第39話 取引成立……?

「こうして抱きつくなんて、幼馴染さんとにバレたら怒られちゃいますね♪」


 陽葵ひまりのその言葉に一瞬固まった瑞斗みずとは、もう一度耳元で「偽彼女さん、ですよね?」と囁かれてようやく口を開いた。


「な、何を言ってるんですか」

「誤魔化しても無駄です、聞いちゃったんですから」

「聞いたって何を……」

姉川あねかわくんたちがカフェで『偽物だ』って話してるのをですよ」


 カフェと言えば、心当たりがあるのはダーツが出来る喫茶店のことだろう。

 あの場では学生らしき人物がいないかどうか、しっかりと確認したはず。少なくとも彼女がいたなら自分は気付けたはずだ。

 しかし、これは予想で言い当てられるようなことでもないはず。となると、あの場にいたのは本当ということになる。

 信じられないと同時に信じたくない事実から目を背けたくなるのを我慢して、必死に記憶を辿った瑞斗は数分かけてようやく思い出した。


「占い師……」


 そう、瑞斗と玲奈れいながダーツを始めた頃、全身黒ずくめの怪しい人物が入ってきたのだ。

 目を合わせない方がいいだろうと、意識的に視界の外側にやっていたから分からなかった。おそらく、あれが陽葵先輩だろう。


「はぁ、変な格好だから分からなかったです」

「変とは何ですか、私の外行き用の服ですよ」

「僕が言えたことじゃないですけど、まともな服屋に行った方がいいと思いますね」

「姉川くんが選んでくれるのなら♪」

「苦手分野なのでパスで」

「……幼馴染さんとデートしてるところも見ちゃったんですからね。姉川くんの弱み、先輩は沢山握ってるんですよ?」


 話を聞かれていたのなら、誤魔化しは通用しない。変に隠して余計な噂を立てられるよりは、認めて口止めをする方が得策のはず。

 玲奈の大胆な宣言と、花楓の謝罪で瑞斗が一時的に二股状態であったことはバレているし、その部分はいくら知られようとこれ以上傷は深くならない。

 問題なのは、やはり偽物発言の方だ。陽葵先輩によればこっそり録音した音声が保管されているらしいし、おそらく言い逃れはできない。

 そう判断した瑞斗は、一か八かの賭けとして取引を持ち掛けてみることにした。


「その話を誰にもばらさないでくれるなら、先輩のお願いをひとつ聞いてあげてもいいですよ」

「なるほど、そう来ましたか」

「僕もやると言ったからには引けないんです。どんな内容でも断りませんから」


 真っ直ぐに目を見つめながらそう言うと、誠意が伝わったのか陽葵は抱きついたままだった腕を離し、ソファーから降りて立ち上がる。

 そしてこちらを見下ろしながら楽しそうに笑うと、「その取引、乗りました!」と親指を立ててくれた。


「……本当に?」

「もちろんです。まあ、元々お願いなんて聞いてもらわなくても、誰かに話すつもりなんてなかったんですけどね」

「どういうことですか?」

「偽恋人をやるなんて、それなりの理由があるはずです。それに相談出来る相手もいないでしょうから、先輩として話を聞いてあげようかなと」

「そうだったんですか。だったら、お願いの件はやっぱり無しに―――――――――」

「それはありがたく貰っておきます」

「……ですよね」


 確かに、考えてみれば陽葵先輩は人を脅すような人ではない。愚痴でも何でも笑顔で聞いてくれる、頼りがいはないけど優しい人なのだ。

 そんな人を一瞬でも疑ってしまったことが恥ずかしくて、お願いの件は罪悪感を払拭するためにも諦めて受け入れるしかなかった。


「ところで、逃げてきた理由をまだ聞いてませんでしたよね。偽恋人だとバレた今なら話せますか?」

「……はい」


 信じているとは言え、やはりまだ不安はある。

 それでもこの場所なら大丈夫な気がして、体を起こした瑞斗は隣に腰を下ろした彼女に、これまでの経緯を全て打ち明けようと決めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る