第19話 服も笑顔も繕って

 二着目はしっかりチャックを上げたことを確認してからカーテンを開けた瑞斗みずとは、無事に合格を貰ってレジへと向かう。

 本当に買ってもらってもいいのかと不安ではあったものの、あまりにも余裕の表情で支払いを済ませる玲奈れいなを止めることは出来なかった。

 きっと、止めたところでキッと睨まれてしまうだけだろう。それならば、申し訳なさよりも伝えるべきことがあるはずだ。


鈴木すずきさん、ありがとう」

「こちらこそ、素直に着替えてくれて助かったわ」

「家族以外に服を選んでもらうなんて初めてだよ」

「私も男の子に服を選ぶなんて初めてよ。でも、センスはあるから心配しないで」

「大丈夫、初めから疑ってないから」


 そんな会話をしつつ、瑞斗は視線を下ろして自分の今着ている服を確認してみる。

 少しダボッとした暗めのズボンにシンプルなTシャツを合わせ、その上から軽い羽織ものを合わせたものだ。

 玲奈によるとありきたりなファッションではあるが、この格好ならどこへ遊びに行くのにも不自由がないとのこと。

 ちなみに、シャツをシンプルにしているおかげで、羽織ものの色を暗くすれば落ち着いた大人の印象に、明るくすれば話しかけやすい若めの印象になるらしい。


「今回は特別に選んであげたけど、女の子と出かける時はそれなりの格好をすることね」

「僕、ファッションに興味が無いからわからないんだ。下手に選ぶとカッコつけてる感が出ちゃいそうだし」

「それでいいのよ。自分をよく見せようとすることは、カッコつけるってことなんだから。その努力もしない人が一番ダメなのよ」

「そういうものなのかな」

「ええ。少なくとも私は、自分をよく見せるために努力をしてる。それを恥じたことは一度もないわ」


 確かに瑞斗は上から目線な鈴木すずき 玲奈れいなのことを嫌っていたが、彼女にそれだけの素質があることは認めていた。

 顔も良いし、スタイルだって悪くない。自分はその結果しか見ていなかったが、努力も無しにそれを保っていられるのならもはや奇跡だ。

 玲奈は誰にも見えないところで頑張っていて、だから自分に自信を持っている。

 そう考えると、確かにカッコつけようとすること自体は悪いことではないと思えた。方向性さえ間違えなければの話だが。


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」

「そうだね」

「見た目は見繕ったけど、行動はあなた自身で気を遣ってちょうだい。私の彼氏に相応しい振る舞いをするのよ」

「彼女が居たことないから分からないんだけど」

「そんなこと言ったら、私こそ彼氏のことなんて分からないわよ」

「え、付き合ったことないの?」


 反射的にそう聞いてから、瑞斗はしまったと口を押えた。もちろん、一度放った言葉は消せない。時すでにおすしだ。

 舌打ちすら聞こえてきそうな目で睨まれた後、「悪い?」と聞かれた彼が、ブンブンと首を横に振りながら「滅相もない」と頭の位置を低くしたことは言うまでもない。


「とにかく、楽しめばいいのよ。他の男なんて寄せつけないカップルを演じればいいだけ」

「楽しむって……顔を隠してる僕はともかく、そっちはちゃんと笑える?」

「私を誰だと思ってるの」

「齋藤さん?」

「鈴木 玲奈よ。誰よ、斎藤さんって」

「ちょっとボケただけだから気にしないで」


 そう言って首を傾げる玲奈を宥めると、彼女は「冗談は顔だけにしなさい」と軽いジャブのような悪口を挟んでから、ゆっくりとしたペースで歩き出した。

 今のはつまり、冗談のような顔ということだろうか。それとも笑えない顔、面白みのない顔? 何にせよ、考えれば考えるほど悲しい気分になる。

 この後からじわじわと効いてくる感じは、ジャブと言うよりボディかもしれないね。

 そんな心の中の独り言は、少し先で振り返りながら「早く来なさい、置いていくわよ」と言った玲奈の表情を見た瞬間に吹き飛んでしまった。


「……何よ、私の顔になにか付いてるかしら」

「いや、上手な笑顔だなって」

「それはどうも。もし本当に楽しんでるって言ったら、あなたはどういう反応をするかしら」

「え?」

「ふふふ、冗談よ。足を引っ張りたくなければ、あなたも私と同じくらいの演技をすることね」

「善処はするよ」


 その後、立ち並ぶ店と人混みの中を抜けた二人が辿り着いたのは、いかにもカップルやJKが集まりそうなキラキラしたお店。

 その圧倒的パリピオーラに、へっぴり腰で入店した瑞斗がじわじわとスリップダメージを受け続けた結果、出てきたパンケーキを前に気分が悪くなってしまったことはまた別のお話。

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