第86話 自分を信じられなくなったらもう最後

 あれからどうしても着いて行くと言って聞かない花楓かえでを仕方なく連れ、玲奈れいなの寄りたい場所にやってきた。

 そこは最寄りのショッピングモールの一角にある靴屋さん。元々は普通の大きさの店だったものの、最近お隣同士だった3店舗が壁を取り払って合併。

 スニーカー専門店、女性靴専門店、ビジネスシューズ専門店が合わさった、究極の靴屋へと進化したんだとか。


「どうして靴屋さんに来たの?」

「明日は私服で集合でしょう? 最近靴を買ってなかったから、この機会に新品を履いていこうと思ったのよ」

「だったら一人で選びに来ればいいのに」

「分かってないわね。こういうのは彼氏に選んでもらって、それを否定しながら決めるのが楽しいの」

「否定される前提なんだ……」

「それが嫌なら、私の好みについて勉強しておくべきだったわね」


 ふっと鼻で笑いながら入店する玲奈に、瑞斗みずとは深いため息を零す。人間、誰しも認められないと分かっていて何かに挑むのは憂鬱だ。

 花楓にまで同情の目を向けられてしまうし、今日はあまりいい一日ではないらしい。

 まあ、連れてこられてしまったものは仕方が無いので、ここから先は自分のメンタルを守るためにも、必死で玲奈の心を読む時間になりそうだが。


「さてと、これとこれならどっちがいいかしら」


 早足で追いついた矢先、いきなり質問を投げかけてきた彼女の手に持たれているのは、赤いハイヒールと黒いハイヒール。

 どう考えても明日履いていく靴ではないだろうが、肩慣らしだと思えば悪くは無い。

 ハイヒールは色が違うだけで、デザインはどちらも同じらしい。女性と言えば赤のイメージはあるが、玲奈に似合うものと考えるとその逆だった。


「黒いハイヒール」

「残念、今日の私は普段履かない靴がいい気分なの。赤色の方が気に入ってるわ」


 あっさりと不正解を告げ、次の靴を探しに行く玲奈。駆け出しから既に心にヒビが入った音が聞こえたが、グッと堪えて足を前へ動かす。

 『気分なんて分からないに決まってる』という言葉は腹の中だけで響かせることにして、すぐに玲奈へと追いついた。


「さあ、どっち」


 2問目は色は同じでかかと部分の高さが違うビジネスシューズ。一方はほとんど差はないベタっとした靴で、もう一方は通常より分厚く作られている。

 どちらも玲奈が履くにしては大きすぎる気もするが、これは第一印象に任せて間違いない。

 何せビジネスシューズは仕事で使うもの。相手から綺麗に見えるかどうかが重要視されるのだ。


「かかとが厚―――――――」

「はい、不正解。私、地面をしっかり感じることの出来る靴が好きなの」


 またもや不正解。しかも、今回は答えすら遮られた。苛立ちだとかムカムカなんてものは通り過ぎて、無性に自分が虚しく思えてくる。

 心は数秒前にポッキリ折れた。第3問目を出されても、しばらくは答えられそうになかった。

 そんな彼の姿を見ていたのだろう。どこかへトコトコ走って行った花楓が、両手に靴を持って戻ってくると「みーくんに問題!」と宣言をする。


「いいよ、僕にはどうせ当てられないんだ……」

「ものすごく自己肯定感が下がってる?! すごく簡単な問題だから、ね?」

「僕に女心なんて……」

「ああ、みーくんに当てて欲しいなぁー!」


 そこまで言うならと仕方なく顔を上げた瑞斗に、彼女は随分と印象の違う靴を見せてくる。

 片や「お固くて重くて大きすぎる革靴」、片や「すごく可愛くて履きやすいスニーカー」とのこと。

 この場合、どう考えても後者が正解に違いないが、自分の判断を信じられなくなっている瑞斗にとって、その当たり前という感覚が毒だった。


「スニーカー? いや、逆に革靴……いやいや、スニーカーに決まって……」

「み、みーくん?」

「革靴だ。僕がスニーカーだと思ってるから、逆をついて革靴なんだよ」

「……せ、せいかーい!」

「今の間、僕を悲しませないようにわざと正解を入れ替えたよね。やっぱり僕なんて……」


 その後、しばらく落ち込みモードになってしまった瑞斗は、戻ってきた玲奈に耳を引っ張られてようやく正気を取り戻したのであった。

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