脱ニート! 祝もふもふ係就任!

「サヤはもしかすると、癒やし手の可能性があるな」

「……癒やし手?」


 なんでこっちじっと見てくるんだろう、髪に変なものでもついてるかな……とそわそわ頭をいじり回していた私は、団長アーロン氏の言葉に首を傾げる。


 アーロン氏は頷き、自らの掌をこちらに向けて見せた。


「サヤは魔法のことを知っていたが、魔法のない世界で生きてきたのだろう? 魔法には色々あるが、まず最初に習う基本の魔法は、手から魔力を放出することなんだ」

「へー、そうなんですね……あっ、そうか! 前にスマホを充電していただきました。あの目覚めるハンドパワーが魔法ってことなんですね!?」

「目覚めるハンド……? まあ、確かに以前、きみから渡された魔道装置に魔力を付与したことがあったな。あれは確かに、手から魔力付与を行った」


 私はそそくさと懐からスマホを出――そうとしたけど、ここは城内バルコニー、部屋の留守番任務を与えたスマホはない。


 持ち歩きたかったら手に持つ必要があるからなあ。異世界の服は見た目もいい上に動きやすく、着心地も最高だ。とはいえ、女性服にスマホやら財布やらを気軽に突っ込めるようなポケットが存在していないことは、こちらの世界でも共通らしい。


 まあ肩掛け鞄を貰うとか色々やり方は考えられたけど、そこまで頑張ってまで四六時中お供させようとは思わなかったのだな。だってオフライン端末だもの。メモ帳機能とか使えるでしょ? すみません、自分、メモするならタッチパネルより紙とペンのがやりやすいってアナログ人間でして……。


 しかしそうか、異世界転移して、私にも夢の魔法行使権が備わったのか……! と感動しかけたが、あれ? とすぐに首を捻る。


「えっと……魔法って、この世界の方なら普通に使えるもので、皆様手からエネルギーを出すことが自然にできるのですよね? じゃあ、他の人にもできることなのでは……」


 なんか団長アーロン氏のリアクション的に、私がもふ竜様のポンポンをハンドパワーポンポンできたのって特別なことなのかい!? ってテンション上がった。

 でもハンドパワーが魔法の基本って話なら、もふ竜様のお許しさえ得られれば、皆できるんじゃない? というかそれこそ竜騎士の皆さんのお仕事なり日課なりの一つなんじゃないの? 


 しかしアーロン氏は緩やかに首を振る。


「俺がきみの持ち物に魔力付与ができたのは、あれが魔石と似たようなものだったからだ。魔石は魔力を吸収し、ため込む性質がある。魔石に魔力を注ぐのは、いわば空の器に水を注ぐようなものだ。それなら魔法の素養がある人間なら、誰にでもできる」


 我がスマホ、まさかの異世界適性。そこまで頑張れるのになぜネット通信だけは無理なのか。


 いや冷静になれ私。ここ、異世界。次元の狭間の向こう側。そもそも一人間が健康体のまま渡って来れたことが奇跡。スマホさん、壊れないでくれてありがとう。たぶんもうちょい私が頭回るならオフラインの君でも使い方を色々思いつくんだろうけど、ごめんな、ポンコツアラサーで……。


「……しかし、元々魔力のある生物相手となると、話は変わる。魔力の相性なんかもあるからな。慰術が使える人間の数はそう多くはないし、まして竜相手となると……」


 私がスマホへの思いを馳せている間にも、アーロン氏の説明は続いていた。


 え? やっぱりもふ竜様のポンポンをヒーリングポンポンできる人間は稀ってことですか!? や、やだなあ、割と嬉しくなっちゃうじゃないか……顔がにやけてしまいそうだから、ほっぺた叩いておこう。


「サヤは珍しい、竜の癒やし手なのだと思う。あの気難しいグリンダが真っ先に心を許して、不調の腹まで撫でさせたんだ。きみが嫌でないなら、これから他の竜達のことも見てやってほしいが……」

「それって私、もふ竜様達のお世話係になっていいってことですか!? はいもちろん、喜んで!」


 なんと渡りに船。暇を持て余して「なんかやることないのかな……」と思い始めていた矢先に、大好きなもふもふ様ともっと接触できるご褒美を貰ってしまってよいのでしょうか!?


 私が二つ返事で了承すると、しかし今までしずかーにちょっと離れた場所で付き添いしてくださっていたマイアさんが手を上げる。


「アーロン様、一つ確認を。今のお言葉は、サヤ様を見習い竜騎士に迎えたいとおっしゃっているのでしょうか?」

「いや……見習いというより、竜の世話を手伝ってもらいたいというか……」

「ということは、竜医、ないし竜医見習いということでしょうか。確かに絶対数が不足している役職ですし、適性があるサヤ様にしていただけることなら、我々としてこれ以上都合のいいことはありません。それで、恐れ多くも訪問者様であるサヤ様に、無償奉仕をしろと要請していらっしゃるのですか?」

「そのつもりはなかったが……」


 あ、あれえ!? マイアさんがどうやら私のことをめちゃくちゃ考えてくれているらしいってことは伝わってきたけど、どうしてこんな険悪なムードに!?


「マイアさん、私はむしろ異世界ニート申し訳ないって思っていたので、何かしろということであれば喜んで――」

「サヤ様。サヤ様は訪問者様でいらっしゃいます。訪問者はお客様であり、訪問者の専属侍女を命じられたわたくしは、サヤ様が快適に過ごすようあらゆる手配を怠らないことが使命と考えております」


 美人のマジ顔もすっげえ美人。

 えっと、でもなんか……なんか色々ふんわりした自分で申し訳ないが、なんて言えば伝わるだろう。考えろ。最近色々モヤモヤして、せっかくチャンスが来たって思ったんだ。このまま「やっぱり訪問者には引きこもってもらわないと」ってなったら、その方が困るし本意じゃない。


「あの、マイアさん……私、突然こちらの世界に来てしまって、もう帰れないんですよね。だったらこちらの世界で、いつまでもお客さん気分なのもどうかなって思うんです。えっと……私にできることなら、ちゃんとしたいというか……」

「……つまりサヤは、働きたいということだろうか?」

「そ、そういうことになるのかな……?」


 団長アーロン氏の言葉に、マイアさんはため息を吐き出し、固くこわばっていた表情を緩ませた。


「承知いたしました。であれば、アーロン様はサヤ様と、業務内容や労働条件をきちんと確認なさいませんとね」

「そうだな。この世界の人間を雇うのと同じように、手続きを踏まなければ。ありがとう、マイア。かつて聖女を使い捨てた人間達と、同じことをするところだった……」

「いえいえ。わたくしも言葉が過ぎました。申し訳ございません」


 あー……なるほど、先人達の中には私よりもっとすごい力に目覚めた結果、「いいよいいよ! 役に立つなら!」って張り切りすぎて過労死した人でもいたのかな。だからその辺、線引きはしようねと。


 現代日本でついつい「あー、やっときますね」って言いがちで体調崩したりとかもあった私、己を反省。本当に、しっかりした人がいてくれてよかった。


 そして改めて、異世界新入社員サヤ、人間ももふ竜も皆ハッピーになるように、お仕事頑張るぞ!

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