第87話 何を選ぶかより、いかに悩むかの気持ちが大事

「さて、これまであなたの判断能力を試してきたのだけれど、次がようやく最後の質問よ」


 そう言いながらイスに腰かける瑞斗みずとを見下ろす玲奈れいなは、両手に持っていた靴を肩の高さで掲げる。

 これまで百戦連敗とまでは言わずとも、15回ほど試されて全て外してきた彼の精神力はもう残されていない。

 そんなHPはもうゼロよ状態でも顔を上げてしまうのだから、買い物に付き合わされる彼氏というのは悲しい生き物である。偽物だけれど。


「迷彩柄のスニーカーと白いスニーカー。どっちが私に似合うかしら」


 それらの大きさはおそらく同じ、メーカーは分からないが形状や材質もそう変わりない。

 そうなるの判断材料は色に絞られる。そして質問はどちらが似合うか、他に答えは求められていない。

 ここを間違えれば最後、瑞斗は今後二度と女の子と買い物デートが出来なくなるだろう。何せ、こんなにもトラウマを植え付けられたのだから。

 しかし、もしもここで正解することが出来たなら、まだ買い物デートに夢を見る無垢なあの頃に戻れるかもしれなかった。

 そんな希望の光を掴もうと伸ばした手の指先が、コツンと靴のつま先部分に当たる。

 その感覚が、どこにも落ち着こうとしない体を強引に現実へと引き戻してくれた気がした。

 ……ああ、ここから見える景色はいつからこんなにも色に溢れていたんだろう。

 そんな心の声は言葉になることはなく、瑞斗は代わりに「しろ」の2文字を呟いた。


「そう、白なのね。あなた――――――――」

鈴木すずきさんに似合うのは白だよ。でも、今の僕は迷彩柄を選ぶことを勧めるね」

「……理由は?」

「明日履く靴を探しに来たって言ってたから。公園で何するか分からないのに、白いスニーカーは汚れが目立つ」


 もはや賭けだった。心のどこかでは玲奈の言った冗談通り、どちらを選んでも不正解だと拒絶されるのではないかと思っていたから。

 けれど、グッと拳を握りしめてから数秒後、パチパチと聞こえてきた拍手の音に全身の力が抜ける。

 玲奈は微笑んでいた。「私の求めていた答えね」という賞賛の言葉を掛けてくれたのだ。


「間違いじゃ……ない……?」

「何よ、私が意地悪で不正解にしてるとでも思ったの? 女心は複雑なの、簡単に理解出来るなんて思い込みはナンセンスよ」

「鈴木さん……」

「それじゃあ、ご褒美にこれ」


 にっこりと笑いながら迷彩スニーカーを差し出す彼女に「え、くれるの?」と聞くと、「私にプレゼントさせてあげるのよ」と返された。

 疲れ果てて脳が働いていない彼にそれを冗談だと察する余力はなく、慌てて財布の中身を確認して固まったところでようやく種明かし。

 瑞斗の新たな一面を知れてご満悦な玲奈に大笑いされたことは言うまでもない。


「みーくんみーくん」

「ん?」

「実は、花楓も全問不正解だったから安心して」

「そうだったんだ、何だか救われた気がするよ」

「えへへ。ずっと一緒にいたから趣味が似たのかな」

「花楓は勉強が嫌いだからそれはないと思う」

「勉強は関係ないもん!」

「じゃあ、僕が賢い人が好きって言ったら?」

「全人類の知能を私より低くする」

「向上心、ドブに捨てたのかな」


 まあ、そんな悪魔のような計画が実行出来るとしたら、既に頭が良くなっているに違いないので無駄過ぎるのだけれど。

 瑞斗は心の中でそう呟きつつ、会計を終えて出てきた玲奈と並んでショッピングモールの出口へと足を向けた。

 今日の目的はこれだけらしいので、あとは帰って既に終えている明日の準備に不備がないかのチェックをして寝るだけだろう。


「そう言えば、花楓は靴買わなくてよかったの?」

「え、どうして?」

「だって、この前スニーカーの紐が切れたって言ってたから。他に靴持ってるならいいけどさ」

「…………みーくん、もう一回付き合ってくれる?」


 上目遣いで訴えかけてくる彼女の頼みを断るのは、彼にはあまりにも難しすぎた。

 それを察してくれたのだろうか。それとも、自分も付き合わせたという気持ちがあるからか。

 チラッと目配せをした玲奈が仕方ないという顔をするのを確認して、瑞斗が「練習問題はなしだからね」と了承したことはもちろんのことである。

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