第52話 盗み聞きと激おこ

 盗み聞きしていたことがバレてしまった玲奈れいなは、珍しくしゅんとして俯いている。

 そもそも聞かれていることが分かっていたからこそ、日奈ひなはわざわざあんな挑発するようなことをしたはず。

 それがわかっていた瑞斗みずとは日奈の方へと視線を向けるが、彼女は玲奈が床を見ているのをいいことに、何か面白いことでもしているかのように悪い笑みを浮かべながら妹を見下ろしていた。


「お姉ちゃんの話を盗み聞きするなんて、レイちゃんはいつからそんな悪い子になったのかしら」

「でも、それは……」

「私が瑞斗くんを誘惑してたから?」

「そ、その通りでしょう?!」

「レイちゃんは声を聞いただけ。実際どうだったかは知らないはずよね」

「くっ……」


 さすがの玲奈もお姉さんには勝てないようで、屁理屈とも言える文言に上手く丸め込まれかけている。

 先程のアレが瑞斗が玲奈をどう思っているのかを確かめるためのハッタリだったとしても、確かに誘惑されたことは事実。

 ここは玲奈に肩入れするべきかと考えていた瑞斗だったが、直後に聞こえてきた「冗談冗談♪」という言葉に伸びかけていた手を引っ込めた。


「お姉ちゃんは瑞斗くんをレイちゃんの正式な彼氏として認めました〜ドンドンパフパフ♪」

「……へ?」

「彼はレイちゃん一筋、お姉ちゃんは興味がないって言われちゃった」

「そ、そうなの?」

「これにてシスターズチェックは終了!」


 おめでとうなんて言いながら拍手をしてくれるお姉さんに、瑞斗は偽物なのになと少し罪悪感を抱きつつも、無事合格出来たことに心からホッとため息をこぼす。


「レイちゃんの初彼氏、お祝いしなくちゃね!」

「大袈裟過ぎるわよ」

「ケーキは用意してないけど、乾杯くらいはしたいなぁ〜」

「はいはい、ジュース持ってくるから」


 何だかんだ玲奈も、自分のことのように喜んでくれる姿が嬉しかったらしい。微かに口元を緩めながらそう言うと、小走りで部屋から出ていく。

 これにて本日の任務も完了、後は飲むものを飲んで退散させてもらえばいいだけだ。

 そんな気持ちでようやく訪れた安寧の時間を満喫しようとしていると、先にテーブルの近くに腰を下ろしていた日奈が手招きをしてきた。

 またからかわれるのではないかと身構えつつも、これから楽しい場だと言うのに空気を悪くはしたくない。

 大人しく隣に座ってみると、彼女はポツリと独り言のように呟き始めた。


「さっきのあの子の顔、すごく嬉しそうだったね」

「……ええ、まあ」

「レイちゃんは素直になるのが苦手な子なの」

「そうですか?」

「数年数ヶ月の付き合いじゃ分からないかもね。あの子の本当の気持ちは、お姉さんでも全部はわかってあげられないと思う」


 日奈は「だから……」と言葉を続けると、横目でこちらを見つめる。その瞳を見た瞬間、瑞斗は不思議と背筋が伸びた。まるで―――――――。


「だから、分かってあげられた分の笑顔だけは守りたいの。もしも壊したら、君でも絶対に許さない」


 ――――――全てを見透かさんとしているように感じられたから。


「そんな怖気づかないでよ。浮気なんてしたら激おこしちゃうってだけだからさ?」

「もちろん、浮気なんてしませんよ」

「男はみんなそう言う」

「日奈さん……?」

「……あはは、冗談冗談♪」


 その時見えた笑顔の裏側の暗い何かに、瑞斗がただただ無言で頷くことしか出来なかったことは言うまでもない。

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