第3話 チョークを投げるのにも技術がいる

 駆け寄ってきた花楓かえでに叩き起されると同時にチャイムが鳴り、彼女も窓枠に腰掛けていた玲奈れいなも自分の席に帰っていく。

 その背中を見送ってから再度うつ伏せになろうとした瑞斗みずとは、委員長の起立という掛け声で渋々立ち上がった。


「気をつけ、礼!」


 昼休みに中途半端な寝方をしたせいで、頭がまだボーッとしている。こういう時に限って、運の悪さは畳み掛けてくるらしい。

 大半の教師は彼が寝ていても、成績の良さから見逃してくれているが、これから始まる授業の担当は厳しいと有名な岩住いわずみ先生。

 生徒の間では別名『居眠り警察』『石灰ブレイカー』と呼ばれ、眠っている生徒に弾丸のような速度でチョークを投げつけている。

 その命中率は野球部の顧問をしていた時代から衰えることなく、今でも9割8分以上をキープしているとかしていないとか。

 ちなみに、このクラスで投げられたチョークの72%は瑞斗の額にクリーンヒットしている。


姉川あねかわ、ちゃんと起きてて偉いな」

「目を開けてるだけで褒められるなんて、いい時代になったものですね」

「言っておくが、寝てるやつは授業態度の点数が引かれていく。お前はあと2回居眠りしたら0点だ」

「0点になったらどうなるんです?」

「テストで満点を取っても、学期末の成績表では90点しかもらえない」

「なら、満点を取れば十分です」

「……もうひとついいことを教えてやる。取れないやつの前でそういう発言は控えておけ」


 岩住先生は「居眠り常習犯でも、居なくなれば寂しくはなる」と言うと、教科書を開いてケースからチョークを取り出す。

 その瞬間、教室の中はしんと静まり返った。聞こえてくるのは黒板の上をチョークが走る音だけ。

 おしゃべりタイムが過ぎ去れば、この先生の前ではみんなおだまりタイムなのである。


(……この静けさ、眠くなるよ)


 その後、瑞斗が弾丸チョークを食らって脳天バーストしたことは言うまでもない。

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 放課後、チョークによって赤くなっている額を撫でながら帰ろうとしていると、いつもなら友達と一緒に帰っている花楓かえでが駆け寄ってきた。

 また何か心配でもしてくるのかと思ったが、モジモジとしているところを見るに、どうやらそうでは無いらしい。


「どうしたの」

「あ、あのね……一緒に帰らない?」

「友達と帰りなよ」

「今日はみーくんと帰るって言っちゃったもん」

「どうして勝手に決めるかな」


 瑞斗にとって花楓は幼馴染で、彼女の母親から頼まれたという理由だけで幼稚園の頃からずっと面倒を見てきた。

 今でも昔から変わらずおっちょこちょいで不器用だが、高校生になってからは助けがなくても大丈夫だとこちらが余計な手を出すことは無くなったのだ。

 キリがいい時期だったと言うだけで、特別なきっかけがあったわけでもない。だから、もちろん花楓のことを嫌いになったなんてことも無い。

 ただ、ぼっちを満喫する男子高校生と関わるのは、彼女としてもかなり不利益なことなのだ。それ故、わざと遠ざけているというのに――――――。


「まあ、今日だけね」

「ほんと? えへへ、ありがと!」


 花楓のことだから、友達と言えど一度断っておいてやっぱり一緒に帰るとは言い出しづらいだろう。

 おそらく、一人でとぼとぼと帰ることになる。そんな姿を想像してしまえば、どうせほぼ同じな帰り道を別々に歩く意味を見失ってしまった。

 瑞斗はこう見えてお人好しなのだ。悲しむ姿が目に浮かぶと、たとえそれが嫌いな相手であろうと無視出来なくなるほどに。


「んふふ、昔みたいに手繋いで歩いちゃう?」

「調子に乗らないで」

「むぅ、ケチ!」

「高校生にもなって幼馴染と手繋ぎは変だよ」

「それならさっさと帰るもん!」

「ちょっと、花楓……」


 不満そうに頬を膨らませながら教室を出ていく彼女を、瑞斗はこう叫びながら追いかけるのだった。


「カバン、忘れてるよ」

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