第10話 現場研修

 雅人から、地球防衛隊の棟内での現場訓練の話を聞いた時は、まだ実感が無かった颯天だったが、自分が漠然としていた予想よりも早くその時が迫って来た。


「雅人、ちょっと見てくれよ、制服とか髪型とかおかしくないか?」


 訓練前に、雅人の部屋を訪れ、自分の外観のチェックをしてもらった颯天。


「髪も制服も大丈夫だけど、そのニヤケ顔だけ、何とかならないか?」


 この日をずっと待ち侘びていた颯天にしてみると、嬉しさが隠しようも無く、つい顔も緩まずにいられなかった。


「顔か……それが、地球防衛隊の棟に行けるっていうのが、マジで嬉し過ぎて、いつもの僕の顔が、どんなだったかよく分からないんだ」


「そこまでとは、なんか心配だな~。俺も一緒に付いて行ってあげたいけど」


 雅人は、既に地球防衛隊の予備隊員のように扱われていた。

 雅人の制服のラインは、颯天達訓練生の若草色のラインと、地球防衛隊員の緑の中間色のような翡翠色だった。

 そのラインの違いも含め、地球防衛隊員に近付きつつある雅人の存在が、今の颯天には眩しく感じられた。


「大丈夫だって、顔はこんなだけど、ヘマはしないから! 雅人がもし、何かしでかして、僕らの所に戻って来ても、暖かく迎えるよ」


「縁起でも無い事言うなよ~。俺は、お前らより一歩先に行って、こうして情報をお前に伝える役目を全うしてやるから!」


 その言葉通り、いつしか雅人が訓練生の寮からいなくなり、地球防衛隊の宿舎へと移動させられるのではないかと気がかりな颯天。


「いや、そのうち、僕が追い付いてやるよ!」


「おうっ、その意気、その意気! 行ってこい、颯天! おっと、その前に忘れてた! ズボン脱げよ」


「えっ……?」


 出がけに突拍子も無い事を雅人から言われ、言葉を失った颯天。


「初日は、多分、身体測定と健康診断だよ。また超sup遺伝子の確認検査も有るかも知れないから、念の為、蒙古斑作りしておかないと!」


「そうだな、よくぞ気付いてくれた、雅人!」


 素直にズボンを脱いでから、尻餅を付いた颯天。

 尾骶骨に出来た見事な青あざを確認してから、ズボンを履いた。


「じゃあ、颯天、健闘を祈るよ!」


「ありがとう、雅人! 行って来るよ!」


 訓練棟へ行く颯天を見送ってから、地球防衛隊の棟へ1人向かった雅人。


 雅人を除く訓練生全員が揃うと、一同は移動用の細長いカートに乗り、数キロ先の地球防衛隊の棟へと向かった。

 初めて地球防衛隊の棟へ足を踏み込む颯天は、その広大かつ高層ビル並みの高さに目を奪われた。


(ここが、ずっと憧れ続けた地球防衛隊の棟か。雅人は実力が違うから、僕らより早く出入りしていたけど……こうして、僕も中に入れる時が来るなんて! 現場訓練とはいえ、感慨深いな~)


 颯天は、満面の笑みを浮かべていると、周囲にいた同期の訓練生達から白い目で見られている事に気付いた。


(何だよ、こいつら~! この状態にいて、感動しないのか? まさか、ここに来られて当然と思っているのか? それとも、ポーカーフェイス軍団なのか? 幕居さんは、雅人の邪推が当たっているみたいで、キョロキョロと大和隊員と思しき男性達を物色しているのが分かりやすい。やっぱり、僕にまでプロポーズしたのは、もののついで感覚だったのだろうな)


 落ち着きなく辺りを見渡しているのは、目的こそ寧子とは違っていたが、颯天も同様だった。


(こんな敷地内を歩いていたら、もしかしたら、偶然、透子さんと逢えるかも知れない! どこで会ってもいいように、気持ちを引き締めないと!)


 荒田と結婚を前提にしているという噂を聞いても、まだ透子の事を諦めきれずに、偶然、出会える事に期待している颯天。


 そんな颯天の望みが叶う時が、初日早々やって来た。


 昼休憩時に隊員専用食堂で、同期達が集まり、各々の選んだ定食を食べていると、雅人が入って来た。

 と同時に、雅人の今日の研修先である荒田隊長率いるAグループの隊員達も、ぞろぞろとレストランに入って来た。

 その中には、颯天の憧れの透子の姿も有った。


(こんな初日から、お目にかかれるなんて奇跡みたいだ! 透子さんは、やっぱり、周りが霞んでしまうくらいにキレイな人だな~!)


 期待し続けていた本人をいざ目の当たりにすると、舞い上がる気持ちと緊張感が同時に颯天を襲った。

 雅人は、Aグループの隊員達と同席するものと思っていたが、予想外にも同席を断り、颯天の横の空いている席にやって来た。


「お疲れ~! 和定食1にしたのか、俺もそれ、注文してくるわ」


 颯天の注文した定食をチラッと見てから、自分もそれに決めた様子の雅人。

 颯天は、念願の地球防衛隊の棟に現場研修で来られたものの、先に研修を進めていた雅人とは、既に距離感が開き、気軽に話せないような懸念も有った。

 が、すんなりと雅人の方から声をかけられ、そんな不安は吹っ飛んだ颯天。


「颯天、どうだった? 生で見た新見さんは?」


 定食を持って戻って来るなり、颯天の腕を肘で突いて来た雅人。


「えっ、どうって? やっぱり、ポスターより実物の方が何倍もキレイだな~って感動した!」


「だろ? 俺も、生で花蓮ちゃん見た時には、感激したよ~。まだ、研修先のグループが違うから、花蓮ちゃんとはあまり話せてないけど」


「あまり話せてないって事は、もう話したのか?」


 颯天にとっては、実物を見た今でも、まだ雲の上の人のような存在の荒田や透子や花蓮。

 その花蓮と研修先のグループが違っているにも関わらず、話す機会が有ったという事が、颯天にとっては信じ難かった。


「まだ一言二言、ほんの挨拶程度だって。同じグループの研修だったら、もう少し話せそうだけど」


「いいな~、僕にも、透子さんと話せる機会が来るかな~?」


 地球防衛隊の現場研修中に、他の隊員はともかく、透子との接近だけを期待している颯天。

 ちょうど視界に入りやすい位置にいる透子の姿を追いながら、空腹を埋められるという至福の時間を過ごしていた。

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