第1話 緊急事態は過ぎる準備が大事と言うが、大袈裟過ぎるのも考えようである
周囲との関わりを断っている
聞く機会があるとすれば、今のようにトイレのために席を立った休み時間くらいなものだ。
それ故に誰が誰を嫌っていて、誰が誰を好いているのか。どこが悪くて、どこが良いのかなんて話もあまり入って来ない。
ただ、そんな瑞斗にも一人だけ嫌っている相手がいた。まさに今、彼の席のすぐ前で窓枠に腰を下ろし、友人らしきギャルと談笑している彼女だ。
「
「私、そういうキラキラしたところ苦手なの」
「ちぇ、連れないの」
「
「玲奈が喜ぶと思って探したのになー?」
「ま、後ろ向きに考えておいてあげる」
彼女の名前は
黒髪ストレートの優等生と腰にセーターを巻いている系ギャルは一見合わなそうに見えるが、実のところは仲良しコンビだと瑞斗ですら聞いたことがあるほど。
2人とも顔は可愛い方だろうし、注目が集まる理由もよく分かる。ただ、それでも彼が玲奈を嫌う理由というのが――――――――――。
「……向こう、行きましょう」
「おっけー♪」
席を離れる度に誰かを連れて瑞斗の席の近くにやってきては、戻ってきたタイミングで立ち去る。
その度に、その冷たく鋭い目で睨んでくるのだ。おそらくぼっちを見下しているのだろう。
瑞斗も空気が読めないタイプではあるが、カースト上位に君臨する彼女を敵に回すべきではないことは理解している。
だから、いくらガンを飛ばされようとも何事も無かったかのように着席し、今日も今日とて大きなあくびをひとつして机に突っ伏した。
今頃はちょうど昼食で満たされた胃袋と共にお昼寝の時間……のはずなのだ。いつものように幼馴染の
「みーくん、大丈夫? 鈴木さんに酷いことされてないよね?」
「見てたなら分かるでしょ、睨まれただけ」
「ああっ、手の甲に傷が付いてる! 鈴木さんめ、私の幼馴染になんてことを……」
「いや、これは花楓が特技を披露するってシャーペンで指の間を高速でトントンした時に、失敗して思いっきりぶっ刺した傷なんだけど」
「絶っ対に許さない、ぐぬぬ……」
「……聞いてないか」
いくら嫌いな相手とは言え、無実の罪で恨まれるのはさすがに可哀想だ。
ただ、こうなった花楓は時間を置かなければ言うことを聞いてくれない。例えるなら、ブレーキレバーの吹っ飛んだ暴走機関車のようなもの。
それを長年の経験によって理解している瑞斗は、何やら熱弁している彼女の声をシャットアウトし、ゆっくりと眠りの世界へと落ちていくのであった。
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あれからどれくらいの時間が経っただろう。目を覚ました瑞斗はいつの間にか胸までかけられていた布団に首を傾げながら体を起こした。
白い天井に白い床、青緑のカーテンにベッド。こんなものがある場所といえば、校内では保健室しか思い当たらない。
事実、今いる場所はそうなのだろう。微かに鼻腔をくすぐる消毒液の匂いがそう告げていた。
「……で、何してるんですかね」
身体を起こす前から気づいていたが、不自然に盛りあがった自らの下半身を覆う布団を捲ると、彼はそこにいた人物を冷たい目で見下ろす。
「
「普通に寝てただけなんですけど」
「でも、例の幼馴染ちゃん。あの子が大騒ぎしたから保健室まで連れてこられたってクラスの子が言ってましたよ?」
「……大袈裟なんですよ、花楓は」
瑞斗の太ももに頬ずりしながら甘い口調で話す彼女は、ひとつ上の先輩で彼の所属する『お手伝い部』の部長の
お手伝い部の説明はおいおいするとして、彼女はいつも瑞斗の相談に乗ったりしてくれる優しい先輩なのだ。
優しさゆえに強引に部へ引き込んだ彼の頼みを断ることがなく、入部から一年が経った今では何故か自分を『姉川君専用の膝枕』なんて言っている。
そのお返しと言えば今の状況も悪くは無いが、寝ている人の足に抱きつくというのは、その行動力が恐ろしくなるほどではないだろうか。
「それにしても、おんぶで運ばれても起きないなんて、さすがは眠りのプロですねぇ」
「おんぶ? 花楓がですか?」
「いや、たまに愚痴の中で出てくる可愛い女の子だと思いますよ。
「鈴木 玲奈ですか?」
「そう! 悪い子かと思ってましたけど、優しいところもあるんですね♪」
「……恩を売ろうとしただけだと思いますけど」
「人の好意は素直に受け取った方がお得ですよ」
傷のことで慌てていたこともあるだろうが、花楓のせいで保健室に運ばれたこと自体は、上手くサボれたと思うことにしよう。
ただ、玲奈の行動が単純な優しさから来たものなのか、その答えが瑞斗にはどうも陽葵の言う通りでは無い気がして仕方がなかった。
まあ、いくら考えても真実なんて得られるはずもないのだけれど。
「そんなことより、起きたなら部活ですよ! 早く部室に行きましょう!」
「部活って言っても、お手伝いの依頼なんてひとつも来てないじゃないですか」
「じゃあ、先輩のお手伝いをしてください。手始めに膝枕で耳かきを!」
「先輩がしたいだけですよね?」
「んふふ、これも立派なお手伝いですから♪」
ニコニコと笑う陽葵に手を引かれ、抵抗虚しく引きずられるように2人きりの部室まで連行される瑞斗であった。
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