そう」

「怖わそうね。はい、どうぞ」

女将がビールを2人の前に置いてくれた。それと、だし巻き卵と肉じゃがもきた。

「邪気は払うって聞いたら怖いけど、春を向けるための行事だと思ったら前向きになるわよ」

「菜々美さんって、プラスに考えますよね。」

「そう」

 春を向かるために行う行事。そう思ったらなんか前向きにはなれるのかもしれない。冬のこもった心を流すという意味にしたら、プラスに考えられそうだ。

「でも人形って、可哀想だね」

「紙や藁で簡単に作ったものらしいわよ」

佳那美はだし巻き卵を頬張りながら、言った。可哀想な気持ちは減少したが、藁の人形と思ったら、木に釘で打たれるイメージが頭をよぎった。肉じゃがのホロホロのジャガイモと甘ったるい味付けが口の中に広がっていく。

「どうぞ」

女将が華やかな魚介類で埋めらたちらし寿司を目の前に置いた。

「なんか、イメージと違うな」

「今回は関東風よ」

「志野は関西出身だもんね」

「そうっか。でも、なんでちらし寿司を食べるの?」

「きちんとした由来はないらしいわ。でも、私は邪気を払う料理として考えているわ。それに理由ばかり、考えてると料理が美味しく食べれないわよ」

「そうですね」

 女将は微笑んでくれた。「菜々美さーん」と他のお客さんに呼ばれて、女将は行ってしまった。

「でも、菜々美さんは魔除けは好きだよ。」

「なんで」

「暖簾の絵。桃の花が川に浮かんでいる絵らしいよ。桃の花には魔除け、厄払いの意味を持つらしいわよ」

 そう言えば、暖簾ってそんな絵だった。

「なんか、ひな祭りが女の子に日というより、邪気を払う日に思えてきた」

「そうね。まあ、菜々美さんじゃなけど、女性の純粋な気持ちを取り戻す日と思ってもいいじゃない。で、ちらし寿司はどうよ」

「美味しい。海鮮丼とは違うよね」

「ああ、海鮮丼は白飯で、こっちは酢飯らしいよ。」

「ああ。そうだね。関西は酢飯に具材を混ぜてるしね」

「そうそう」

 なんか、明日のひな祭りが違う角度で、過ごせそうだ。

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純粋な気持ちを考える日 一色 サラ @Saku89make

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