異世界来た。イケメンいた。ドラゴンが……モフモフナンデ!?

 ちょっぴり時を遡って、異世界に来たときのことを思い出してみる。



 現代での私は、三十過ぎて、失望もなければ、大望もなし。そんなごくありふれた日本人だった。

 貯金はそこそこ、彼氏はいない。都内のワンルームにてお一人様を満喫中。


 ある日、気晴らしにコンビニで甘い物でも買おうと思って家を出た。そしたら異世界に落ちた。感覚的には、マンホール開いてるのに気がつかずそのまま踏み出して、すとーん、みたいな感じでしたね。


 ええーこの死因はないわーどういう引きよ、年末の宝くじは当たらないのにな!

 って思いながら意識を飛ばしたら、なんか次に起きたとき、青い空を見上げてた。


 あれ? 草むらに大の字? なんぞ? って混乱しながら見回したら、なんか外国の騎士っぽい格好をした人達が、こちらを困った顔で見ている。

 ……ってなんだね君たち、どいつもこいつも顔面がどちゃくそにいいな。びっくりして一気に覚醒したじゃないか。


 さて、目が冴えたらなんとなく状況がわかった。たぶんこれ、二次元でN回見たあれだ。実際にマジで異世界来ちゃったのか、そんな感じの夢を見ているのかは、ちょっとまだわからないけど。


 しかしそうかあ、ついにアラサーも選ばれし異世界行きの切符を手にしちゃったかあ。ちょっとわくわくしながら見下ろしたら、これでもかというほどの油断満載普段着が目に入る。

 オゥジーザス、ちょっとコンビニに行くだけのつもりだったからね……ジーンズはともかく、ネタで買ったダサTシャツと共に転移かーそうかー。


 こんなことなら、ばっちりメイクきめて一張羅に身を包み、避難グッズと共に家を出るのだった。いや、ジーンズはね、動きやすいからいいと思うんだけど。


 さて、そんなことより村人……いや騎士様第一号との異文化交流だ。

 パン、と頬に手を当て気合いを入れ直す。


 異世界転移とくれば、次のお約束は世界救済、あるいはモブトリップ。まあ他にも色々パターンあるけど、この普通に考えたら需要のないアラサーが召喚? されるなら、大体そのどっちかでしょ。


 さあ来い、アラサーに聖女プレイをご所望か! それとも女子高生の壁役をつとめろと言うのかね、いいとも黒髪美少女を出したまえ!


 気合い入れて身構えると、騎士の皆さんのうち、金髪碧眼の男性……いかにも王子様という風情の男性が口を開く。


「その、寝起きに大変申し訳ないのだが……そもそもこちらの言葉は通じているか?」

「…………。あ。えと。うん。あ、あ、めっちゃわかります、大丈夫です」

「そうか。ではどこか痛む場所は? 気分は悪くないか?」

「あっ、あっ、その、えっと、全然大丈夫です、ピンピンしております……」


 神よ、異世界は優しさでできていた。言語の壁がない上に最初の遭遇相手が体調を気遣ってくれる系美男子というイージーモードで本当にありがとう。ピチピチ十代ならともかく、アラサーで一から言語習得やり直せは、正直しんどいですからね。

 まあこの後掌返される準備もちょっとはしておきますけどね!


 しかし、見た目日本人じゃない人が流暢な日本語しゃべり出すって、一瞬頭が処理落ちする。おかげで記念すべき異世界交流第一声が、どうあがいてもコミュ障になってしまったな。もっとコンビニ店員さんと練習しておくべきだった。


 さて、ひとまず意思疎通が可能である確認が取れると、あちら側にもほっとした空気が流れた。今度は髪の色が濃くて、団長さんとか呼ばれてそうな男気溢れるマッチョメンが口を開く。


「元気だってんなら何よりだな。んで、次は何から聞いたもんかねえ……嬢ちゃんあんた、状況はどんぐらい理解できてる?」

「あぅっ、えっ、その……たぶんここが異世界で、私は転移してきたのかなって、思ってましゅ……」

「わあ、やっぱり訪問者様なんですね! すごいや……!」


 手を合わせて喜ぶのは銀髪の美少年。一行の中で一番軽装に見えるし、どう見ても年下だ。彼はこう、騎士の見習いというところではなかろうか? などと推測する。


 しかしいかにも陰キャなしゃべり方をしてしまった上に噛んだ。本当コンビニ店員さんともっと交流を深めておくんだった。


 それにしても“訪問者”か。たぶんさっき美少年が漏らした言葉が、この世界での転移者を表す言葉なんだろう。言葉があるってことは、同時代かはともかく、先人がいるような世界だってこと。


 ここでもイージーモードでありがとう神様。そしてそろそろ、この美男子一行の正体と当面の私との関係性も、探っていかねばなるまいな。


「あの、その、差し支えなければ、皆様はどういったお方なのか、おうかがいしても……?」

「すまない、まず最初に言っておくべきだった。私はアーロン。エルステリア王国竜騎士団の団長だ。ここには訪問者殿を保護する任務で来ている。あなたのお名前を聞いても良いだろうか」

「あ、えっと石井……じゃなくて、沙耶です。名前はサヤ」


 ふう、しばらくは話し始めに「あ」をつけないとしゃべれない呪いから解放されなさそうだぜ。困ったもんだな。白目。


 そして私の耳は聞き逃さなかった。騎士団! やっぱりファンタジーワールドならいてほしいよね、ドラゴン。名前に竜ついてるだけで実際に騎竜するわけじゃないパターンもあるから、ちょっとまだわからないけど。


 しかしそうかあ、ドラゴン……へへへ、剣と魔法とドラゴンかあ……。


「へえ、訪問者って魔法のない世界から来るって聞いてたが、嬢ちゃんはドラゴンのことまで知ってんのか?」


 マッチョメン騎士が首を傾げて呟いている。


 あれえ、今これ思考だけしてるつもりだったけど、うっかり途中から口にも出してたパターンかな!?

 彼らは今のところものすごく友好的だけど、ここは異世界なのだ。ちょっと非日常にテンション爆上がりで、意識弛みすぎているかもしれない。しっかりしないと、私。


「団長、竜のことをもうご存じなんだったら、ここに呼んでも大丈夫なんじゃないですかね。その方が移動速いし?」


 私が反省している間に、美少年が朗らかに王子――ええとアーロンさんに言っている。

 おおう、なんと、早速ご対面!? このイケメン集団、マジで騎竜できるタイプの竜騎士の皆さんだったのですか。そして今から異世界が異世界らしさと言っても過言ではない要素の一つ、ドラゴンさんに今から会えると!


 私がめちゃくちゃわくわくしていると、アーロンさんは美少年に頷き、笛のようなものを取り出した。他の騎士達も同じように構え、一斉に音が鳴る。



 まもなく雲一つない空の青に、別の色が混じった。白、赤、黄、グレー? あとは青……結構カラフルな集団が、まもなく羽音を立てて地上に舞い降りる。


 四つ足に翼を持ち、大きな体で空を飛ぶ。頭には立派な角。確かにやってきた生き物は竜に違いない。


 けれど私は目をガン開きにして放心しかけていた。


(毛がある……めっちゃもふもふしてるじゃん!!)


 ――ちなみに後日聞いたところ、竜っていきなり大きい音を出すの、駄目な生き物らしいので。

 このとき叫ばずに心の中だけで絶叫を済ませた私、ちょっと偉かったと思うんだ。

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