第5話

「先生はウミウシに似てるね」

 部活動の最中、立木は言った。

「ウミウシというと、海にいるあの?」

「そう、そのウミウシ。無防備で弱く、綺麗な模様があるのにできるだけひっそりと生きている感じが似ている」

「誉められているのかな?では君は何だろう?」

「先生が決めてみて?」

「じゃあパンダ」

「何で?」

「何となく」

「理由ないの?」

「ほら、立木は人気者だろ?」

「先生、私そんなに人気ないよ」

「そうなのか?」

「先生あまり生徒の事興味ないでしょ?」

「そうだけど、君は人気があるように、俺からは見えるけどな」

「人気があるって言うのはね、坂元さんや、伊根さん達の事を言うんだよ。私は違う。私はそうだな、例えるならカエルだよ。雨が好きで、よく泣く。そして無防備で弱い。私はカエルで先生はウミウシ。少し似ている」

「でも住む場所は違う。ウミウシは海の中、カエルは海の中じゃ生きていけない」

「先生嫌な事言うね」

「事実だよ」

「事実だからって言って良いとは限らないよ。ねえ先生、私の事嫌い?」

「東京タワーより好きだよ」

「またわかりにくい事言って、煙に巻こうとしているな」

「そんな事ないさ」

「ねえ、先生私とキスしてみる?」

 僕は否応にも他の部員の目が気になった。けれど立木の瞳は僕にしかピントが合っていない様だった。

「どうして?」

 立木の唇に目がいく。薄い桃色の唇はもぎたての果実のように艶やかに光っている。

「世界は東京タワーより、キスで出来ているから」

「君の方こそ、とてもわかりにくい事を言う」

「例えば、東京タワーの場所は明日も変わらないけど、明日先生が誰とキスをするのかは予想出来ない。つまり世界ってそういう予想ができない関わりの積み重ねで成り立っていると思わない?」

「それは興味深い話だね。けれど、君とキスをする未来はあまりいい未来ではないと思うな」

「先生、それは誰にもわからない事だよ」と立木はジッと蠱惑的な目で僕を見た。

「立木ー」と立木は他の部員に呼ばれた。

「呼んでいる」と目をそらそうとしない立木に僕は言った。

「そうだね」

 立木は僕の顔を見続けている。

「これもひとつの予想できない関わりだ。行ってきな」

 立木は黙って僕を流し見て、去っていった。


 部活が終わり、残った業務を終わらせ僕はアパートに帰った。スーパーで買った幕内弁当を食べ、風呂に入り、ベランダでタバコを一本吸った。残火の様な街の灯りの中、立木の言う様に、色々なものが様々に関係し合い、世界は明日へと姿を変えていく。僕は彼女の言葉を頭の中で反芻し、少し笑った。そして部屋に戻り、椅子に腰掛け三上さんの箏を考え始めた。



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