『生きている死体』
石燕の筆(影絵草子)
第一話
女性ファッション雑誌の出版社に勤める葉子は、その日、死んだ。はずだった。
『ご臨終です』
病院のベッドの脇に立つ老齢の医者が脈を確かめ、目を開いてライトを当てたあと、家族に葉子の死を告げる。
『食べ過ぎてショック死なんて、あんたお笑い草よ』
母親が泣きながらハンカチで顔を押さえる。
『葉子の部屋も片付けなきゃね。この子の部屋汚いんだから』
瞬間、
『それだけは、やめて!』
葉子が目を覚まし、上半身をお越し家族を見回す。
家族はびっくりして一瞬、空気が固まる。
『葉子!あんた生きてるの?』
母親が最初に緊張を解くように、口火を切る。
『いや、バイタルはゼロのままなので死んでいるのに、意識がある状態です。医学的にはあり得ないことです』
医者が驚いている。
めまいを起こす母親を父親が支えながら、
『兎に角家に帰ろう。死んでいたってこうして意識があるんだから、葉子は葉子だ』
父親にうながされ、みんなで家に帰る。
葉子はいつもと変わらない。
ただ、死んでいるのだ。
腐らないように、防腐剤を主食にした。
お母さんが防腐剤を焼いたり煮たり飽きないように工夫する。
『今日の味は濃い』
葉子は、死んでからはじめての朝を迎える。
清々しい空気。今日も青空。
顔色は、、、悪い。
死んでいるのだから、当たり前だ。
ただ、死んでいてもおめかしくらいはする。
今日は本当に眠い。
はげしい睡魔にベッドに横たわる。
母や父の声が、すぐ傍らで聞こえる。
タンカーの走る車輪の音、酸素吸入器。
それから、母親の手のぬくもり。
『ああ、私死ぬんだ』
かすかに見開いた視界の先で、
『手術室』の重たい扉が見える。
『やだ、私最後はこんな血だらけの服で死にたくないわ。ドレスがいいなあ。
引き出しの中にあるものは家族には見られたくないのよね、、、』
そこで、意識は完全に途切れる。
『生きている死体』 石燕の筆(影絵草子) @masingan
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