第40話 お人好し後輩とお人好し先輩

 瑞斗みずとは相変わらず笑顔で話を聞いてくれる陽葵ひまり先輩へ、自分が巻き込まれたことを吐き出すように全て打ち明けた。

 初めは人助けのつもりで玲奈れいなの偽彼氏役になったこと。その直後に花楓かえでにも頼まれたこと。悪い事だと分かっていながらお願いを無視できなかったこと。

 極めつけはその場限りだったはずのカレカノ関係が、玲奈に公衆の場で打ち明けられたせいで強制延期。それに触発された花楓が、本心を打ち明けたところだろう。

 瑞斗は自分で話していて、ようやく心の整理がついた気がしていた。どう考えても、この件で悪いのは玲奈であると。

 もちろん、青野あおのが改心してくれたことについては、彼女の行動の結果であると認めざるを得ないが。


「さすが姉川あねかわくん、お人好しですね」

「よく言われます」

「いつも思うんですけど、そんな優しい性格なのにどうして友達を作らないんですか?」

「前も言いましたけど、お人好しでも優しいわけじゃないです。自分が嫌な気持ちになりたくないって理由で、見捨てられないだけですから」

「もしかして、私の時もそうだったんですか?」

「そうなりますね」


 他に部員のいない部活に新入部員を呼び込もうと必死になっている姿を毎日見せられれば、一人で寂しいのかもしれないと想像してしまうのも自然なこと。

 だから、漫画を貸してくれるという甘い言葉に引っかかった振りをして、名前だけを貸してあげるつもりだった。

 それなのに、今となっては愚痴を聞いてくれる相手であり、自称姉川くん専用の膝枕でもある彼女は、ある意味心の拠り所になったわけで……。


「よく考えたら、今も先輩に会いに来るのは自分のためですね。僕は何も成長してません」

「そんなことないですよ。昔に比べたら、大人しく膝枕させてくれるようになりましたし」

「それは成長と言っていいんですか?」

「昨日よりも前に進めば、それは立派な成長です♪」

「そういうものですかね」


 よく分からないが、陽葵先輩がそう言うのならそうなのだろう。瑞斗は適当に自分を納得させつつ、そろそろ玲奈たちも諦めただろうとドアの方を見た。


「念を押しておきますけど、絶対に誰にも話したらダメですからね?」

「のーぷろぶれむです。私、噂話を共有するような友達なんていませんから」

「悲しいこと言わないでください」

「慰めはいりません。先輩は姉川くんさえいれば満足ですよ」

「勘弁して下さい。そんなこと言われたら、部活をサボるのが心苦しくなります」

「家の場所さえ教えてくれれば、出張膝枕しに行ってもいいんですけどねぇ」

「それだけはナシで。ただでさえ、膝枕してもらってること、他人には言えないんですよ」

「今や彼女持ち、ですもんね」


 クスクスと笑いながらそっとスカートの裾を直した彼女は、トントンと膝を叩いてこちらへ目配せをする。

 これが『膝枕、使ってもいいですよ』の合図なのだが、今の瑞斗は少しばかり躊躇ってしまった。

 相手はこちらが本当はフリーであると知っているとは言え、世間体的には彼女持ち。これこそ浮気になるのではないかと思ったから。

 それでも、いつもより少し強引な先輩は彼の肩をそっと引き寄せると、その頬を自分の太ももへと埋めさせた。


「太ももは悩みへのストレスを和らげるって、姉川くん自身が言ったんですよ?」

「それはそうですけど、そろそろ帰るつもりで……」

「はいはい、リラックスしてください。先輩は姉川くん専用の膝枕ですからね〜♪」


 この優しい口調で囁かれながら頭を撫でられると、どうしても強く拒めない。

 瑞斗は僅かにでも残っていた良心を罪悪感の底へと沈めると、抵抗をやめてただただ幸せの海へと航海の旅に出た。

 気分はゴー〇ド・ロジャー、この世の全てを太ももの狭間に置いてきた男である。あれ、何か違う気がするけどいいや。


「私、姉川くんのこと気に入ってたんですけどね。偽物でも彼女さんがいるなら身を引くしかないです」

「またまた、ご冗談を」

「……」

「……え、本気ですか?」

「ふふ、嘘です♪ もちろん後輩として気に入っているのは本当ですよ?」

「そもそも、部の後輩僕しかいませんからね」


 そんなこんなで、幼馴染と偽彼女に挟まれる運命の待ち受ける瑞斗にとって、この学校内で唯一の安寧の場が出来たわけである。

 先輩は他の人が来ても匿ってくれると言っているし、相談がある時はいつでもメッセージを飛ばしてくれれば駆けつけるとのこと。


「都合のいい女とでも思ってくださいね」

「僕が悪者みたいじゃないですか」

「みんなに嘘をついておいて、今更善人だなんて言わせませんよ?」

「……それもそうですね、謝る気は無いですけど」

「ついてしまった嘘で誰も傷つかないようにする唯一の手段は、その嘘を突き通すことですから。そのためならいくらでもこき使ってください」

「そう言って貰えるなら、遠慮なく頼らせてもらいます」


 そう伝えた彼はそっとまぶたを閉じると、眠っていた疲れを呼び起こす代わりに、自分は癒しの睡眠タイムに入るのであった。


「姉川くん、おやすみなさい♪」

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