第372話 大事なのは社会貢献よりも義務感

 駅の屋根で行われた、小春と何かに取り憑かれた女性との戦いは恵令奈が追い付く前に終わっていたが、


「ねえ、小春。この子…、骨折してない?」

 

 恵令奈が気絶する女性を触っていたら、足が疲労骨折している事が判明した。小春を相手に、普通の人間が常人を超えた動きをしたため、彼女の体は気絶する前から、動きに耐えきれず、ボロボロになってしまっていたのだ。

 

「だから、一撃で倒したの。これ以上動いたら、この人、体のそこら中の腱が切れて…死ぬもん。早くオペしなきゃだし、ニンニン来ないかな~。」

 

 救護のプロの到着を待っていると、先に女性の中から何かが出てきた。それを小春は見逃さず、


「見えてるよ、ハイ!捕まえた~。」

 

 私やキツネ小春にしか見えない何かを、器用に空のペットボトルみたいな容器で捕まえてしまった。

 

(えっ、そんなもので捕まえられるの?)

 

 ペットボトルに詰めた、その何かを眺めていた小春は、

 

「人の悪意に取り憑くなら、ハルやピュアな紫音ママには取り憑けないね。ママみたいな可愛くて純粋な人はこの世にいないもん。」

 

 小春が母親の自慢を始めたため、またかと、少し呆れた感じで恵令奈は発言を聞いていた。


「私にはペットボトルのそれ、見えないんだけど…、どうするの?」


 恵令奈が小春に捕らえた何かをどうするのか?尋ねると、


「悪さをしているのは、これだけじゃないと思うんだ~。実際にこの子は性暴力事件とは関係が無さそうだし、ネエネエたちが追っているのは、この変なのの仲間って感じかな~。」


 事件の知識を与えている小春は私のように喋りだしたあと、


「うん、取りあえず…ネエネエに預けて見るけど、会って直接渡したいし、ニンニンが来たら、帰ろ!」


 そして、数分もしないうちに黒子川さんがやって来て、倒れた女性を触診したあと、


「硬いもので殴られた脳挫傷と無理に動いた時に生じた骨折ですかね。前の男性よりは症状がマシです。前の人は紫音様のかかと落としでテーブルに叩き付けられて、顔面がアウトでしたし…。」


 そう、ボソッ呟きながら、相手を制するために凶悪な攻撃をするゴリラ親子の私たちへクレームを入れたあと、女性を抱えて立ち去って行った。


「攻撃力の危険度だけで言えば、紫音様が一番ですから…。」


 何度も紫音に攻撃された経験のある小春のウサギは恐怖を感じ、トラウマを覚えていた。


「ニンニン、専門外の仕事が増えて怒ってたね~、あれ?ウサちゃんも行くの?」


 ウサギがペコッと頭を下げたため、小春がそう聞くと、


「はい、マスターはオペで不在になるため、任務をフォローしないとダメなんです。失礼します」


 ウサギは来た時と同様に、鷹に掴まれて、空へ飛んで行った。


「作った本人と同様で、みんな働き者ね。自主的に動けない若い子たちもちゃんと見習って欲しいわ。」


 急に会社員のお局様のような事を言っていた恵令奈に、


「何でも屋の恵令奈ちゃんはお仕事好きそうだもんね~。よし、帰ろう。」


 小春はそう呟きながら、恵令奈に抱っこを要求していた。


「改めて、変な子ね。私があなたの母親だったら、甘やかさないわ。」


 恵令奈は歩けるなら、自分で歩きなさいと言って、抱っこせずに手を繋いで歩き始めた。小春は少しだけ、文句を言いながらも彼女の手を握り、母親の事ばかりを話しながら、恵令奈と歩き始めた。


(私を噛みまくるキツネの方の小春はきっと、母親の愛情に飢えていたんだろう、昔の小春を超えるくらい、母親大好きっ子だ。)


 小春であって、昔の小春ではない彼女に少しだけ寂しさを覚えていたが、きっと、こんな思いをするのは、記憶が置き換わらない私だけなのだろう。朝起きて、世界の変化に気付かない人が普通で、私だけが過去の記憶を覚えている…。


(いつまでも若いまま老けない体と世界の変化に記憶が更新されない事はきっと、同じ理由なのだろう。)


 紫音が老けない事すら、世界は普通の事だと認識している。恵令奈が言っていた事…「恵令奈わたしに関わると人生が狂わされる」って意味を少しずつ、橘 紫音になった私は理解をし始めていた。



「悪意を増幅させる見えない何か…ね~。」


 小春が持ち帰ったペットボトルに入る見えない何かを眺めていた恵麻は私にそう言ってきた。


「らしいのよ、捕まえた本人はキツネに戻って寝ちゃったから、私しか、今は見えないんだけどね。」


 私には黒い何かがペットボトルの中にあるのが見えていた。


「なら、ロボたちにこれを持たせて正解だったわね。お母さんは気が付いていると思うけど、これはペットボトルではなくて、中のものをすべて液化させるアイテムなの。簡単に言うと蒸留に似てるわね。今回の敵が無色透明な気体だと仮定して、開発してみたの。」


 その後、恵麻に蒸留のメカニズムを応用した理由やペットボトル風の入れ物の構造について、説明されて語られたが、私には、難しすぎて半分以上は理解が出来なかった。


(これが一般人の首席卒業と天才首席との違いだよね…。)


 自慢では無いが、私もアメリカの有名大学を一年飛び級をして、首席で卒業したガリ勉だが、同じ大学を勉強無し、7歳で首席卒業した恵麻とは格が違う。


 仮想現実(VR)なら、そのペットボトルがこの世にあっても不思議では無いが、この現代工学でそれを作ってしまう我が長女の技術に驚きを隠せない。しかし、我が長女は世に出すつもりは無いらしい。彼女曰く、


 ノーベルやエジソンは自分の成果を世に出したから…愚かな人間だそうだ。


 結局、産み出された技術は彼らが望んだ方向には進まず、のちに戦争をするための武器開発に応用された。これに天才の恵麻は怒りを覚えている。


 私が唯一、間違った子育てをしていないと思えるのは、恵麻がまともに育ってくれている事。彼女は選ばれし人間が行うべき義務をすべて体現していた。独自の少子化対策をしている桜子のように、恵麻は子供なのに、恵まれない環境で生まれた人間を救済する団体を自己出費で設立して、祖母の桜子に追従するかのように、慈善事業を私たち家族に隠れて行っていた。


 恵麻本人は桜子の所みたいな闇組織では無いと言って否定しているが、私や小鈴とは違い、桜子の後継者に一番近い女として祖母から一定の評価を得ていて、認められている。


 恵麻の行動には、母親の私も自分なりに頑張ろうといつも励まされている。しかし、今回に関しては…、


「液化しても見えないのか…、う~ん。これは問題だよ。」


 私には見えているが、恵麻たちには見えない何かを眺めながら…我が長女は珍しく悩んでいた。

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