第143話 お出かけ準備は早め早めに

 花楓かえでが帰ってくる日、寂しかったであろう彼女のためにささやかながらおかえり会でもしてあげよう。

 そんなことを考えて買い物に行く準備をしていると、ちょうどカバンに入れようとしていたスマホが短く震えた。

 玲奈れいなからかと思ったが、確認してみれば送信者は陽葵ひまり先輩ではないか。

 今日は部活がある日でもない……と言うか、夏休み中に活動する予定は無いはずだが、あの人のことだから家に引き篭っているのだろう。

 そろそろ人に会いたい気分になって、唯一話せる自分に連絡をした。

 だいたいそんなところだと思いながらメッセージを開いてみると、意外なことに用件は『デートしませんか?』とのこと。

 夏の暑さでおかしくなったのかもしれない。おそらく、あの人は玲奈が本物の恋人ではないと知っているから、からかってきているだけだとは思うが。


『急にどうしたんですか』

『この前、海に行く話をしたじゃないですか?』

『ああ、忘れてました』

『そのために用意しないといけないものがあって、一緒に行く姉川あねかわくんにも付き合って欲しいなと』

『そういうことですか。分かりました、ちょうど出かけようと思ってたので今から行きます』

『駅前の広場で待ってますね』


 最後のメッセージを見てスマホをカバンに入れた瑞斗みずとは、急いで外行き用の服に着替えて部屋を出る。

 そして、リビングで煎餅をバリバリ食べていたハハーンに「花楓のためにおかえり会をする」と伝えてお小遣いを頂戴した。


「……息子よ。ただの買い物の割には綺麗な格好をしているようだな」

「買い物ついでに部活の先輩と会う約束してるから」

「なるほど、女か」

「女って言い方やめてよ。ていうか、なんでちょっとハードボイルド感出してるの」

「これがお母さんのマイブームなのよ」

「そうでございますか」


 どこから取り出したのか、サングラスまで掛け始めた母親に背中を向け、「行ってきます」の声と共に玄関の扉を開けて家を出る。

 先輩は先に着いているかもしれないし、あまり待たせることになったら申し訳ない。

 瑞斗は心の中でそう呟きながら、歩みを少しだけ早めて真っ直ぐに駅まで向かった。

 10分もしないうちに到着した彼は周囲を見回すが、どうやらまだ到着していないらしい。

 早歩き損ではあったが、どうせゴロゴロするだけの時間を人のために使えるなら悪くは無い。

 モニュメントとして置かれている石のオブジェクトに背中を預けると、ちょうど日陰にあるからか暑さにも関わらずひんやりとして心地いい。

 もうしばらくこうしていたいとため息をこぼした矢先、小走りでやってきた人物が「お待たせしました!」と声を掛けてくる。

 ウトウトしていた瞼を開いて見てみれば、まず視線を吸われたのは身に纏うワンピース全体の白さ。

 いわゆる清楚系と言うやつだろう、ジャラジャラとした装飾なんてされていないのにキラキラと輝いて見えた。


「先輩……」

「どうかしましたか? もしかして、待たせ過ぎて疲れちゃいました?」

「いや、さっき来たところです。それにしても、お嬢様感すごいですね」

「そんなんじゃないですよ。あ、ぼっちな先輩が白いワンピースなんて生意気でしたか?」

「どこの半グレですか、そんなこと言いませんよ。むしろ明るい色の方が似合ってるなって」

「……ふふ、口説こうとしても先輩はそんな簡単に負けてあげませんよ?」

「そういうつもりじゃないですけど」


 彼女がクスリと口元に手を添えて笑うと、ノースリーブから露出した二の腕や色白の肌に目が向く。

 こんな格好をしても尚焼けていないのは、ズボラそうに見えて意外と気を遣っているからかもしれない。女の子って大変だ。

 瑞斗はそんなことを思いつつ、日に照らされた先輩の頭を見て自分の方へと引き寄せた。

 それから被っていた帽子を脱ぐと、そっと熱を帯びている黒髪に被せてあげる。


「今年の夏は暑いみたいですから、頭はちゃんと守ってください。その格好にこの帽子じゃ、不釣り合いかもしれませんけど」

「心配してくれるんですか?」

「……演技ですよ、ご両親に嘘がバレないための」

「なるほど。その優しさは作れるものでは無いと思いますけどね」


 そう言ってくすくすと笑った彼女が、カバンの中に折りたたみの日傘が入っているのを秘密にしたことは言うまでもない。

 今はただ、頭の上に乗っている帽子を少し深めに被って、緩んでしまう頬を微笑みの中に隠すだけだった。

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