第45話 猫好きはみんな友達

 偽恋人になる覚悟を改めて決めた後、瑞斗みずとは、元の目的通りに寄り道をすることになった。

 高校生の寄り道と言えば、ついついセイレーンが描かれた看板のオシャレなお店だとか、コンビニなんかを想像してしまう。

 ただ、玲奈れいなが向かったのは住宅街。隠れ家的な喫茶店はあれど、恋人同士が顔を出すのに向いたお店は見当たらなかった。


「ねえ、どこまで行くの?」

「もう少しよ」


 この気休め程度の返事も既に三回目。大まかに言えば家の方には進んでいるが、だいぶ遠回りに歩いている。

 そもそも、こんな普通の住宅街に何の用があるのかも分からないし、聞いても教えてくれない。

 いくら演技の質を上げるために仲良くなることが目的とはいえ、瑞斗もいい加減痺れを切らしそうになったちょうどその時。


「着いたわ」


 そう言われて、込み上げてきていた何かが腹の奥へと引っ込んでいく。

 それと入れ替わりで零れ出たのは、「あ、ねこ……」という呟き。足を止めた場所の前にあった家の窓から、3匹の猫が顔を覗かせていたのだ。

 猫たちはこちらを注意深く観察していたものの、玲奈が「おいで」と声をかけると、一斉に飛び出してきて彼女へと駆け寄った。


「すごい懐いてる。人の家の猫じゃないの?」

「ええ、そうよ」

「まさか、こっそり手懐けたとか?」

「どうしても私を悪人にしたいらしいわね。そんなことするわけないでしょ」


 そんなことを言っていると、猫たちの鳴き声か、それとも2人の話し声か。どちらかを聞きつけたらしい女性が家の中から出てくる。

 勝手なことをして怒られるかとも思ったけれど、玲奈の「こんちには」という挨拶に対して、にこやかに言葉を返してくれたところを見るに、どうやら2人は知り合いらしかった。

 ということはつまり、猫たちとも親しくなる機会が十分にあったのかもしれない。

 偽彼女と言えど、近しい人間が猫を操るマッド女子高生じゃなくてホッとした。


「玲奈ちゃん、今日も来てくれたんですね」

「はい、最終日なので報告をと思って」

「この1ヶ月、本当に助かったわ」

「私はただ、この子達を放っておけなかっただけですから」

「……あの、二人はどういう関係なの?」


 話についていけないので口を挟んでみたところ、玲奈が言うには女性と彼女とは赤の他人らしい。

 持病で倒れたところを偶然見つけたのが玲奈で、女性はそのまま1ヶ月の入院。

 家に残した猫が気がかりだということで、付き添いで救急車に乗った彼女が、代わりに時々様子を見に来てたんだとか。

 そして昨日が女性の退院日。もう世話をしに来る必要は無いものの、最後くらいは猫たちにお別れを伝えておきたかったとのこと。

 何と言うか、本来はなんの関係もない相手であるはずなのに、やけに律儀で優しい行動である。

 ただ、瑞斗にはそうしたくなってしまう玲奈の気持ちがよく分かった。やはり放っておけないだ。


「玲奈ちゃんが来なくなると、にゃん吉たちも寂しがりますね。何だか世話係が私だと不満そうなんですもん」

「そんなことないですよ。私がいる時も、時々寂しそうにしてましたから。犬飼いぬかいさんが帰ってきて、本心では喜んでるはずです」

「そうだといいんですけどね」


 そう言いながら、少し嬉しそうな顔でにゃん吉たちを見つめる犬飼さん。

 名前の割に猫派なのかということにはツッコミを入れないでおくとして、瑞斗はにゃん太郎を抱えあげる玲奈の横顔をじっと見つめた。

 言葉にはされていないが、彼女が自分をここに連れてきた理由が何となくわかった気がしたのだ。

 本当は気がしただけで、本人にそんな意図はなかったのかもしれないけれど。


「猫好きに悪人はいないね」

「ふふ、同感よ」


 猫を愛する気持ちを通じて1mmほど距離が縮まったかに思えた瑞斗だったが、その後の戯れタイムで3匹ともに無視されたことで、やっぱり玲奈は悪人だと大人げなく不貞腐れたことはまた別のお話。

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