第23話 離れても残るもの
あれから少しして、何とかコーヒーを飲み干した
彼ら自身も見覚えのある顔をいくつも見かけたし、彼女の立てた『デートしている姿を見せる』という作戦は成功だろう。
そう自信を持って帰宅した彼は知る由もなかった。デートの最中からずっと尾行していた人物が、家を確認してから立ち去ったということを。
「ただいま」
「お兄ちゃん、おかえり! デートは楽しかった?」
「ただのお出かけだよ、そんな大層なものじゃない」
「
「修理した方がいいよ、病院でね」
「お兄ちゃん酷い! 早苗は傷ついたから、慰謝料を要求します!」
「病院だけに医者料、上手いこと言うね。いくら欲しいの」
「プッチンプリン!」
「それで許してくれるなら安いもんだよ」
瑞斗はそう言うと、洗面所で手を洗ってから冷蔵庫の奥に隠していたBIGプッチンプリンを手渡してあげる。
それを「お主も悪よのう」なんて満足そうに去っていく彼女に、入れ替わりでやってきた母親、
「あの子、最近体重が増えたって言ってたのよ。あまりお菓子を与えないで」
「本人が求めたんだよ。それに、早苗は成長期だから心配ない」
「はぁ、もう少しお兄ちゃんとしての自覚を持って欲しいわね」
「弟に生まれたかった」
「もしそうなったら、あんたは一生プリンが食べられないわよ。全部あの子に取られちゃうから」
「……それは困る」
確かに最年長の長男だから少しくらい取られても笑っていられるけれど、姉のいる長男なら話は別だ。
年長マウントと執着心で全てのプリンを奪われ、手に入るのはポテチの最後に残る砕けてしまった小さな欠片だけ。
早苗はいい子ではあるが、食いしん坊で甘やかされて育ったなりのわがままな部分もある。
ある程度言うことを聞いてくれる立場でよかったと、この時生まれて初めて感謝したかもしれない。
「ところで瑞斗」
「なに?」
「その服、どうしたのよ」
「……あ」
「普段はしないマスクと帽子まで付けて、まさかとは思うけどあんた……」
「何でもないよ。この服だって、自分で今日買ってきたんだ」
「そうだとしても、私の息子は『このまま来て帰ります』なんて言える性格じゃないことくらい分かってるわ」
まるで警察の尋問のように「誰か居たんでしょ」と全身で圧をかけてくる由佳子。
それでも口を割らない瑞斗に、白状しないと小遣いを減らすと脅す姿はまさに大魔王ハハーン。
以前、好物を貢いだことで何とか難を乗り越えた小遣いが、こんなことで減らされるなんてたまったものではない。
しかし、玲奈とのことは2人だけの秘密にしなければ意味が無い。手伝うと言った以上、自分が穴を開ける訳にはいかないのだ。
「本当だよ。店員さんがフレンドリーだったから僕でも言えたんだ」
「……そう、ならいいわ。いくらしたのかしら、服代くらいはお母さんが出してあげる」
「え、いいよ」
「子供の分際で遠慮しないの。甘えられるうちに甘え方を覚えておくのも大事なことよ」
「深いようで深くない話だ」
「この材質だと11,000円くらいで足りるわね」
「すごい、ほぼピッタリ」
「将来、息子にはこんな服を着せたいって色んな店を茶化し歩いた母親力を舐めないで」
おそらく茶化し歩いた甲斐もなく、ほぼほぼ叶えられていないであろうことに彼が申し訳なさを感じていると、ハハーンが何かを思い出したように声を漏らした。
「そうそう。
「花楓が?」
「用があるらしいわね。念の為に実印を持っていきなさい」
「どうしてそうなるの」
「そろそろいい頃合だと思うのよね。お母さんは賛成よ、2人が結婚すること」
「お互いに望んでないから」
「……我が息子ながら鈍感過ぎるわ」
何やら抱えた頭を振っている由佳子に背を向け、早速なんの用事かを聞きに行こうとすると、玄関を開けたところで呼び止められる。
今度は何を言われるのかと半ば面倒くさそうな表情で振り返ると、ハハーンは「その服で行くのはナシよ」と彼を強引に引き戻した。
「幼馴染でも花楓ちゃんは女の子なのよ」
「何が良くないの。むしろ、女の子と会うにはいい服装だと思うんだけど」
「服自体に文句はないわ。でも……着てる本人は気付かないのかしら」
「はっきり言ってよ」
「女の匂いがついてるわよ。その『フレンドリーな店員さん』は余程近付いてきたらしいわね」
「……」
その言葉に「着替えてくる」と部屋へ向かった彼は、服を脱いでから鼻を当ててみて初めて気が付いた。
初めは感じていたはずの玲奈が放ついい匂いが、自分の服にも移っていたということに。
母親は店員さんのせいということで何とか誤魔化せた……らしいが、早苗は勝手に妄想して暴走しかねない。
そういう面も考慮した結果、瑞斗はシャワーに入ってから普段着を着て彼女の家へと向かうことにしたのであった。
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