誰よりも近いはずなのに、決して手が届かない
Hotoppe
プロローグ
今から10年前の、とある夏の日。西の空が紅く染まり出した頃。
『はるとー!!ボールとってー!!』
「おっけー!!いくよー!!」
グラウンドで多くの少年がサッカーをしている中、喧騒の隣を興味なさげに歩く1人の少年のもとにボールが転がった。
周りの声に応え彼はそのボールを蹴り返すのだが、なんてことの無いその日常風景の中で、彼が蹴るボールは、
後に1人の天才を産む、1つの伝説を作ることになる。
長船遥杜というその少年がダイレクトで蹴り返したボールは、果てしなく伸びていくようなライナーでゴールへ一直線に飛んで行き、ゴール左上隅、いわゆる「神コース」へと突き刺さった。
『うわー!はるとすげー!!』
『やば!フォルランみたい!』
周りの男子から賞賛の声が飛ぶ。
この小学校では、つい最近までワールドカップが開催されていたこともあり空前絶後のサッカーブームが巻き起こっていた。
放課後は毎日のように学校の男子の半分以上が、いや多くはないながらも女子も含め学年関係なく皆でボールを追いかけ、日が沈むまで賑やかな叫び声が止むことは無かった。
故に、サッカーが上手いということは皆の人気者、憧れの的になるということだったのである。
『はるとってサッカーやってるの?』
『たしかに、いつもぜんぜんこないけど。もしかしてどこかのチームでやってるとか?』
「いや、サッカーはぜんぜんやってないよ。ずっとやきゅうばっかやってるから」
しかしこのサッカーブームの中で、彼は1人別のスポーツに熱中していた。
彼が熱中していたスポーツは、野球。ただでさえサッカーに押され気味な中、地元球団が今暗黒時代を迎えていることもあり、ここでは完全にサッカーに差をつけられてしまっていた。小学校の野球クラブは部員不足で廃止となるほどだった。
そんな中で彼は、弱小な地元球団の背番号2に憧れ、5年生の先輩であり幼馴染の兄でもある師と共に、毎日小さな公園で2人だけで白球を追い掛けていた。
『え?やきゅうやってればあんなシュートうてるようになるの?』
「え?うーん、もしかしたらなるかもね」
もちろんこのシュートは偶然決まったものである。
しかし他の少年たちにとって野球は馴染みがなく、サッカーをせず野球をしていて、かつ自分たちよりも綺麗なシュートを打つ彼を見た時、その原因が野球にあると思うのは自然な事だった。
そして彼は嘘をついた。彼も必死に、皆の興味を野球へ向けようとしていた。
そして結果、その嘘が日本の野球界を大きく変えることになるのだが、それはまだ誰も知らない。
「え、じゃああしたみんなでやきゅうやろうよ、そんなにむずかしくないしたのしいとおもうよ」
『おっけー、たくみもたいしも、みんなであしたはやきゅうな!はるとはおれたちにおしえてくれ!』
『『おー!!』』
翌日、それまでサッカーに興じていた男子はみな野球に熱中していた。彼と先輩の二人では捌ききれないほどの人数が集まり、初めてとは思えないセンスを見せつけた天才も現れた。
そしてその日から、ここ、藤沢市立辻堂北小学校ではサッカーや他のスポーツを出し抜き、野球が圧倒的人気を誇ることになる。サッカーを上手くなるために始めた野球に、皆が虜になっていたのである。
そのブームを引き起こしたのは、二人の天才と一人の凡才だった……
誰よりも近いはずなのに、決して手が届かない Hotoppe @Hotoppe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。誰よりも近いはずなのに、決して手が届かないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます