第21話 始まる前から負けている

 瑞斗みずとが10分ほどかけて教えてもらったのは、01ゼロワンという名前のついたルール。

 ダーツには様々な遊び方があるが、その中でも決められた持ち点を先にゼロピッタリにした方が勝ちというこのルールは、ダーツに慣れるには打って付けらしい。

 01ゼロワンと呼ばれている理由については、持ち点が301、501、701、901、1101、1501と全て01で終わるからなんだとか。


「中心の円がブル、その更に中心がダブルブル、外側の輪がダブルで内側の輪がトリプル。その他は全てシングルよ」

「……なるほど」

「本当に分かってる?」

「何となく、かな」

「まあ、プレイしてみれば感覚は掴めるはずよ」


 玲奈れいなはそう言いながら持ち点が301のルールを選択すると、早速やってみてと言わんばかりにダーツを手渡してきた。

 彼はそれを受け取ると、先程嫌というほど教え込まれた構えを思い出しながら投げてみる。

 しかし、そう簡単に狙えるのなら練習なんて必要ない。手から放たれたダーツは力が足りず、的の大分手前で重力に負けて大きく下へ逸れてしまった。


「ダーツの先端に糸が付いてると思いなさい。狙いたい場所へ引っ張られてるイメージよ」

「全く想像が出来ない」

「なら、分かりやすいアドバイスをしてあげましょうか。もっと真面目にやりなさい」

「十分真面目なんだけど」

「負けたら窓枠の指定席、私に返してもらうから」

「そんな話聞いてないよ」

「死ぬ気で投げなさい。次も外したら、もうあなたに勝ち目はないから」


 もはや脅しと言わんばかりのセリフに、ダーツを握る指先が震える。

 せっかく邪魔な存在が遠ざかったと安心していたと言うのに、再び参上されるなんてたまったものではないのだ。

 そうは分かっていても、いざ集中しようとするとマスクの中にこもる吐息が暑苦しく感じ始める。

 他の客の置いたコップが皿にぶつかる音、コーヒー豆を挽く音、窓の外の通行人の話し声。

 全てが騒がしく感じて、どうにも玲奈の言う糸が見つからない。ついには自ら痺れを切らしてしまって――――――――――――。


「……まあ、初めてにしては上出来ね」


 ギリギリ3のシングルに刺さった針を見て頷いた彼女が、自分のターンでダブルブル50点を3連続で決めてドヤ顔してきた瞬間に心が折れたことは言うまでもない。

 ちなみに、2周目の瑞斗は全て的外。玲奈がダブルブル2回からの17のトリプルで完全勝利を収めたのだった。


「あらあら。これでも手加減したつもりだったのに」

「初めから勝ちゲーだったんでしょ」

「人聞きの悪いこと言わないでもらえる?」

「ああ、せっかくの睡眠時間が邪魔される……」

「そんなあからさまに落ち込まれると、私だって少しは傷つくのよ」

「……ごめん」


 確かに睡眠を第一に考えているとは言え、デリカシーのない発言だったと咄嗟に口を押さえると、それを見ていた玲奈が口元をニヤリとさせる。

 まるで『その反応を待っていた』と言わんばかりに、待ち構えていた獲物を捕まえるケモノのような目だ。


「悪いと思っているなら、もうひと勝負してもらえる? どうせなら上手くなって、私を楽しませてみなさい」

「10年はかかるね」

「呼吸は17年も続けてるのよ。不可能ということは無いわ」

「それは生きるために必要なことだから」

「ダーツだってそうよ」

「……僕、上手くならないと殺されるの?」

「そう捉えたのなら、そうなのかもしれないわね」


 その後、ダーツの先を人差し指で撫でながら怪しく笑う彼女に怯えながら2戦目に挑んだ瑞斗が、再びあっさり敗北したところで注文していた飲み物がようやく運ばれてくる。

 しかし、3戦目をほのめかす玲奈から逃げるために喉が渇いたアピールをした彼は、椅子に座った瞬間の彼女の表情に少し違和感を覚えたのだった。

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