第84話 グループ作りは戦場、汚物は消毒

 席替えの結果から言うと、花楓かえでは残念ながら一番前の列だった。

 彼女も反旗を翻した者の一人ではあったものの、あっさりと鎮圧されて今はしゅんとしている。

 玲奈れいなはと言うと、正反対に一番後ろの列の窓側から二番目。多くの学生が羨ましがる位置を見事に獲得した。

 そして瑞斗はと言うと―――――――――――。


「あそこ、カップルで隣同士だぜ?」

「羨ましいんですけど」

「拙者も憧れるですな」


 クラスメイトたちのコソコソからも分かる通り、瑞斗は玲奈の隣。それも以前と同じ窓際の神席である。

 これは天が味方をしていると言わざるを得ない。神様仏様机様、道端に落ちている石ころにさえ感謝の念が湧いてきた。


「……でも、隣が鈴木すずきさんなのはなぁ」

「何よ、不満だと言いたいの? 私はあなたが隣で良かったと思ったのだけれど」

「へえ」

「少しは照れたりしなさいよ」

「はいはい、僕も嬉しいよ」

「……」

「痛い、すごく嬉しいから頬をつねらないで」

「ふん。初めから素直になっておけばいいのよ」


 玲奈は子供のような不機嫌さでぷいっと顔を背けると、自分の席に座って脚を組む。

 その時に若干上がったスカートから覗く太ももに視線を吸われそうになるが、何とか自分を自制してチラ見だけに留めておいた。

 そんな葛藤を知ってか知らずしてか、彼女が反応を楽しむように口角を上げていたところを見るに、見られた側は意外と気付いているという話は本当らしい。


「あなた、本当に脚が好きね」

「別にそういう訳じゃないよ」

「じゃあ、脚が好きなのかしら」

「教室で聞くなんて意地悪過ぎる」

「彼氏なら答えはひとつしかないと思うけれど?」

「もちろん鈴木さん以外の脚に興味はないよ」

「はい、よく言えました」


 満足げに頷く玲奈だけに聞こえる声で「もう少し優しければなぁ」と呟いた直後、思いっきりつま先を踏まれた。

 当たりどころが悪ければ小指くらい折られたかもしれない。瑞斗は何食わぬ顔で前を向いている彼女の横顔に震えると、先程と同じ声量で「すみませんでした」と口にして押し黙る。

 次は首をやられるかもしれないと思うと、少なくともひしひしと感じるこの静かな怒りが静まるまでは、大人しくするのが賢い選択だと本能が言っているのだ。


「席替えが終わったところで、次の内容に移る。もうすぐ遠足があるのは知ってるな?」


 岩住いわずみ先生の言葉に、教室が少しザワついてまたしんと静まり返る。

 遠足と言うと小学校のような幼いイメージになりがちだが、イメージとしてはそう離れてはいないので問題は無い。

 ここから遠くない大きな公園に行き、遊んだり店で何かを食べたりと、勉学とは離れた場でクラスの仲間と交流するらしい。

 新しいクラスになって遅めの親睦会的な役割らしく、仲のいい人はもっと仲良く、輪に加われていない人とは友達になろうという機会だ。

 一人でいるのが苦ではない瑞斗からすれば、学校側の余計なお世話ではあるが、楽しみにしている人がいるのも知っているので言葉にはしない。

 ただただ、心の中で『サボりたいな』と呟いて、昨日までと同じ窓の外の景色を眺めるのである。


「遠足は4人班で行動してもらう。ワシは男女別を提案したかったが、生徒には自主性が大事だと思ってな。男女混合でいいぞ」


 先生のその一言で、あからさまに目を光らせた人物がいたのを彼も察した。

 彼ら彼女らは若干腰を浮かせると、「さあ、決めてくれ」の一言で密かにスナイプしていた標的へと素早く移動していく。

 のんびりとしていた瑞斗がようやく立ち上がった時には半分ほどの班が完成していて、残りはほとんどが勧誘に苦戦している者たち。

 その内の数人は玲奈の元へと群がっていて、彼女は困り顔をしながらあからさまにこちらへ視線を送ってきていた。


「はいはい。鈴木さんは僕のだから、他の男子とは組まないって言ってるよ」

「ちぇ、姉川あねかわより俺の方がイケてるのによぉ」

「こっちと組んだ方が楽しませれるってのにな」

「はあ、他を当るしかねぇか」

「僕よりイケてるからすぐ見つかると思うよー」


 男共は適当に追いやり、彼は玲奈と目を合わせて小さく頷く。告白ガードマンとして偽恋人を始めたが、確かにこれも偽彼氏の役目ではある。

 そう頭の中のメモ帳に書き込んでいると、微かに笑った玲奈が「私は瑞斗君の方が気に入ってるわよ」と口元に手を当てながら言った。


「それは良かった、クビにならずに済みそうだから」

「あなたが彼氏をクビになる時は、きっと私が何も信じられなくなった時でしょうね」

「僕のことは最後まで信じると?」

「ええ。それが恋人だもの」


 そんな彼女の姿に、瑞斗が『こういうところが憎めないんだよなぁ』と心の中で呟いたことは彼だけの秘密である。

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